番外
「で、ディツェンバー君……ちょっと時間いいかしら……?」
「うん、何かな」
夕食を終えたある日。宇宙はどこかそわそわしながらディツェンバーに声を掛けた。
食器を洗い終えたディツェンバーは承諾して、宇宙に連れられて彼女の部屋へと向かう。
「また何か相談事?」
「そ、そーだん……というかぁ……ほーこく、というかぁ……」
道中、指を絡ませたりして調弄す宇宙に違和感を抱いたものの、誰かに聞かれたくない内容かもしれない、と深く考えてはいなかった。
宇宙の部屋に入れてもらって、部屋の中央に置かれているソファーに腰掛ける。
「どうしたの?」
「えっとぉ…………あのね、驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
ふいっ、とディツェンバーから顔を逸らして、宇宙は
「ディツェンバー君……好きな女の人、いる?」
と、小さな声で問うた。
いるかいないか、で問われれば別段そのような女性はいないのだが、ディツェンバーは答えかねていた。
(これは試されているのか……はたまた他の事情があるのか……)
「ど、どうなの!?」
悩んでいたものの答えを急かされたので、ディツェンバーは渋々ではあったものの答える事にする。
「い、いない、よ……?」
「そっか……。じゃあ、今後やりたい事とかは……!?」
彼女は一体何を言いたいのだろうか。
疑問は膨らみ続ける一方だが、兎も角今は質問に真摯に答えようと頭を悩ませるディツェンバー。
今後やりたい事。
ディツェンバーとしては役割を与えられている訳でも無いので、まだフラフラとしていてもいいんじゃないか、と楽観的な思考を持っているのだが。
「んー……特に無いかな?」
「じゃ、じゃあ……子育てとか……興味ある?」
いよいよ彼女の真意が読み取れなくなってきた。ベビーシッターの職でも紹介しようとしてくれてるのだろうか。
「無いと言えば嘘になるけど……」
「じゃあ、じゃあ…………。…………奥さんが私だったら、どう……?」
そう問うた彼女の声は、心做しか震えていた。そしてその質問で、ディツェンバーはある程度を察してしまった。
「……宇宙さん、もしかして……」
「………………やっぱ……嫌、だよね」
自身の腹部を摩りながら、宇宙は苦しそうに目を伏せる。
「あの時以来誰ともしてないし……時期的にもディツェンバー君との子かな……って」
「…………」
「ごめん。あんな我儘言わなきゃ良かったよね……」
もしかして彼女は、一人で悩んでいたのだろうか。
ディツェンバーに拒絶されたらどうしよう、と。
二人は現在、恋仲という訳では無い。一夜限りの関係でもあったのだ。あの夜、告白紛いの言葉を宇宙は紡いでいたが、恋人として共にいるという意味合いでは無い筈だ。
そんな中の妊娠という事は、彼女にとってどんなに負担だっただろうか。
「宇宙さん、一つだけ聞いてもいい?」
「…………うん……」
微かに震えている宇宙の手にそっと自身の手を重ね、
「宇宙さんは……僕が旦那さんでいいのかい?」
と、問い掛けた。
「………………えっ!?」
「僕は子供がどうとか……あまり実感がないんだ。でも君は違うんだろうね。君のお腹には新しい命が宿っていて、日に日に責任がのしかかると思う。そんな時、君の心の拠り所である人が……君の人生の添人となる人が僕でいいのかい?」
「……なって、くれるの……?」
「前に約束したでしょ。僕はずっと、貴女と共にいるって。……うん、そうだね。誤解を与えないように言っておこうか」
ディツェンバーはソファーから立ち上がり、宇宙の前に跪く。人生において誰かに膝をつき、頭を下げるという行為をした事の無かったディツェンバーにとって、それは初めての感覚だった。
真っ直ぐに、エメラルドのような輝きを帯びる双眸を宇宙に向ける。
「貴女を愛しています。僕と、結婚して下さい」
はっきりと、告げた。
不明瞭だった関係のせいで、宇宙を苦しめていた事。そして彼女が身篭った事。ディツェンバーのやる事は、この時明確に決まった。
──僕が愛した家族を、守る。
「あ……、えっ、……」
「ずっとずっと……貴女の隣にいると約束します。宇宙さんも、お腹の中にいる子も。君が守りたいもの全てを……僕も一緒に担おう」
「あのっ……!?」
「だから……結婚して下さい」
宇宙は終始顔を真っ赤に染めて、ディツェンバーの瞳を見つめ返していた。
「その……私、……そんなに可愛くないし……」
「宇宙さんは可愛いよ。そして美人だ」
「作る料理とか真っ黒焦げだし……」
「僕が作るよ」
「洗濯物綺麗に畳めないし……」
「僕が畳んであげる」
「部屋もすぐに散らかしちゃう……」
「僕が片付けるよ」
「自暴自棄になって当たり散らすかもしれない……」
「どんとこいだよ。何度でも君を受け止めてみせる」
「…………なの……どうして……そんなに優しいのよ……」
「宇宙さん達が、僕を救ってくれたから。君達に恩返ししたい。僕に出来る事をやりたい。そして……大好きになった宇宙さんの為に尽くしてあげたいから、かな」
ぽろっ、と宇宙の目から雫が零れた。ぽたぽたと頬を伝っていくそれは留まる事を知らず、彼女の服の袖を濡らしていく。
「僕のお嫁さんになって、くれますか?」
「ここまで言われて断る訳無いでしょ……! 私でよければ、ディツェンバー君のお嫁さんにさせて下さいぃい……!!」
「喜んで」
返事を聞くなり、ディツェンバーは立ち上がり宇宙を抱き寄せた。ディツェンバーの背に腕を回し、胸に顔を埋めて宇宙は静かに、嬉しそうに涙を流したのだった。