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2週間目 奴隷の男と本を読む悪役令嬢 Ⅲ

ごめんなさい。

遅れました。

§7

 ふと、窓の外からフクロウの鳴き声が聞こえてくる。


 私は真っ暗な窓から目を戻すと執務机を挟んでミシェルに頷く。


「……結局、今日もシュバインは魔術を使えなかったのね。」

「左様でございます。」


 ミシェルが軽く頭を下げる。

 ……言葉と違って、結構、時間が掛かるわね。

 私は内心ため息を吐く。


 シュバインがミシェルに魔術を習い始めて今日で三日目。

 私が起きていない早朝の時間と仕事が終わった夜の時間を使ってミシェルは彼に魔術を教えているのだけど、未だに術の発動も出来ていないらしい。

 そして今の時間も一般常識や魔術の勉強の為、彼はこの執務室には居ない。


 私が少しがっかりしていると、ミシェルは言葉を続ける。


「全くの“初めて”ならこの様な物かと。お嬢様の時も一か月程は掛かりましたよ。」

「……そうだったかしら?」


 子供の頃を思い起こす。


 ……確か、初めて魔術を習ったのは領地の城だったわね。

 いつの年だったかはっきりとはしないのだけど、丁度今と同じ春頃に、例の奪われた城でミシェルに教わった記憶がある。

 ただ、やはり朧気にしか覚えていない。

 首を捻っているとミシェルが軽く笑い声を上げる。


「ふふふ。流石に覚えていらっしゃらないご様子。お嬢様が初めて魔術を使われた時の騒ぎは覚えておりますよ。 ……確か、“光の球”でございましたね。旦那様と奥様に報告なされた後、使用人一人一人に見せて回っておりました。」

「……覚えていないわ。」


 私は少し恥ずかしくなり、ミシェルから顔を逸らす。

 ……そんなにはしゃいでいたかしら?


 はぁ。

 私はため息を吐くと話を逸らす。


「……それはそれとして、シュバインの出身地もまるで分らないのよね。」


 図書館に通い始めて三日目、執務室で本を読んでいた日も含めると、今日で五日目になる。

 たまにミシェルに手伝って貰いながらシュバインと一緒に本を調べているのだけど、殆ど手掛かりは見付かっていない。


 ……ただ、“あの森”に何かありそうなのは確かなのよね。

 シュバインが取り纏めた民話からは昔からあの森で“神隠し”があった事が示唆されている。

 その上、少なくともこの図書館で探せる範囲では彼が居た国は見当たらなかった。


 私を見ながら微笑んでいるミシェルに目を向ける。

 ミシェルは少しの間、額に皺を寄せると口を開く。


「そうでございますね。……後は禁書庫を開ける位しかございません。」

「……禁書庫ね。」


 確かに禁書庫は手付かずではあるけど、積極的に開けたい場所では無い。

 悩んでいると、ミシェルがもう一度口を開く。


「確か、“建国談”や“都合が悪い”書物もあると聞いております。もしかするともしかするかも知れません。」

「なるほどね。でも、危険な魔導書もあるのでしょう?」

「ええ。ですが、いずれあの場所も整理しなければいけませんので。」


 ……どうしようかしら。

 私はミシェルを見ながら幾らか逡巡すると、首を縦に動かす。


「……ではお願いするわ。」

「畏まりました。」


 礼をするミシェルを見ていると、窓の外からまたフクロウの鳴き声が聞こえて来た。


§8


「……と言う事で、今日は禁書庫の本を見ていく事になったわ。」

「了解した。」


 シュバインは私の言葉に軽く頷くとカップに口を付ける。


 ここは図書館。

 私とシュバインは朝食を終えると図書館に向かい、窓際のいつもの定位置でお茶を始めた。

 そして、カップを傾けながら昨日の夜にミシェルと話した内容をシュバインに伝えた。

 ちなみにミシェルは禁書庫で作業をしている。


 ……ふぅ。

 息を吐くと私もお茶に口を付ける。

 テーブルに目を向けると所狭しと本を積み重ねられて、紙の束が置かれている。

 ちなみに、シュバインはテーブルの角を挟んで左隣に居る。

 暫く、それらを眺めているとカップを置く音が聞こえてくる。


「……ふむ。理解が出来ない。」


 音がした方を見ると、シュバインが眉間に皺を寄せながら魔術書に目を通している。

 ……そんなに難しかったかしら?

