第97話
立ち入り禁止の看板が立てられた道を進み、海と空は魔物の気配がする建物前までやって来た。
改築工事中らしく、中途半端に壊された建物の瓦礫が無残に散らばっている。
「海君……これ……」
「あぁ。強いな」
ディツェンバーも圧倒されるような魔力をしているが、それに近しい膨大な魔力を近くからひしひしと感じる。
遠距離攻撃を得意とする陸は、別のルートから敵を視認している頃だろうか。
と、右耳に装着されたインカムから陸の声が聞こえてきた。
『海ちゃん、くぅちゃん。そろそろ接触する筈よ。警戒して』
「あぁ」
「分かったよ」
短く返事をして、海は魔石を刀へと変形させる。隣に並び立つ空も同様に魔石を槍へと変化させた。
暗闇から姿を現したのは一人の女性だった。
煌びやかな金髪を高い位置で一つに束ね、所々にカラフルなメッシュを入れている。首元を隠す変わった服を着ているが、女性らしい体躯が垣間見えていた。
しかし、彼女の耳は確実に人間のものでは無い。尖った耳を持つ彼女は、間違いなく魔物だ。
「…………君達には、僕の姿が見えているらしいね」
静かに、口を動かす女性。
「……魔石を使う人間……君達の噂は魔界でも有名だよ。魔物殲滅隊だろう? 魔王様は怒っていたよ。同胞を殺す君達の事を」
彼女の言う魔王様とは、ディツェンバーの弟のアルターの事だろう。
「いい事を教えてあげよう。これまで互いに不干渉を貫いてきたが……君達が派手に行動し始めたというのもあって、一部不満も募りつつある。人間にしてやられるのも不愉快だ。人間を殺害する目的で此方の世界にやって来ている魔物が増えたそうだよ」
隣で、空が息を飲んだ。
海達は人間を守る為に、人間界に蔓延る魔物を殲滅する組織を立ち上げた。
しかし魔物視点から見てはどうだろうか。
魔界での地位や立場を無くしたディツェンバー。人間界で生きる事を決めたフルスやグリーゼルは兎も角として、同胞が殺される事に憤りを感じない魔物がいる筈がない。
魔物殲滅隊という組織は、かえって人間界にやって来る魔物の数を増やしてしまうのではないだろうか。
そんな考えが頭の中を巡った空は、誤魔化すかのように槍を握る手に力を込めた。
そんな彼の行動を視界の端に捉えた海は、空を片手で制して口を開く。
「…………お前も、その一人か?」
「いいや。僕は同胞が死のうと気にしないからね。ただ役目を果たしに来たのさ」
「役目だと?」
「先代魔王、ディツェンバーを魔界に連れて帰る。それが、魔王様から仰せつかった命さ」
薄々、そんな気はしていた。
確実に首を跳ねる前に、ディツェンバーはこの人間界に召喚された。
殺す気満々だったアルターにとって、それは不愉快極まりない事の筈。いずれ追手を手配すると予測はしていたが、数年経った今来るとは思わなかった。
しかしディツェンバーが目的となれば話は別だ。知り合いが狙われていると知って、みすみす見逃す海達では無い。
「貴様はここで狩る」
「ディツェンバー君に手出しはさせない」
「……あはっ、はっ、ははははは!!」
顔を覆って心底可笑しそうに笑った後、女性もまた武器を構えた。月明かりに照らされて光を帯びる剣先を海等に向け、高らかに名乗りを上げる。
「僕の名はベヴェルクト! 君達の事も殺してあげるよ……この僕の手でね!!」
薄気味悪い笑みを張り付け笑うベヴェルクトを睨み、海は刀を鞘から抜いた。