第98話
海が得意としているのは抜刀術。
繰り出された一撃を流し、二撃目で攻撃に転じる。此方には数の利がある。落ち着いて急所を狙えば確実に彼女を狩れる筈だ。
「ほう。中々いい太刀筋をしているな」
「貴様もな」
海が得意なのは抜刀術だけではない。ベヴェルクトと渡り合えるだけの剣術はここ数年で培ってきている。
時にはあのディツェンバーに稽古をつけてもらったりもしていたのだから。
流された攻撃を止める事無く続ける。その隙を狙って空が槍を突き出した。その刃先はしっかりとベヴェルクトを捉え、鈍い音を響かせて彼女を貫いた。
──が、
「その程度で、この僕を殺せると思うなよ……人間……!!」
平然と、笑って見せた。
空の狙いは寸分たりともズレていない。ベヴェルクトの腹部を貫いた槍には、彼女の血がびっしりとこべりついている。
そして彼女の立っている地面にも、ポタポタと血溜まりが出来ているのだ。まだ動ける余裕があるという事に驚きを隠せなかった。
その一瞬の隙を逃さず、ベヴェルクトは槍が刺さったまま空に蹴りを繰り出す。
槍を手放し、空が後退した隙に海が踏み込んだ。
ベヴェルクトの胸から下腹部を斬り付けると、視界に鮮血が舞った。しかし彼女が痛みを表情に表す事は無い。
一度体勢を立て直そう、と海は数歩下がる。その間に刺さったままの槍を無造作に引き抜いたベヴェルクトは、今し方斬り付けられた傷をそっとなぞった。
「成る程。人間は弱いと侮っていたが……訂正しよう。君達は着実に成長しているらしい」
「ははっ、どうするよ海君……びっくりする位ピンピンしてるよ彼女……」
「だな……」
神経を研ぎ澄ませて、海はベヴェルクトの傷口を見つめた。
シュゥウ、とオレンジの靄に包まれながら傷口が塞がれていく。完全に傷が塞がった頃には、健康的な肌色が破れた衣服の隙間から見えていた。
(微かにだが魔力が減っている……。回復には魔力が酷使されるようだな)
一般的に、致命傷を無かった事に出来る程の魔力量を持つ者は存在しない。しかし生まれ持っている魔物が数人だけいるという。
例を挙げるのであれば歴代最強と謳われた魔王ディツェンバー、そして眼前に立つベヴェルクト。
魔力量は生命力に比例するので、心臓を貫いた程度では彼女は死なないのだろう。
「空、もう一度接近するぞ」
「分かったよ。少しの間時間稼ぎ頼むよ」
「あぁ。援護は任せる」
一度刀を鞘に収め、海は目を閉じた。
敵を前にして目を閉じるのは自殺行為以外の何物でもない。が、海の集中力は現在そこそこまで高まっている。
海の只ならぬ雰囲気に、ベヴェルクトも攻撃してこなかった。
そして──目にも留まらぬ速度で、ベヴェルクトの背後に回り込んだ。
「!!」
背中から腰にかけて斬り付ける。捨てられていた空の槍を足で蹴り上げ、そのまま彼の方へと飛ばす。
視界の端でちゃんと槍を手にしたのを確認しながら、ベヴェルクトの攻撃を躱す。
海が身を低くした、その時。
一発の銃声が、三人の耳に届いた。
パシュッ、と弾丸がベヴェルクトの顳顬を撃ち抜いた。
「ぁ、ぐッ──」
痛みに悶える彼女の両腕を斬り落とし、続けて心臓を貫く。トドメを指す為首筋に刃先を滑り込ませたと同時に、ベヴェルクトが動いた。
ガンッ、と海の顎を蹴り上げたのだ。
「がっ……!?」
「海君!!」
視界が一転して、星空が映った。後ろに倒れそうになった所を何とか踏み止まり、一閃を凪いだ。
闇雲に繰り出した攻撃は当然避けられ、ベヴェルクトは空の元へ駆け出す。
槍を構え直し、空はベヴェルクトの剣戟を受け流す。穴の空いた顳顬から血が流れ続けるのも構わず、ベヴェルクトは強い一撃の攻撃を繰り返す。
そして空の槍を弾き、空いた胴目掛けて膝蹴りを繰り出した。
「うっ、……!?」
痛みに思わず目を細める。吐き気を堪えて槍を振り翳すも、既にそこにベヴェルクトの姿は無かった。
そして、海の視界にも。
その場から忽然と姿を消したベヴェルクト。しかし瞬間、海の中で嫌な予感が脳裏を過った。
不幸な事に、海の嫌な予感は良く当たる。
そして脳裏に浮かんだ予感とは──
「陸!! 今すぐその場から離脱しろ!!」
インカムのスイッチを入れて、先程遠距離からベヴェルクトを狙撃した陸に指示を出す。
『珍妙な道具を使うね、人間は』
しかし海の耳に届いたのは返事でも疑問でも無く、今し方逃がしてしまったばかりの敵の声だった。