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2週間目 奴隷の男と本を読む悪役令嬢 Ⅰ

二週間空いてしまいましたごめんなさい。

§1

 朝日が差し込む執務室でシュバインとミシェルが本をテーブルや私の机の上に積み上げていた。


「……エレオノールお嬢様。取り敢えず、これで全部だ。」


 シュバインはテーブルの上に本を積み上げると一息吐く。

 ちなみに私が座っている執務机の上にも同じ様に本が積んである。


 その様子を見ていたミシェルは私に一礼する。


「……では、私は図書館の方を手伝って参ります。」

「分かったわ。」


 ミシェルは私の言葉を聞くと今度は本を手に取り、捲っている彼を見る。


「シュバインはこの場に留まり、お嬢様と共に本を検めなさい。」

「分かった。ミシェル。……マダム。」


 シュバインは本から目を上げ、言い直す。

 ……ミシェルの目が少し怖いわね。

 少し観察していると、ミシェルは咳払いをして彼を睨み付ける。


「んっ、んっ。今回は大目にみますが“次は”ないですよ。いいですね。シュバイン。」

「……りょ、了解した。んっんっ。」


 ……あら、珍しいわね。シュバインが動揺しているのは初めて見る気がするわ。

 彼に目を向けているとミシェルの声が聞こえてくる。


「では、失礼いたします。お嬢様。」


 目を戻すとミシェルが私に頭を下げて部屋を出て行く。


 ……でも、大変そうね。

 昨日の夕暮れ、図書館に行く事は決まったのだけど、ここ数十年は必要最低限の管理しかされていないので私が入れる状態ではないらしい。

 その為、今日から使用人総出で図書館の掃除を行っている。

 ただ数日何もしないのは落ち着かないので、本を執務室まで持ち出して貰って調べる事にした。


 彼を見ると椅子に座らずに扉を見ていたので声を掛ける。


「シュバインも座りなさい。」

「……ああ、そうだな。」


 彼は本を閉じると軽く頷いて本が積み上げられたテーブルに向かう。

 私も本を手に取り、軽く微笑む。


「……では、始めましょうか?」


 シュバインが軽く頷いた事を見た私は自分の本を開いて読み始めた。


§2

 ……何処にも無いわね。

 礼儀作法の線から各国の資料を集めて貰ったのだけど、過去現在含めて彼の言う“魔術のない国”は存在しない。

 ……もう少し、彼に話を聞くべきかしらね。

 昨日は結局、私達とは違う言葉を使い私達と同じような文化を持つ魔法が無い国と言う事しか聞けなかった。

 私は本から目を上げて、彼に目を向ける。


「……ちょっと、良いかしら?」

「……。」


 彼は私の声に気付かずに本を読みながらペンを走らせている。

 ……どうしたら良いかしら?

 私は本を閉じると椅子から立ち上がって、彼の背後に回ってみる。

 ……あら?


「……懐かしいわね。」


 つい彼の耳元で声を出してしまう。

 彼は肩を震わせると読んでいた本から目を離すと恐る恐ると言った感じで私に振り返る。


「……ふぅ。エレオノールか。」

「ふふ。……でも、貴方も怖がるのね?」


 私は彼の手元に目を向ける。

 彼が読んでいたのはお母様の地元、この土地に伝わる怪談の一篇。

 森に入ると目に見えない様々な声に追われ最後には発狂してしまうと言うお話。

 ……子供の頃、ミシェルに読み聞かせて貰ったわね。その時は一人では怖くてお母様に添い寝して頂いたのよね。

 試しに彼の前に並んでいる本の題名を目で追ってみると殆どがこの土地に伝わる伝承の類で、彼の居た場所が分かる様な資料は見当たらない。


 ……神隠しについて調べているのかしら?

