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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第10話

ピリピリと。

身体の芯から震えが起こりそうになる。


目の前に対峙しているグレーの髪をした高身長の女性は、悠然とその場に剣を構えて立っていた。


反して刀を構えるゼプテンバールは、ごくりと生唾を飲んで刀を握る手に力を込める。目の前に立っているヤヌアールを見つめながら、じりじりと距離を詰める。


だがヤヌアールも警戒しているのか、ゼプテンバールが詰めた距離を後方に退く。一定の距離を保ちながら緊迫した空気は続く。


そして、ヤヌアールが地を蹴った。


ぐん、と一気に詰められた距離に戸惑う事無く、ゼプテンバールは振り下ろされた剣を避ける。だがヤヌアールもそれに動揺などしない。そのまま一歩深く踏み込んで二撃目を繰り出す。


これは流石に避けきれない、と刀でそれを防ぐ。研ぎ澄まされた刃物同士がぶつかり合い、耳の奥底を突くような甲高い音が響き渡る。


「もっと踏み込め! ゼプテンバール少年!」


「そんな事言われても……!」


ゼプテンバールにはほぼ剣の訓練を行った経験がない。剣の大会で優勝したのだって、そこにあった武器を手に取って、怪我をしないように避け続けただけなのだから。


だがヤヌアールは違う。

彼女は魔王軍の軍隊長という地位に就いている。今なお磨かれている彼女の剣撃を潜り抜けて攻撃をしろ、というのは無茶だ。


「保身に徹底するのもいいが、相手は手加減してくれないぞ!」


「それは今身をもって知ってるよ!」


ヤヌアールから繰り出される攻撃を避け、たまに刀で防ぐ。こうして会話出来ているのは、彼女が手加減してくれているからに過ぎない。


彼女が少しでも本気を出せば、ゼプテンバールは為す術なく地に伏している事だろう。


そして、その予想は的中した。


「わっ!?」


刀を飛ばされ、ゼプテンバールはその場に尻餅を着いた。その瞬間、首筋に剣が沿えられる。ひやり、と冷たい感覚が脳に届いた所で、ヤヌアールは溜め息をついた。


「全く……本当にどうやって大会を優勝したのか疑いたくなるな……」


やれやれ、とヤヌアールは剣を鞘に収める。彼女の手を借りて立ち上がり、ゼプテンバールもまた飛ばされた刀を鞘に収めた。


「僕にもよく分からないんだ。どうやって勝ったのかも覚えてない」


「ふむ……それはある種の才能かもしれないな。まぁいいだろう。癖は矯正出来るし、武器を触れるだけの筋肉はついている。また手合わせしよう」


「忙しいのにありがとう」


「いや、教えるのもまた学べる機会だ。君も、気がついた事があればなんでも言ってくれ」


素直に礼を言うと、ヤヌアールはそう返した。一見厳しそうに見える彼女だが、この半年接してきて分かった事は『意外といい人だし可愛い』という事だった。


身長170をゆうに超える彼女に見下ろされてるゼプテンバールだが、それを鼻にかけたりしないのがヤヌアールだ。


また、なよなよしいオクトーバーにも「男らしくしろ」とか言って責めないのである。


いわばリーダーシップに優れた魔物なのだ。彼女を軍隊長に推薦した前軍隊長も見る目がある、と納得出来る程に。


しかしそんな彼女は、軍人になる前は実家の花屋を手伝っていたらしい。なんでも花冠を作るのが得意だとか。


また、先日開いた茶会で知った事なのだが、甘い物が好物だという。

そして生粋の子供好きだ。


数々の武勇で名を馳せた彼女も、年頃の乙女だったという訳だ。


だがそんな年頃の乙女に負かされているというのも事実。そこはゼプテンバールも悔しいというもの。


城に戻ったら対策を考えよう、と意気込んでいた所、ヤヌアールが困ったようにきょろきょろと辺りを見渡していた。


「おかしいな……ここにあった筈なのだが……」


「ん、どうかしたの?」


「いや……その……上着が無くなってる……」


ヤヌアールは普段、深みのある赤いコートを羽織っている。身長の高い彼女でも少し大きいサイズなので、ゼプテンバールも印象に残っている。


手合わせの際、邪魔になると脱いでベンチに置いていたのはゼプテンバールも見ていた。が、その場所には何もなかった。


「風で飛ばされたのかな」


「そうかもな……その辺探してくる。昼食には遅れると伝えてくれ」


「いや、僕も手伝うよ」


「しかし……」


申し訳ない、といった様子で眉尻を下げるヤヌアール。そんな彼女を後目に、ゼプテンバールは言った。


「二人で探した方が早いでしょ。ほら、早く見つけてご飯食べに行こ」


「……すまない。ありがとう」









ヤヌアールのコートを探して早数時間。一向に見つかる気配はなく、空腹も相まってゼプテンバールの疲労は限界を迎えかけていた。


「やはり一度戻ろう。飯を食ってからでも遅くはない」


「僕の心配ならいらないよ。あれ……大切な物なんでしょ?」


ゼプテンバールがそう聞くと、ヤヌアールは静かに頷いた。


「……幼馴染の物なんだ」


「幼馴染?」


「もうこの世にはいない。形見だ」


「!」


「幼い頃から言っていたんだ。軍に入って、この国の平和の為に剣を取るんだって」


その声色は、酷く悲しそうだった。木の幹にもたれ掛かって、ヤヌアールはその幼馴染の姿を思い出しているのか、そっと目を伏せた。


「体格も良かったし、剣の腕も俺より上だった。だが……病であっさり死んでしまったよ」


「…………」


「魔石にもならずにさ……消えちゃった……初めからいなかったみたいに……なんにも残らなかった……」


幼馴染が消えるその瞬間を目の当たりにしてしまったのだろう。拳をきつく握り締めて、ヤヌアールは悲痛そうに顔を歪めた。


「だから……あのコートを?」


「あぁ。俺も、元々武道を嗜んでいたから、軍に入る事に抵抗も無かったし……不安も無かった。でも、辛い事もあるんだ。男に比べれば貧相なのには代わりないし……自分の行いが間違ってるんじゃないかとも、思う時がある」


「……その幼馴染のコートが、君に勇気を与えてくれるんだね」


「……あぁ。そうだ。勇気づけられる。安心するんだ……彼に支えられているようで……凄く」


悲痛そうながらも、穏やかに微笑む彼女の顔に、勇ましい軍隊長の面影は無かった。大切な幼馴染を想う、一人の乙女だった。


「…………は、恥ずかしい事言ったな……。忘れてくれ……」


だが自分の発言に羞恥を覚えたのか、頬を少しだけ赤くして顔を上げた。


「じゃあ、尚更早く見つけないとね」


ゼプテンバールも空腹と疲労を誤魔化して、ヤヌアールに笑みを向ける。


「ありがとう、ゼプテンバール」


『少年』と付けられなかったことに一瞬驚きつつ、ゼプテンバールは頷いて歩き始めた。



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