第103話
ベヴェルクトとの戦いの後、研究所の近くにノヴェンバーのものと思わしき魔石が残されていた。
恐らくベヴェルクトとの交戦の末に敗北したのだろう。
彼女の魔石はディツェンバーが持つ事となった。移植する魔石とするか迷ったそうだが、最終的に宇宙がディツェンバーに持たせると判断したので、海がとやかく言う事はしなかった。
そして数ヶ月の月日が経った頃、それは知らされた。
「えー。皆様に、大切なお知らせがあります」
ソファーに腰掛ける海達の前に、宇宙が嬉しそうに笑いながら立ち上がった。そしておもむろにディツェンバーの腕に抱き付き、
「私達、結婚する事になりましたー!」
と、嬉々として発表した。突然の報告に頭が追いつかず、呆然と目を瞬かせる事しか出来なかったが、まずは祝辞を述べる事にする。
「結婚……? お、おめでとう」
「まぁ! おめでとうございます!」
「…………おめでとう……」
しかし何故か、空の祝いの言葉は晴れないものだった。そんな彼の様子に気付かずに、宇宙は続ける。
「ふふふ〜実はね、もう子どももいるんだ〜」
軽くお腹をさすりながら、宇宙ははにかんだ。幸せそうな、そんな顔だ。
「本当に……おめでとう……」
チラッと横目で空を見ると、やはりその顔には影があった。
※※※※※※※※※※
宇宙とディツェンバーが結婚する。
その発表を聞いた空は、心に穴が空いたような感覚を覚えていた。幼馴染である彼女が結婚。今まで男性の影すらなかったのに、突然結婚するという。
──何故、ディツェンバーなのだろう。
ふと、そんな疑問が頭を過った。
十年以上も前から彼女の事を知っていて、ずっとずっと彼女の事を想っていた。
何故、宇宙は自分を選んでくれなかったのだろうか。
想いを伝えてすらいないのだから、空が宇宙に恋愛感情を抱いているなんて誰も知らないだろう。だからこそ、空は一人研究所内を彷徨うようにして歩くしか出来なかった。
重い溜め息を吐いて、廊下の壁にもたれ掛かる。
「あれ、四季さん。どうしたの?」
突然声を掛けられて、ビクッ、と肩を揺らしてしまった。視線を声のした下の方へと向けると、そのには二人の女の子が立っていた。
一人は青がかった黒髪ロングの、大きな丸眼鏡を掛けた女の子。フェブルアールの魔石を埋め込まれた胡桃沢洋子だ。
そしてもう一人はフリルが沢山ついた水色のワンピースを着こなした、赤茶色の髪をした女の子──では無く、女の子のような出で立ちをした男の子、朱海佳乃だ。
二人に目線を合わせて、優しく笑い掛ける。
「何でもないよ、二人共。少し疲れちゃっただけ。心配してくれてありがとう」
「四季さんいつもお仕事してるものね。たまにはゆっくり休んでいいのよ」
幼いながらも大人びた女性のような口振りで、佳乃が励ましてくれる。彼の口調は育ての親や姉達に影響されたものらしいし、それを矯正する事はしていない。
「ありがとう佳乃君」
「あ、そうだ! 四季さんも聞いた? 師走さんのお腹に赤ちゃんがいるんだって!」
洋子が述べたそれに、ちくりと胸が傷んだ。しかし相手は子供で、当然空の想いを知っているとは思えない。純粋に聞いただけに過ぎないのだろう。
無理矢理笑みを張り付け「そうみたいだね。僕も楽しみだ」と口にした。
本当は、とても苦しい。
自分の好きな人が、他の男と結ばれたのだから。喜びたい反面、空はどこかディツェンバーを呪いたくなる気持ちもあった。
「今日のおやつは海君がクッキーを焼いてくれるそうだよ。伊央君や澪君も誘って行っといで」
はーい、と元気よく返事をして伊央達を呼びに行く二人の背を見送ってから、空はまた彷徨うように歩き始めた。