 私は彼と目を合わせる。


「……貴方に聞きたい事があるのだけど良いかしら?」


 彼はこくりと頷く。


「構わない。……隣で良いか?」

「ええ。」


 私は彼の隣の椅子に手を伸ばすも彼に止められる。


「待て、流石に君の手を煩わせる訳にはいかない。…………こちらに。」


 彼は椅子から立ち上がると、私の為に椅子を引いてくれる。

 私は椅子に座ると彼を見上げながら目を合わせる。


「ふふ。ありがとう。シュバイン。でも最初から私に気付いて欲しかったわ。」

「……すまない。気付かなかった。」

「別に良いわよ。貴方も座りなさい。」

「了解した。」


 彼が自分の椅子に戻ると私は彼に声を掛ける。


「貴方の居た場所についてもう少し詳しく聞きたいのだけど。」

「なるほど、分かった。……少し雑だが私の居た所の地図だ。」


 彼は私に頷くとテーブルの上にあった一枚の紙に手を伸ばす。

 ……何かしら?

 その紙には不思議な形をした“島”が幾つか書かれていて、彼の国の言葉が所々に書き込まれている。


「これが貴方の居た島なの?」


 そう言うと彼は顔を歪める。


「いや。これは“大陸”だ。エレオノール。……この形を見た事は?」


 私は静かに首を横に振る。


「……見た事ないわね。私達の居る“この大陸”以外は知らないわ。」


 この大陸の地図なら比較的に詳細な物は見た事があるのだけど、他大陸の地図は殆ど概略図みたいな物しかない。

 ……他の大陸は内陸にある私達の国とは直接交易関係がないのよね。

 すると彼は深いため息を吐く。


「……エレオノール。これは“世界地図”だ。この地図に載っていない大陸は私の“世界”では知られていない。」


 …………えっ。

 次の瞬間、得体の知れない悪寒が背筋に走る。


「……こことは“異なる”世界。」

「恐らく。例えば、先程の話は重なり合った“別の世界”に居る人々の声を聞いてしまった様にも聞こえる。……他にも“森”に関する事柄では幾つか怪しい伝承が見つかっている。」


 私はテーブルの上に伸ばされた彼の手をすかさず抱き止める。


“ここに来る一か月ほど前、私は“家”の近くの森を歩いていた。”


