第112話
「路地裏の吸血鬼……ですか?」
アルターに仕えるメイド、モーナトは何ですかそれ、と言いたげに首を傾げた。その際艶のある金髪がさらりと揺れる。
「あぁ。かなり面白い奴だぞ」
「へぇ……どのような方なんです?」
「異様に整った顔をしている男だそうだ。喧嘩の腕もかなりのものらしく、出会った男共は全員死んでいる」
それは喧嘩では無く殺人じゃないか、という言葉を飲み込んで、モーナトは相槌をうって質問する。
「女はどうなるんです?」
「出会った女は全て抱いているそうだ」
「とんでもない奴ですね……」
「まぁ、単純な話。女は被害者であり被害者ではないのだ。無理矢理ではなく合意の上で、更に美形で情事が嫌という程に上手いそうでな」
「何処から仕入れたんですかその情報……」
妙に生々しく語るアルターにツッコミを入れるモーナト。
しかしアルターはそれには触れず、話を再開させる。
「まぁそれは良い。で、だ。モーナト、ソイツに接触しろ」
「突然説明端折らないで下さいどうしてそうなったんです」
メイド長として城に仕えている彼女を呼び出し、国で起こっている事件について話を切り出した時点で、薄々予想は着いていたのだが納得出来る内容ではない。
自ら危険な魔物に抱かれに行ってくれと言っているようなものではないか。
横暴にも程があるぞ魔王様、と言いかけてモーナトは口を噤んだ。
「俺も着いて行く。ソイツに用事があるのだからな」
「どうして私も一緒なんですか……? 私メイドなんですけど……」
「何を言うか。貴様は今日からメイド長である前に俺の直属の部下になったのだぞ?」
「聞いてませんけど!?」
時刻は昼過ぎ。
朝一番に行われるミーティングにもそのような話は無かった筈だ。
連絡ミスだろうか、と疑うもアルターは
「今決めたからな」
と悪びれる様子もなく告げた。
「えぇ……お給料出ます?」
「図々しくないか貴様」
「私、金の為にメイドやってるようなものなので……」
使用人としてそれは如何なものかと思われるが、モーナトにはモーナトの生活があるので致し方無い。
そうでなければ──を偽ってまでここに身を置いてはいないのだから。
「まぁ良い。給金については後程検討しよう。まずは街に出る。準備しろ」
「ぎょ、御意……」
金の為とはいえ、この国で最も高貴な彼に逆らう事は許されない。国民であり、使用人である彼女は渋々私服に着替えて街へと赴いたのだった。
※※※※※
モーナトとアルターは街人に扮して、路地裏の吸血鬼が出たという路地に向かっていた。
とはいえ、国の王であるアルターが堂々と街を歩く、というのも騒ぎになるに違いない。アルターには失礼を承知でフードを被ってもらい、道を先導してもらう。
「あの……もしですよ。もしも貴方様が殺されて私が抱かれる、なんて結果になったらどうしたらいいですか?」
「貴様は図々しいのか礼儀を知らんのか阿呆なのかよく分からんな。何心配するな。断れば良いだけだ」
「生殺与奪相手に握られてんですけど」
それにモーナトは確信していた。
もしも路地裏の吸血鬼がアルターの情報通りの魔物だった場合、自分は即座に殺される、と。
「まぁこの俺が死ぬ事はまず無い。大船に乗ったつもりで後ろに立っているが良い」
「大船というより高所で命綱無しに平均台に乗ってる気分ですよ」
「少しは自分の主を信用したらどうだ」
そんな掛け合いをしている間に、目的の路地の入口に辿り着いた。昼間だというのに奥の方は暗闇に包まれていて、心做しか禍々しい気配を放っているような気がする。
「よし、行くぞ」
「はーい……」
潔く腹を括って、モーナトはアルターの後を着いて行くようにして暗闇の中に吸い込まれていった。