第9話
各々が持ってきた土産品を並べると、その豪華さは一目瞭然だった。
気品あるテーブルクロスの上に置かれたカラフルな五段ケーキは、ゼプテンバールが到着した時からその雄大さを醸し出していた。
その周りに置かれた紅茶の茶葉や珈琲豆がまず驚きであった。珈琲独特の苦味が苦手なゼプテンバールでも飲みやすい、苦味の少ない豆を選んできてくれたオクトーバー。
彼も苦手だそうだが、先日試飲した際飲みやすかったとの事なので購入してきてくれたそう。
同じく珈琲豆を持参してきたマイは深い味わいの物を激選してきたらしい。
ゼプテンバールには飲める気はしなかったので口にはしなかったが、メルツが満足気に頷いていたので中々の物なのだろう。
そして紅茶の茶葉を選んで来たのはアプリルだけだったが、彼が五種類の茶葉を持ってきたので困る事はなかった。
曰く
「ボク紅茶に関しては厳しいんですよぉ。浅薄な方々の為にちゃんとした物を用意したのでどうぞ〜」
やはり見下されている感じがするが、この際目を瞑ろうと何も言わない事にした。
この三人を除いた他の者達はスイーツが主だったのだが、群を抜いていたのがヤヌアールとユーリだった。
ユーリは流石業界で生きている者だと再認識させられるような、高級茶菓子を。
ヤヌアールは人気喫茶店のタルトタタンを。
ユーリは兎も角としてヤヌアールは意外だった。そしてこれがまた紅茶と合うのだ。打ち合わせでもしただろうかと疑わしい程に。
とまぁ、自由なお茶会なのだ。堅苦しくもない、好きな物を食べてるだけの休憩時間のような穏やかな時間だ。
だが自然と会話は弾んでいるらしい。現にヤヌアールとユーリ、オクトーバーが何やら話し込んでいる。あまり見ない組み合わせで新鮮だ。
ゼプテンバールは椅子に腰かけて、苦味の少ない珈琲を口に運ぶ。すとん、と隣の席に腰を下ろしたのはフェブルアールだった。
「お疲れ様ねぇ〜ゼプテンバール君」
「フェブルアール……。ううん、僕は特に何も。何とかなってよかった……」
「そんなゼプテンバール君にプレゼント」
ずい、と差し出されたのは青いリボンがあしらわれた箱だった。恐る恐るそれを受け取る。
「これは……?」
「別で作ったプリンよ。頑張ったゼプテンバール君にご褒美」
ふにゃ、と笑うフェブルアール。幼い見た目で笑うので子供のようにも感じられるが、彼女の視線は年上の貫禄があって、安心感のある優しさが籠っていた。
「……ありがとう……僕、プリン好きなんだ」
「そう、良かった。いつでも作ってあげるわね」
「ほう。ゼプテンバール君はプリンが好きなんですね」
二人の会話の流れに乗ってきたのはアウグストだった。手違いとはいえ遅刻したのは事実なので、先程までディツェンバーに物凄い勢いで頭を下げていたのだが、戻ってきたらしい。
「こ、子供だって言いたいの……?」
「まさか。俺、子供の頃から好物はいちご飴一択ですから」
「美味しいわよね〜」
そんな他愛ない会話をした後、アウグストは渋々と言った様子で口を開いた。
「ゼプテンバール君。本当にありがとうございました……。来て……、良かったです」
ぎこちない笑みを浮かべるアウグストは、気恥しさを誤魔化す為か手に持っていた珈琲を飲み干す。
「ねぇ、なんであんな地下にいたの?」
唐突に振ったゼプテンバールの質問に、アウグストは少し考える素振りをしてから答えてくれる。
「俺、基本的に書庫に入り浸ってるんです。調べ物とかする時は……人の来ない静かな場所がいいので……借りたんです」
という事はアウグストがいたあの場所は元々あったのだろうか。となるとその用途が気になったが、ゼプテンバールには関係の無い事だと思って首を振った。
「そうだったんだ。て事は何か調べ物してたんだ」
「えぇまぁ。子育ての本を読み漁ってて……」
その言葉に、ゼプテンバールは勿論、フェブルアールも……その場にいた全員がピタリと動きを止めた。
「……え、どうしましたか?」
「………………え、子育て?」
「え、えぇ……」
「誰と誰の」
「俺と俺の奥さんの」
「いつ生まれたの」
「つい先日」
「………………」
「………………」
それまでゼプテンバールが質問を繰り返して、それにアウグストが淡々と答えていた。だが質問者が黙った事で、自然とその場の空気は静まり返った。
やがてゼプテンバールは立ち上がりアウグストの肩を掴んで激しく揺らした。
「なんで!! 言わない!! の!!?」
