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2週間目 奴隷の男と本を読む悪役令嬢 Ⅱ

§4

「……まるで手掛かりが無いわね。」


 私は数百年程前に書かれた探検家の手記を閉じてため息を吐く。


 ……ただ、読み物としては興味深かったわね。

 この探検家は新たな航路を開拓した事で知られている。

 その航海の手記である、この本では様々な遠い異国の風土について事細かに記されていた。

 でも、この本の中では私の国と似た文化を持つ場所は無かった。

 シュバインが以前に書き出した文字の一覧に似ている物は見掛けたのだけど、彼が言うには似ている“だけ”らしい。


 ふと隣の彼の方を見ると熱心に紙に何かを書き付けている。

 ……ふぅ。


 私は目線を窓に向ける。

 太陽は昇り始めたばかり。

 彼と本を読み始めて今日で三日目。

 一応、昼前には図書館の清掃は終えるとミシェルより報告を受けている。

 ただ、テーブルの上には相変わらず大量の本が積まれている。

 ……本当に容赦が無いわね。


 結局のところ、シュバインは図書館と三階にあるこの執務室を一昨日、昨日と往復させられた。

 そして、今日も昼前には本を返す仕事が待っている。

 彼をじっと見ていると目線を上げた彼と目が合う。


「…………何か?」


 私は彼が首を傾げるのに合わせて、本の山に目を向ける。


「今日も片付けるのよね?」


 すると、彼は顔を歪めて軽く首を縦に振る。


「あぁ、……“エレベーター”でもあれば良いのだが。」

「……確か、それって上下に動く籠の事だったかしら?」

「そうだ。」


 彼は肩を落としながら頷く。

 彼の居た場所では魔法や魔術が無い代わりに機械が発達しているらしい。

 “エレベーター”以外にも、“自動車”や“パソコン”と言った不思議な道具があるらしい。

 特に驚いたのは神々が住まう星空と行き来が出来る“ロケット”や地上に太陽を引きずり降ろしたと言う“原子炉”。

 面白い話だったのだけど、やはり“別の世界”と言うのがちらつく。

 それに、どれも私には理解し難く“怖い”話でもあった。


 ……ただ、“飛行機”は乗ってみたいわね。

 浮遊自体はそう難しくは無い魔術。

 でも、屋外でそれを“自ら”に対して行える者は殆ど居ない。

 変な話ではあるのだけど目で確認出来る相手に行う分には簡単に出来る魔術。

 逆に“自分”に使うとなると一気に難しくなる。

 気を抜けば際限なく上昇し、魔力の残量を見極める事が出来なければ落下。

 更に上空の風などにも気を配らなければ、あらぬ方向に飛んでいく。

 浮遊自体は簡単な事もあって挑戦者は多いのだけど、殆ど命を落とす。

 なので、基本は物を動かす際に使う程度で人には使われない。


 ……そう言えば、シュバインは魔術を使えるのかしら?

 私は彼に言葉を掛ける。


「ねぇ。シュバイン。魔術を覚えてみたらどうかしら?」

「……魔術か。」


 彼は私の方を向くと額に皺を寄せる。


「ええ。浮遊の魔術を使えば、本を移動させるのは楽なはずよ? それに、そう難しい術でも無いわ。」

「“難しくない”?」

「ふふ。……ええ。」


 私はシュバインに微笑み頷くと手元の本を取る。


「見ていて頂戴。……『浮かべ。』」


 すると、本は私の手から離れ目の高さまで浮かび上がる。

 隣に目を向けるとシュバインは軽く目を見開きながらテーブルの上に浮いている本をじっと見ている。

 暫くそのままで居た彼はふと言葉を呟く。


「……訳が分からぬが、私の目の前で起こっている以上事実なのであろう。」


 そして、本から目を離すと私に顔を向ける。


「先程、言葉を発していたが?」


 私は軽く頷くと言葉を続ける。


「ええ。それが“詠唱”よ。本を宙に浮かばされる事を強く念じながら“魔力”を込めた言葉よ。」

「……なるほど。」


 彼は何度か頷く。

 ただ、険しい表情なのは変わらないけど。

 ……納得はしていないみたいね。


 続けて魔術についてもう少し話そうとすると、扉を叩く音が聞こえてくる。


「ミシェルでございます。」


 ……何かしら?

 私は彼と目を合わせると扉に声を掛ける。


「入りなさい。」

「……失礼します。」


 ミシェルは執務室に入り私の座っている椅子までやって来ると屈み私と目線を合わせる。


「お嬢様。図書館の準備が整いました。如何なさいますか?」


 少し早いわね。

 私はミシェルに目を向ける。


「今すぐに向かう事が出来ると言う事かしら?」

「左様です。」


 どうしようかしら?

