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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《人間界》
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第94話

※※※※※※※※※※





陽が沈みきった夕刻。

両手に大量の買い物袋を持って、ノヴェンバーは研究所までの道のりを歩いていた。

彼女はディツェンバーよりも飲み込みが早かったので、進んで買い物に出掛けたりする事が多い。


明日の朝食は何にしようか、なんて考えながら歩いていたから。気が付かなかったのかもしれない。


自分の首に迫っていた、剣先に。


しかしノヴェンバーも戦闘が不得意な訳ではない。間一髪でそれを躱し、買い物袋を手放してどこからともなくナイフを取り出した。


首筋につぅ、と生温い液体が伝う。幸いにも出血量は少ないので、この場を対処する位の余裕はありそうだ。


「流石はかの魔王が選んだ使用人。今の攻撃を躱した事への賛辞を述べようか」


すらりとした高身長の金髪の女性が、剣を構え直す。長い睫毛を揺らし、赤い双眸でノヴェンバーを見つめた。


「さぁ、ここで大人しく殺される気はないかね?」


「生憎と。これから皆様の夕食の準備に取り掛からなければなりませんので」


「では、食卓に君の肉でも盛り付けるかい……!」


ダッ、と地を蹴り女性が剣戟を繰り出す。


「カニバリズムの癖をお持ちですか? 何にしても、私の身体を貴方に渡すのは全力で拒否させて頂きます」


いくつもの閃光を潜り抜け、女性の懐に飛び込みナイフを突き出した。


「そうかい。それは残念だ」


キィン、と金属音を響かせて、女性は剣でナイフを防ぐ。その隙を逃さずに空いている右手でナイフを振り下ろす。


後退するしかない女性にもう一度攻撃を、と次の動きを予測するノヴェンバーだったが。


「甘いよ、お嬢さん」


ノヴェンバーのナイフは、女性の胸に突き刺さった。骨に当たったらしく、深々とは突き刺さらない。

女性は苦痛の表情を浮かべる事なく、そのまま距離を詰めノヴェンバーの腹部目掛けて膝蹴りを繰り出した。


込み上げる吐き気と共に空気を吐き出し、ノヴェンバーは数歩よろけてしまう。


「良い動きをしている。でも……」


微笑みを浮かべながら、女性は先程とは比べものにならない早さで剣を振るった。

ぎりぎりの所でそれを躱していたが、その内の一撃を受けてしまう。


すっぱりと斬られてしまった腕から血が伝うのを感じながら、ノヴェンバーはナイフを女性目掛けて投げ付ける。


「この僕を仕留める一撃には至らない……!!」


ナイフを全て弾き、躱した後、女性は笑みを貼り付けた。


「答えてくれないか? ディツェンバーは何処にいるのかね」


「……まさかとは思っていましたが、貴方……」


数年前、魔界で起こった反乱でメルツ、マイと交戦し、最後には二人を助けに来たゼプテンバールに首を斬られ魔石へと姿を変えた半月のその人の名は──。


「──ベヴェルクト、生きていたなんて……」


「僕の名前など今はどうでもいいだろう。それよりも、質問に答えてくれないかい?」


口振りから察するに、彼女はベヴェルクトで間違いないらしい。


内心、ノヴェンバーは焦っていた。ノヴェンバーは決して弱くない。ディツェンバー直々に使用人として雇われた彼女にも、それ相応の実力が備わっている。

しかし、ベヴェルクトはその基準を超えているのだ。


一言で言えば『普通に強い』のだ。


ベヴェルクトは力が強い、動きが早い、と説明するのであればそんな単調な言葉でしか表せない。それが最大の弱点であり最大の脅威なのだ。


秀でた強みがなく、突ける弱点がない。


加えて膨大な魔力量。魔力量の多さは生命力の強さでもあるので、先程刺された傷すらもダメージとして成り立っていない。


(しかし妙ですね……今のベヴェルクトには何かが欠けているように思えます)


魔力の質も、姿形も、以前見掛けた時と何ら変わりはない筈だ。しかしその凛とした佇まいには──


「ほら早く。答えてくれたまえ」


「何の目的があって、そんな事を……?」


理由・・なんて(・・・)ないさ(・・・)


コツコツ、と靴音を響かせて、ベヴェルクトは接近する。

両手にナイフを構え、跳躍しようと立ち上がった時──。


「!?」


──立ち上がれなかった。

足を何かに固定されたかのように、蔦に絡まったかのように、その場から離れる事すら出来なかったのだ。


その一瞬の隙を逃さずに、ベヴェルクトはノヴェンバーの喉元に剣先を沈める。


「っっ!!」


「目的も理由も、何一つとして必要なものはない。余計な感情等、足でまといにしかならないからな」


やはり、ベヴェルクトの様子は何かが可笑しい。


それ以上、思考を巡らす事は出来なかった。


静けさを取り戻した歩道に、茶色の魔石が一つ残されている。

傍に仕入れたばかりの食べ物が入った買い物袋が、風に揺られて音をたてていた。







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