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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《人間界》
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第108話

暫しの沈黙の後、口を開いたのは美里だった。


「悪い人じゃないならいいよ。みりはやってみたいから」


「うっ……でも……」


尚籠もる侑の名を呼び、ディツェンバーは続ける。


「大丈夫だよ。僕が約束してあげる。ここにいる人達は皆いい人だ。少なくとも君達二人を傷付けることは絶対に無い」


それに、と一息置いてから


「ちゃんと事情を話せば、分かってくれるかもしれないよ。僕も着いて行くから、お父さん達に話してみないかい? 不安な気持ちがある、って」


と二人の頭を撫でてやった。

本人にも許可をとる必要があるとはいえ、まだ五歳程の子供だ。人生を決めるような決定を下すには多大な不安があるのは当然だろう。


しかし二人は『人の為にやりたい』という意志を持っている。そこを受け入れる事で、今後二人の動きが変わるかもしれない。

将来的に殲滅隊を抜けたい、という事になっても、この時下した決断は後々の経験としても役立つ筈だ。


そんな思いを込めて、ディツェンバーは言った。


「……怒られない、かな……?」


小さな声で呟くように、侑はディツェンバーを上目遣いに見上げた。


「大丈夫だよ。皆優しい人さ」


「……侑くん、戻ってみよう……?」


「お姉ちゃん……」


すっ、と美里は侑に手を差し出す。その小さな手を小さな手で握り返し、笑みを浮かべて頷いた。


「うん! 僕、お姉ちゃんと一緒がいい!」


「決まりだね。それじゃあ、戻ろうか」


手を繋いで歩く二人を先導するように、空達がいる応接室に向かう。



その後、再度話し合いを進める事によって侑と美里の殲滅隊入りが確定した。そして手当を終えた海にディツェンバーは説教を受けてしまった。まぁそれは覚悟していた事なので仕方の無い事だったのだが。


数日後には魔石を埋め込む移植手術が行われ、訓練に参加する事になるだろう。


その日をディツェンバーが見れるかは、想像もつかなかった。






※※※※※





研究所を後にして、街に続く住宅街をディツェンバーは歩いていた。

帰りにスーパーに寄って本日の夕食の食材を買わないと、と考えながら一通りの少ない道を歩く。


──五年だ。


宇宙から告白紛いの言葉を受けて、その数ヵ月後に彼女が身篭っている事を知った。

責任を取る、というのも正しいが、ディツェンバーは確かに宇宙という女性を愛している。


そして生まれた、自分の娘の事も。


ディツェンバーはもう魔物として生きていない。師走満しわすみちると名を改め、専業主夫として、人間として生きている。


初めからここで暮らしていたかのように、ディツェンバーは人間界での生活に馴染んでいた。五年前のあの日以降、ベヴェルクトのような刺客が放たれた気配も無い。


全てが、平和に進み過ぎているような気がした。


ふとその場に立ち止まり、ディツェンバーは天を仰いだ。


「…………青空。空が青いなんてね……」


魔界の空は常に赤く、どこか淀んでいるようですらあった。鮮やかな赤、といえば聞こえはいいかもしれないが、心地良いものでは無い。


澄み渡るような青空が普通となったディツェンバーの生活は、とても平和で。違和感すら抱かない程に穏やかだった。


「でも、魔物側の情報が全く回ってこないのはどうしてだろう……」


反乱が起こった時、ゼプテンバールと共に人間界へ赴き魔物に対する対策を練るように伝えてくれ、と命を下した宝物官・キュステとシュテルン。


彼女達も人間界にいる事は把握しているのだが、何処で、どのように、何をしているのか全く掴めないでいた。


ノヴェンバーの情報収集力でも不可能となれば、ディツェンバーに為す術は無いに近しい。


ただ無事であって欲しい。それを確認したい。しかし居場所が分からない。人間界も幾つも国があり、数え切れない程の人がいる。


その中からたった二人を探し当てるのは至難の業だ。もしかすると、ディツェンバーの行動範囲内にはいないのかもしれない。


それだけではない。


五年前に姿を人間のものへと変えてくれたフルス。魔石に干渉し、ゼプテンバール達にこれからの事を話してくれたグリーゼル。


彼等とも全く接触していないのだ。


これには少し疑問を抱いた。まるで、自分はこの世界に存在していないかのように。魔物というネットワークから遮断されたかのように、情報が入ってこない。


ディツェンバーは元魔王で、知る人が見れば一目で分かる容姿、魔力を持っている。しかし明確な敵意を持っている魔物以外は、ディツェンバーの事を見ても何の反応も示さない。


(さて……どうやって調べようかな……)


一人思案を巡らせつつ、ディツェンバーはスーパーに向かう為止めていた足を動かしたのだった。

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