 私は厳しい顔をしたままのシュバインに目を向ける。

 本を返すのには時間が掛かる上、彼はいつも大変そうにしていた。


「……とりあえず、昼過ぎにしましょう。」


 私は彼が休憩を入れた上で食事を取れるようにする。


「畏まりました。……シュバイン。本を片付けますよ。」

「…………分かった。」


 彼はミシェルに目を止め、あいまいに頷くと椅子から立ち上がり本を纏め始めた。


§5


「……ここが図書館なのね。」


 目の前には少し急な階段があり、見上げると石造りの建物が聳え立っている。

 本館より幾らか離れた奥まった場所にある建物で、見た目は帝国時代の神殿によく似ている。

 私達は昼食を取った後、ミシェルの案内で図書館まで歩いてきた。

 建物を観察していると白い手袋をした手が差し出される。


「エレオノールお嬢様。手を。」

「ありがとう。シュバイン。」


 私はシュバインの手を取ると彼に手を引かれ階段を上る。

 ……やはり急ね。


「シュバイン。ここも本を抱えて?」

「あぁ、その通りだ。何度も往復して本を下した。」


 彼は立ち止まると目線を後ろに向ける。

 私も振り向くと私達の一歩後ろに居るミシェルと目が合う。


「……ミシェルは手伝わなかったのかしら?」

「貴重な本もありましたので“シュバイン”に手作業で行わせました。」


 ……ミシェルは手伝わなかったのね。

 ただ、いくら何でも慎重が過ぎる。

 ミシェル程の魔術師が“目の前”で浮いている物の制御を失う事は有り得ない。

 それに、魔術を使わずとも手作業なら手伝える。


 ……はぁ。

 私は内心ため息を吐くと目線を前に戻す。


「シュバイン。」

「了解した。」


 私はシュバインと共に階段を上り終えると目の前に大きな扉が目に入る。

 ……そうね。

 私は離そうとした彼の手を握りしめる。


「……エレオノールお嬢様?」


 不思議そうな顔をしているシュバインから目を離すとミシェルに声を掛ける。


「ミシェル。」

「……畏まりました。」


 ミシェルが扉に向かったのを確認した私は隣に目を向ける。


「せめて座れる場所までエスコートしなさい。」

「なるほど。了解した。……日当たりの良い場所に案内しよう。」

「ふふ。お願いするわ。」


 私に微笑んでいるシュバインに微笑み返すとミシェルが開けた扉を通って中に入る。

 ……中はこんな風になっているのね。

 出入口はホールになっていて、幾つかテーブルが置かれている。

 そして、その奥は幾つかの層に分かれて本棚がずらっと並んでいる。

 周りを観察しているとホールにあるテーブルの中で窓に近い場所を案内される。


「ありがとう。シュバイン。」

「あぁ。では、私は幾つか本を取ってくる。」


 彼は私を椅子にエスコートするとそのまま本棚の中に消えていく。

 私は彼が完全に見えなくなるとミシェルに目を向ける。


「ミシェル。」

「はい。お嬢様。」

「あまり彼を虐めないで頂戴。」

「……畏まりました。」


 ……ふぅ。

 息を吐いて本棚を眺めていると、ふと思い至る。


「……そう言えば、“禁書”の類は大丈夫よね?」


 魔術書の中には触れた物を呪う様な質が悪い物もある。

 魔術を知らないシュバインだと対応のしようがない。

 心配になって後ろに目を向けるとミシェルは私に微笑む


「はい。禁書庫は閉じたままでございます。また私が確認出来ていない場所についても行かない様に言っております。」

「そう。」


 私は頷くともう一度、本棚に目を向けた。


§6


「……ありがとう。ミシェル。」

「いえ。……こちらをどうぞ。」


 私は差し出されたカップを手に取ると香りを楽しむ。

 シュバインは少し時間が掛かるだろうと言われたので、ミシェルにお茶を用意させた。


 カップを傾けていると、ガタゴトと奥から音が聞こえてくる。

 目を向けるとシュバインが本を目一杯積み込んだワゴンを押して帰って来る所だった。

 彼はテーブルまでワゴンを持って来ると一息吐く。


「……ふぅ。待たせた。早速始めよう。」


 そう言うとワゴンから何冊か本をテーブルの上に移動させ、自分も椅子に座る。

 そんなシュバインを見ていたミシェルは私に声を掛ける。


「お嬢様。では、私も作業に戻らせて頂きます。」

「ええ。お願いするわ。」

「はい。失礼します。」


 ミシェルは私に一礼すると本棚に向かう。

 まだ、確認が終わっていない本棚を整理するらしい。

 いつかはしなければならない作業なのでこの際に行うと言っていた。


 私はカップを置くと彼に声を掛ける。


「ミシェルにお茶を用意させたから貴方も飲むと良いわ。」

「……あぁ、すまない。後で貰う事にしよう。」


 彼は本から一旦目を上げて私に頷く。

 ふと彼の手元を見てみると意外な事にそれは魔術について書かれた本だった。


「あら? それは魔術書ね。魔術に興味が出たのかしら?」


 そう聞いてみると、彼は本を閉じて深く息を吐く。


「ああ。今朝の現象が私の理解が及ばなかった為だ。……しかし、さっぱり理解が出来ない。」


 彼はテーブルを指で叩くと私に肩を竦める。

 ……そうね。

 私は彼を見ながら口を開く。


「基本的な事は説明出来るわよ?」


 彼は少しの間逡巡すると私に頷く。


「お願いしよう。」


 私は軽く咳払いをすると説明を始める。


「んっんっ。先ずは“風”“土”“水”“火”の基本四属性と“光”と“闇”の二属性。これらは属性魔術と言って帝国崩壊以降に発達した物よ。帝国以前の“魔法”よりも比較的に使い易い物になっているわ。」