 彼の手にある魔術書は子供向けの物で、難しいものではなかったはず。

 私は首を傾げながら彼に声を掛ける。


「……何が解らないのかしら?」

「あぁ……この「“魔力”を使って“精霊”に問いかける。」と言う部分が理解できない。魔力とはなんだ? 精霊とは本当に存在するのだろうか?」


 彼は肩を竦めると、私の方に本を広げると指で指し示す。

 ……なんて言えば良いかしら。

 私はカップを置いて本の山から聖典を引き抜くとそれを彼の目の前で広げる。


「魔力とは“世界を歪める力”の事。教会の主張によれば、“全ての人に等しく与えられている”そうよ。……そして、精霊とは……聖典にはこの様にあるわ。“世界を正す存在”と。魔力だけあっても仕様がないのよ。魔術を“本当の意味”で完成させるには精霊に“問いかける”必要があるわ。そして、“許可”を得る必要があるの。でないと、実際に“事象”を起こす事は出来ないわ。そして、それらの形式を体系化したのが属性魔術。四大精霊と光と闇の大精霊に対応するわ。……精霊がどんな姿をしているのかは知らないのだけど、存在している事は確かよ。」


 私は彼の前で子供向けの聖典を捲りながら説明する。

 課題でもあったのだけど、精霊への問いかけを行わないと魔術は行使されない上、込めた魔力に比例して“重さ”を感じる事になる。

 ……要は敢えて失敗させる訳ね。

 恐らく、その“重さ”が精霊なのだと思う。


 彼は軽く頷くと暫く聖典に目を落とす。


「……なるほど。属性魔術の成立には、教会が深く関わっているのか。」

「そうね。その通りよ。」


 私は彼に頷く。

 彼の言う通りで、逆に“魔術”の勃興によって教会は成立したとも言える。

 一部の者に独占された魔法から、公開された魔術へ。

 ただ、教会も賢者様への畏敬の念は持っていて、帝国の滅亡までは考えてなかったそうだけど。


 言葉を続けようとすると、本棚の奥から何かを転がす音が聞こえてくる。


「ミシェルかしら?」

「……のようだな。」


 シュバインの声と共に本を乗せたワゴンを押すミシェルが現れる。


「……お嬢様。動かせる物は持って参りました。」


 そんなに量は無い。

 ワゴンの上に載っている本は十冊程度。

 丁寧に白い布の上に一冊づつ分けて置かれている。

 ただ、恐ろしく古い。

 題名が無いか殆ど読み取れなくなっている。

 その上、紙の束をそのまま縛っている様な物もある。


 私はテーブルに寄せられたワゴンに目を向けながらミシェルに声を掛ける。


「呪いとか平気なのよね?」

「左様です。しかし、万が一は御座いますのでお嬢様とシュバインは手を触れないようにお願い致します。」


 ミシェルは私とシュバインに顔を向ける。

 本に目を走らせていたシュバインは顔を上げるとミシェルに頷く。


「了解した。マダム。」

「分かったわ。」


 私もシュバインの後に続いて頷くと、ミシェルは本に手を向けながら言葉を続ける。


「では、どれからお読みになりますか?……こちらは“この地”の建国に関わる書物。こちらは古い信仰に関する書物になります。」


 本は内容によって左と右に分けているようで、ミシェルはそれぞれに手を動かす。


 ……建国談ね。

 お母様の口からは聞いた事は無かった。

 古い信仰についても気にはなるけど、異端の内容を含むかも知れない。


 私はシュバインと目を合わせる。


「貴方はどちらが良いかしら?」

「ふむ。やはり、……」


 でも次の瞬間、扉をドンドンと叩く音にシュバインの声がかき消される。

 ミシェルは図書館の大きな扉に目を向けると私に声を掛ける。


「お嬢様。様子を見て参ります。」

「ええ。お願いするわ。」

「では、失礼します。」


 ミシェルは私に一礼すると、扉に向かう。

 私はミシェルから目を離すとシュバインに声を掛ける。


「……何かしらね。」

「さて。」

「そう言えば、さっきはなんて言おうとしたのかしら?」

「ああ、それは……」


 でも、今度はバタンと扉が閉まる音でシュバインの声がかき消される。


 ……本当に何かしら?

