第三話
「あ~あ、今日こそ勝てると思ったのになぁ~」
「はは、まあまだ負ける訳にはいかないな?」
互いに礼をした後、被っていた面を外しながら今回も勝てなかったと少しばかり悔しそうに雪葉はつぶやきながら防具を外し、その呟きに同じく面を外した絢夜が笑いながら答えつつ同じように防具を外し始める。
そして、そんな子供二人を見ていた優は嬉しそうに見た後、澪へと声を掛けていた。
「おはよう、澪。もしかして百合が呼んでるのか?」
「うん。もう朝御飯が出来るって」
「そうか、よし。今日の朝の鍛練はこれで終わりにして朝御飯を食べるぞ!」
「あ、じゃあ先に私がシャワーを浴びる!」
そう言うと雪葉は手早く着ていた防具を外して元のあった場所へと戻し、そのまま身軽な剣道着と袴で入り口で一礼した後、玄関が開いて締まる音が聞こえた後、雪葉のと思しき足音が家の方へと向かって行った。
「全く、ここに来た時があんなにも眠そうだったのにな?」
「まあ、お姉ちゃん朝には弱いからね‥」
絢夜の言葉に澪も少しばかり苦笑を滲ませる。つい先ほど、兄である絢夜と良い戦いをしていた雪葉だが、朝に弱いという弱点があった。寝ぼけている時は確かに静かなのだ。それでも体を動かせば徐々に目が覚めるのであまり大して変わりないのかもしれない。
とそんな事を話していると防具を外し終えて防具を戻してきた。それを確認して優は口を開く。
「よし。それじゃあ澪。父さんと兄ちゃんはシャワーを浴びて行くから一足先に戻ってお母さんの手伝いをしてあげてくれないか?」
「うん、分かった!」
優の言葉に澪は頷き、きちんと出る前に一礼をした後、道場を出て家の中に戻ると百合と一緒に出来た朝食をテーブルへと置いて行く。テーブルへと置いて行く最中に一足先にシャワーを浴び終えた雪葉も手伝い、優と絢夜がシャワーを浴びてリビングに入って来た時には既に朝食の準備はバッチリと整えられていたのだった
※ ※ ※
朝食が並べられたテーブルに準備をした澪たちと、朝練のシャワーを流した優たちはそれぞれ自分の席へと座り手を合わせる。
「「「「「いただきます!」」」」」
そう唱和し、澪たちは朝食に手を付け始めた。今日の朝食はこんがり焼かれた食パンにベコンエッグに野菜があり、更にバナナと兎さんリンゴがあった。
そしてそれぞれ手元には飲み物が置いてあり、優はブラック、百合と絢夜はコーヒーにそれぞれ砂糖とミルクを入れたもので雪葉はミルクティー、そして澪はホットミルクだった。
そして、朝食を食べつつ話すのはそれぞれの学校での事やあのテレビが面白かったなどの他愛もない話をしながらも朝食を食べ進める。そしてその中で一番早く食べ終わったのは優だった。
「ご馳走様でした。百合、今日も美味しかったよ」
「はい、お粗末様」
手を合わせた後百合にそう言って席を立つとそのまま食器を流しへと持って行くと優は歯磨きをするべき洗面所がある脱衣所へ行ってしまった。
「お父さん、やっぱり朝が早いよね…」
「ああ。そうだな」
歯磨きをする為に部屋を出て行った父を見てそうぽつりと言ったのは雪葉でそれに相槌を打ったのは絢夜で、澪もホットミルクを火傷しないように注意しつつ飲みながら、内心で頷いていた。
澪たちの父親である優が働いているのは駅前近くで人気のケーキ屋「harmony」で、お菓子やケーキを作る職人であるパティシエだ。
澪たちの母親である百合と出会う前の優はもともと警察官として働いていたのだが、ある時重傷を負ってしまった事を切っ掛けに警察官を辞めて、その後百合との互いの趣味であり好きだったお菓子作りを仕事にするために製菓の専門学校に通って幾つかの資格を取得して、現在のまだ店を開いた直後だった「harmony」で働く様になったのだった。
そして、優の腕が良かった事をあるのだろうが、お手頃価格で美味しいと徐々に店の名前が知られるようになり、現在は店の中で飲み物と一緒にケーキを食べることが出来るスペースが出来てからは日中では近くの奥様やお年寄りたちの憩いの場として、お昼から夕方にかけては仕事帰りの人や学校を終えた中高生の憩いの場として受け入れられ繁盛していた。
だが、店が繁盛すればその分の準備等が忙しくなり、それが優が家族の中でいち早く家を出る事に繋がっていた。
「大丈夫よ。無理はしないって私と約束してるから。それにあそこの旦那さんと奥さんとは顔見知りだし何より、人に食べるものを出すところだからお父さんも無理はしていないわよ」
「………」
「それにほら、貴方達も学校があるんですからね?」
「「「はーい」」」
自身の夫に全幅の信頼を寄せている母の様子を見て澪達は三人揃って心のなかで「あ、これは大丈夫そう」と思わず思ってしまい止まっていた手を再び動かし朝食を食べ終わると歯磨きなどの身支度を終えて澪たちが玄関に行くとそこには優の澪栗をした百合が待っていた。
「あれ、お母さんどうしたの?」
「今日はお休みだから、皆の見送りをしようかと思ってね?」
「そうなんだ?」
確かに、普段は優が出た後に続くように百合も家を出ているので、休みの日くらいはあまり出来ない子供たちの送り出しをしたいのかもしれない、と澪は思い、それは兄や姉も同様でそれぞれ靴を履き玄関のドアを開ける。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
「いってきまーす!」
「はい。気を付けて。あ、そうそう今日はアップルパイを作ろうと思うから楽しみにしててね?」
「え、本当!? やったぁ!」
ドアを開けかけていた絢夜は動きを止め、雪葉は百合を見て、澪は両手を上げて喜ぶなどそれぞれ嬉しそうな表情を浮かべていてそれを見た百合も何処か嬉しそうだった。
「ほら、学校に遅れるわよ?」
「「「あ、いってきまーす!」」」
と今度こそ絢夜がドアを開けて外に出ながらそう言い、今度こそ澪たちは門を通り学校へと向かい始めたのだった。
※ ※ ※