 帝国時代の“魔法”は“血”固有であったり、一子相伝の秘儀であったりと言う事も多かった。

 その点、魔術は体系が確立されおり学ぶ機会さえあれば誰でも使える様になる。


 ……ただ、才能が関係ないと言う事も無いのよね。

 例の伯爵令嬢は全属性の上、それらの全ての上級魔術を扱う事が出来た。

 最低でも第一級魔術師、恐らくは宮廷魔術師と変わらないだろう使い手だった。

 それも、“彼等”の気を引いた原因かも知れないわね。

 高位の貴族としては平凡な才能しか持っていなかった私も、その点に関してだけは彼女を尊敬していた。


 私の言葉を聞いた彼は軽く頷く。


「なるほど、マダムが言っていた物か。……しかし、ならば先程の浮遊の魔術の属性はどれにあたるのだ?」

「あぁ、あれは“無属性”よ。……正確に言うと体系が確立されていない魔術ね。人によって起こる事象が異なるわ。」


 逆に言えば、属性魔術では“同じ魔術”である限り誰が使っても“同じ現象”が起きる。

 その点、無属性魔術はかつての“魔法”の要素を色濃く残している。

 “一部”を除くと自力での習得はほぼ不可能で、教師が必ず必要になる。


 ……ただ、浮遊の魔術はその“一部”ではあるけど。

 魔術学校の課題で自力での習得を課題で出された事を思い出す。

 そう言えば、何人か天井から降りられなくなっていたわね。

 あれは危険性を教えると言う意味もあったと思う。

 例の伯爵令嬢が天井に衝突してスカートを押さえながら泣いていた様子が目に浮かぶ。

 彼女は全属性ではあるけど、無属性魔術はまるで使えなかった。

 当時、既に鬱憤が溜まっていた私は彼女の様子を見ながら笑みを浮かべてしまい、王太子様以下取り巻き達に「お前が仕組んだのではないか?」と詰め寄られたのもいい思い出である。


 私が本当に仕組んでいたのなら、彼女は今頃“星”になっているわよ。全く。

 ……でも、今思い出しても面白い光景ね。

 そんな事を思い起こしていると、シュバインの声が聞こえてくる。


「なるほど、再現性がないのか。…………エレオノール?」

「ふふ。何かしら?」

「いや、……何か面白い事でもあったのか?」


 ……あら。

 私は顔を元に戻すとシュバインと目を合わせる。


「何でも無いわよ。」

「……ふむ。」


 シュバインは私から目を逸らして手元の本に目を戻す。

 ……そんなに怖い顔していたのかしら?

 彼を見ながら首を傾げていると突然、後ろから声を掛けられる。


「…………お嬢様。シュバイン。ただいま戻りました。」

「! ……ミシェル。驚かせないで頂戴。」

「! 申し訳ございません。」


 後ろに振り返るとミシェルが何冊かの本を抱えている。

 ……何かしら?

 私は頭を下げているミシェルに声を掛ける。


「ミシェルが持っているのは何かしら?」

「はい。これはシュバイン用に持って来た物でございます。本棚を整理していたところ見つけましたので持って参りました。」


 テーブルに乗せられた本の題名に目を走らせる。

 ……なるほどね。

 それは、子供向けの聖典や魔術書と言った物だった。

 ミシェルはシュバインに目を向けると声を掛ける。


「シュバイン。丁度良いです。教会の教えや簡単な魔術について勉強しておきなさい。このままでは“外に”出せません。」

「分かった。……ふむ。なるほど、分かり易い。」


 シュバインは、ミシェルが持って来た本をぱらぱらと捲る。


「ええ。これは子供向けですから。手元にある物はもう少し後に読む方が良いでしょう。…………それと、魔術の実技についても明日から始めましょう。」

「……有難い。」


 ……何かしら? 何か忘れている気がするわ。

 何度か頷いているシュバインと口元に笑みを浮かべているミシェルを見ながら首を捻る。

 そんな私にミシェルが声を掛ける。


「……お嬢様。お茶のお代わりは必要でございますか?」

「お願いするわ。」


 ミシェルに頷く。


 ……まぁ、良いわ。私も本を探さなくてはいけないわね。

 お茶を飲みながら気持ちを切り替えた私はもう一度、本が積まれたワゴンに目を向けた。


次回は六月中には

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