「水臭いぞアウグスト!!」
「つか結婚してたなんて知らねぇぞオイ!!!」
ゼプテンバールに続いてヤヌアール、メルツが声を荒らげてアウグストに詰め寄る。
ディツェンバーに心酔しているアウグストがまさか既婚者で、子供までいるとは誰も思うまい。
相当衝撃が大きかったのか、普段ならばここで嫌味ったらしい言葉を述べるアプリルが黙り込んだまま微動だにしなかった。
「じ、順を追って話すのでっ、離して下さいぃい!!」
その言葉を聞いてゼプテンバールは手を離す。頭が揺れているのか、アウグストは側頭部を抑えながらコホン、と咳払いした。
「俺は……貴族出身なので、元々婚約者がいたんです。その子が今の俺の奥さんです。で……その……息子が生まれました」
「あらあらぁおめでとう〜!」
「でもアウグスト!! ディツェンバーさま大好きだって言ってたよな!! あははっ!! 何で何で!?」
フェブルアールに続いて祝辞を述べようとした所、ユーニがそう問うた。彼の疑問も最もだ。ゼプテンバールもそれは重々承知しているのだから。
しかしアウグストの回答は意外にもあっさりしたものだった。
「ディツェンバー様は俺がお仕えする主です。忠誠を示すのは下僕として当然の事。この世で最も貴く美しいお方、それがディツェンバー様です」
「じゃ、じゃあお前の奥さんは?」
「大切な俺の家族です。息子も。……家族に対する愛と、ディツェンバー様に向ける愛は別物ですよ」
彼の中ではそういった区別があったのか、と納得した。これからは無闇矢鱈に信者と呼ぶのは辞めよう。そう心の中で決める。
「いやぁおめでたいね〜。あ、アウグスト。育休は取らなくても大丈夫? 要望あったら言うんだよ。部下の初子供なんだから僕も何かプレゼントしたいな〜」
この場で最も貴くて美しいお方、はそう言って笑った。その笑みを見た信者は
「あぁ流石我が敬愛する主!! 今の所不都合はありません!! お気遣い感謝致します!! 不肖アウグスト、一生貴方様に着いて行きます!!」
と、忠誠を顕にしたのだった。
(うん……信者は信者だ……)
お祝いムードに移り変わったお茶会も、日が暮れる頃にはお開きとなった。少しは距離が縮んだかもしれない。
ゼプテンバールの行動は無意味ではなかったと、そう思える有意義な時間だった。
コンコン、とノックをしてから部屋に足を踏み入れる。机の上に置かれている蝋燭が、ディツェンバーの手元だけを照らしている。
暗い部屋の中、戸惑う事なく進んだその魔物は、机越しにディツェンバーに話し掛けた。
「相変わらず、人を騙すのがお好きなようですね」
皮肉が込められたその言葉に、ディツェンバーは眉一つ動かさなかった。書類に目を通しながら、溜め息混じりに返事をする。
「どこから話を聞いたのかは知らないけど……人聞きの悪い事は言わないで欲しいな」
「どうでしょうね。手違い? 笑わせてくれる……全て仕組んだ事でしょうに」
「…………」
ディツェンバーは目を通していた書類を適当に机の上に放り、見えない声の主を見上げた。
「茶化しに来たのなら帰ったらどうだい。もう夜も更けている」
「そっくりそのままお返しします」
「…………アクシデントが起こらない限り……事は動かないんだよ」
含みのある言い方をするディツェンバー。
彼がアウグストに出した招待状は、誤った日時が記されていた。だがそれはミスでもなんでもない。
ディツェンバーがわざとそう記したのだ。
ディツェンバー自身、アウグストが自身を慕ってくれていることは知っていた。ならばそんな彼が時間に来なければ?
何かあったのだろうか。
と、疑問に思うのが道理だ。そうディツェンバーは思っている。
実際に行動を起こしたのはゼプテンバールだけだった。それはまぁ上々と言えるだろう。一人でも反応してくれれば、後は自身が彼の道を導けばいいのだから。
「ちゃんと働いてくれてありがとう。アルター」
「勘違いしないで下さい。俺は貴方の為に動いたんじゃない。ゼプテンバールさんが困っていたから助けただけですよ」
声の主、アルターが忌々しげに顔を歪めるのが分かった。くるり、と踵を返して部屋を去ろうとしていたのも。
「……それでは、失礼します。今夜は冷え込むそうですよ。身体を暖かくして下さいね、兄上」
「あぁ。ありがとう」
バタンッ、と扉が閉められたと同時に、ディツェンバーの手元を照らしていた明かりも暗闇に溶けていった。