第115話
魔王城に帰ってきたと同時に、ヤーレスツァイトは素っ頓狂な声を発した。
「待て待て待てここ魔王城じゃねぇか!?!?」
「そうだよ。アルター様は魔王様なんだから当たり前じゃん」
「ソイツ魔王だったのかよ!?」
ヤーレスツァイトはアルターが魔王だと知らなかったらしい。確かに、研究施設にいて外部の情報が遮断されていたとすれば知らないのも納得はいくが。
「自己紹介がまだだったな。俺の名はアルター。第75代目魔王アルターだ」
「私はモーナト。メイド長だよ」
「魔王様は分かった……。だがコイツがメイドなのは納得がいかねぇ!」
まずい、とモーナトは直感的に悟った。
「何処か可笑しい所でもあるか?」
「だってコイツおと──」
「ヤーレスツァイトさんちょっとこっち来てくれるー!?!? アルター様は先にお部屋にお戻り下さい!!」
ヤーレスツァイトの口を塞ぎ、彼を引き摺るようにしてアルターから距離をとる。道中結構暴れられたが、秘密をバラされる危機でもあるので全力で抑え込んだ。
「何すんだよ女装変態野郎!!」
「いいかいこのドグサレ野郎。私は女です」
「嘘付け変態」
「どうしてそう断言出来るんです?」
「魔力には色とか性質があるだろ? 俺は魔力を匂いで判別してるんだよ」
それは初耳だ。魔力は個々を表す個性でもあり、家柄を表す証でもある。魔力とは即ち生きた功績。
家系能力や種族の特性も、魔力に含まれていると言えるのだ。
しかし魔力に匂いがあるとは……少々興味深い気もするが、今はそれ所では無い。
「女の魔力は花とか果物みたいに甘い匂いがする。男は木とかのスッキリした匂い。お前は後者だ!」
「さぁねぇ〜半月かもしれないよ?」
「はにわり……? ってそこじゃねぇ。何で女装してメイド長やってんだよ!?」
「うーん……ま、教えてあげてもいいかな。私はね、姉さんを探す為に何としても城仕えする必要があるの」
モーナトの姉とは。十年以上前にメイドとして城仕えしていた姉・ノヴェンバーは、突如として姿を眩ませた。
両親が魔界中を奔走するも姉の情報は一切無し。
モーナトはノヴェンバーの居場所を突き止める為にメイドとして働いているのだ。
「執事とかじゃ駄目なのかよ」
「メイドの方が給料いいんだよね〜」
「その胸の膨らみはなんだよ」
「布」
モーナトは一目で女性と分かるような体型を作っている。コルセットで括れを作り、布を詰めて胸の形を模す。
あとは特技の声真似で女性の声を再現するだけだ。
「これ内緒にしといてね。バレたらクビになっちゃう。私は一応、親に仕送りする為に働きに来てる女の子、って設定だし」
「設定って……馬鹿みたい……」
「失礼だなー君は!」
啀み合いながら言い争っていると、二人の視界にとある少女の姿が映った。
「──あ、あの……! お城の使用人の方でしょうか……?」
薄紫色の髪をハーフアップに清楚に纏めた、撫子色の瞳の少女。右目は前髪で隠されていたが、困ったように下げられた八の字の眉がどこか可愛らしい雰囲気を醸し出している。
「あ、あぁ……そうだけど、君は?」
「ま、魔王様に呼ばれて馳せ参じました。ラヴィーネと申します……!」
ラヴィーネと名乗った大人しそうな少々は、上目遣いになってモーナト達を見上げた。