 振り返るとミシェルが珍しく焦った様子でこちらに駆けてくる。

 見ると何かの包みと封筒を胸に抱えている。


「……ミシェル。どうしたの?」


 こちらに来たミシェルに声を掛けると思ってもみない言葉が飛び出す。


「お嬢様。“奥様”よりの封書で御座います。」


 ……えっ!

 ミシェルが私に封書を手渡してくる。

 こちらに来て以来、初めてのお母様からの手紙に目を見開いて固まっていると、今度はシュバインにもミシェルは声を掛ける。


「……シュバイン。貴方宛の物ございます。」


 ミシェルはそう言って、シュバインの目の前に包みと封筒を置く。


 本当に何かしら?

 ミシェルは少し不安そうな顔をしながら私と目を合わせる。

 私はこくりと頷くとシュバインに目を向ける。

 彼は封筒を開け中に目を通すと何度か首を縦に振る。


「……なるほど。“仕事”の依頼の様だ。」


 彼は目線を上げると私達に手紙を見せてくる。


 …………!!

 驚く事にそれはシュバインに以前見せて貰った“文字”に酷似した言葉の解読の要請だった。

 恐らく、ミシェルが何かしらの手段でお母様に伝えたのでしょうね。

 偶然、お母様の手元にあった解読不能の“資料”にシュバインの書いた文字と似た物があったので、それが読めるかどうかを聞きたいらしい。

 シュバインの手元にある包みがその資料だそうで、彼はその包みを解いて中の紙の束に目を通して行く。


「……『日本語』の様だな。」

「シュバイン。読めるの?」

「あぁ。母語ではないが。……早速、翻訳していこう。」


 シュバインはこくりと頷くと、ペンを取って紙に文字を書き付けていく。

 その様子をじっと見ていると、ミシェルの声が聞こえ来る。


「……奥様は、お嬢様には何と?」

「あぁ。」


 私は公爵家の封印を破ると中身に目を通す。


 ……はぁ。


「……「“引き籠る”のを辞めたなら、せめてミシェルの“仕事”を手伝いなさい。」との事よ。」

「それはそれは。」


 私はもう一度、ため息を吐くとテーブルの上に手紙を放る。


 彼と仕事をする一週間が始まる。


§9

 薄暗い室内でミシェルは水晶玉と言葉を交わす。


「……なるほど。やはり、その奴隷が使う文字だったようですね。」

「左様でございます。……しかし、あの資料は何処からお持ちになられたのですか?」

「あれですか? …………やはり言えませんね。全てが終われば話しましょう。」

「はい。奥様。」

「……あぁ。そう言えば、例の奴隷商を捕まえる事が出来ましたよ。」

「何と?」

「その奴隷を捕まえたのはあの森であった事以外は何も。……しかし、あのようなおぞましい者が居るとは驚きでした。口封じを兼ねて始末しましたが。」

「奴隷は?」

「奴隷商が連れていた奴隷の事ですか? 彼らなら屋敷で保護していますよ。……さて、今日の所はこれで切り上げましょう。」

「はい。奥様。」

「“あれ”は翻訳出来次第、直ちにこちらに送りなさい。それと、あの子の事も頼みましたよ。では。」


 次の瞬間、室内は真っ暗になる。

 しかし、ミシェルは頭を下げた姿勢のまま暫く動かなかった。


7月中は多分更新出来ません。

8月に入ってからの更新になります。


8/26朝

サブタイトルを少し変更しました。


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