 彼のこの言葉を思い出して震えが止まらなくなる。

 ……昨日は他の事で頭が一杯だったのだけど、一か月前と言ったら丁度“私達”も森を通っていたのよね。


 彼は私と目を合わせると驚いた顔を見せる。


「……エレオノール?」

「ごめんなさい。でも、暫くこのままで居させて頂戴。」


 ……はしたないとは思うのだけど、“あの森”が“異世界”と繋がっていると思ったら怖くて仕方がないわ。

 更に彼の腕を強く抱き締めて目を瞑ると誰かの手が私の頭に触れほんのりと暖かくなる。


「……暫くこのままで居よう。」


 ……シュバイン。


 ……

 …………ふぅ。

 数分間、彼の鼓動を聞いて落ち着いた私は彼の腕を離して元の位置に戻る。

 見ると彼の腕は痺れてしまったのか、動きが鈍い。


「……ごめんなさい。」

「いや。……もう平気なのか?」


 彼は首を横に振ると私をじっと見てくる。

 私は彼に微笑むと軽く頷く。


「大丈夫よ。……そうね。取り敢えず、“私達”の世界について説明するわ。」


 私はテーブルに広げられている紙を取って、ペンで大陸図を描き始める。

 先程は子供の頃から聞かされた“森のお話”とここに来る間に通った“森の体験”の所為で一気に恐怖心がせり上がった。

 でも、彼が“生きている”と感じると恐怖心が引いていった。

 ……もし私とミシェルが“神隠し”に遭ったとしても彼が居た街に行くのなら、そう怖くは感じないわ。

 別に“決まった”場所に出るとは限らないけど、不思議とそうはならないと感じる。

 そもそも、彼が本当に異なる世界から来たかどうかは現状では判断はつかない。


 ……こんな。ものかしらね。

 私は知っている事柄を出来る限り書き込んで地図を作り上げると彼の目の前に差し出す。


「……えっと。先ずは私達が居る場所はここよ。」


 私は大陸の少し北寄りの山の絵に囲まれた場所を指差す。


「ふむ。これは山脈に囲まれているのか?」

「そうね。ただ、南側は正確には高地。比較的になだらかな地形が王都の方面まで続くわ。その間に例の森があると言う訳ね。」

「……周りに大きな街は?」

「少なくとも馬車で一週間の位置には無いわ。正直に言えば辺境よ。ここは。」

「なるほど。」


 彼は深く頷くと北の山脈の更に北を目でなぞる。


「……北の方には書き込みが余り無いようだが?」

「あぁ、それは……なんて言えば良いかしらね。」


 ……北の様子が知られていないのは“常識”なのよ。何処から説明したら良いかしら?

 私は少し悩むと彼に切り出す。


「えっと、少し長い話なるのだけど良いかしら。」

「構わない。」


 彼は静かに頷く。

 ……ふぅ。

 私も静かに息を吐くと言葉を続ける。


「かつて、この大陸を統一した大帝国があったわ。……“私達”もその時代からの魔法貴族の末裔ではあるのだけど。」


 ……ただ、正確には自称なのよね。

 帝国が倒れた当初は魔法貴族であったことを隠していた人々が多かったので、それより以前の家系図が失われている家が多い。

 王室であってもそれは例外ではない。

 明らかに“盛って”いる部分がある。

 ……ふふ。王城で口にすれば下手すると打ち首ものね。

 そんな事を考えていると彼が私を見ながら額に皺を寄せる。


「魔法貴族?」

「……当時は魔法や魔術は貴族に独占されていたのよ。」


 そう答えると彼は何度か首を縦に振る。


「なるほど、魔法が使えるのは貴族だけ……いや、貴族だから魔法が使えたのか。」

「そう。今は魔法や魔術の才能は“血”に因らない事が知られているわ。……そして、その魔法貴族の上に立っていたのが魔導の極致を極めたと呼ばれる賢者様たちね。最初の内は賢者様の英知で良く統治されていたのだけど、時代が下る毎に自らの知識欲の為に民に犠牲を強いる様になったのよ。」


 末期の賢者様たちによる“研究”は凄惨な物が幾つも伝えられている。

 そして、見て見ぬふりをしていた魔法貴族たちも自分たちに累が及ぶ様になると帝国に対し反旗を掲げる事になる。

 彼は静かに目を閉じるとゆっくりと頷く。


「……なるほど。」

「民の中から希望である教会が生まれ、そして幾つもの魔法貴族が反乱を起こした結果、帝国は滅びたわ。……ただ、実は帝国は完全には滅びてはいないと言われているわ。最後の賢者様が北の果てに遺民を引き連れて去ったのよ。そして、“私達”が来られない様に“山脈を打ち立てた”と伝えられているわ。」


 ちなみに海側も年中流氷に覆われているので、船でも行き来は出来ない。


 彼は目を見開くと私に目線を向ける。


「……“山脈を打ち立てた”?」

「ええ。庭園から見えたわよね? あの白く染まった山並みがそれよ。」

「なるほど。……しかし。」


 彼は首を捻りながら山脈を指でなぞる。

 ……確かに信じられる話では無いわね。

 私はくすくすと笑うと彼に声を掛ける。


「……あくまで伝承よ。 実際の所は単に山を越えたって所だと思うわよ?」

「ふむ。……しかし、だとすると断片的ながら地名の記載があるのは?」

「それは“勇者様”が山を越えた際の“記録”で伝えられている物ね。」

「なるほど、あの童話の“勇者”の事だろうか?」


 彼は執務室の本棚に目を向ける。

 数日前に“勇者様”の童話を幾つか使って彼に文字を教えたので、私は頷く。


「ええ。そうよ。」

「……“極北の賢者”か。もし本当に居るのなら会ってみたいものだな。」

「ふふ。賢者様なら貴方の元居た場所を知っているかも知れないわね。」


 ふと、そんな言葉を言ってしまう。

 すると、彼は少し寂しそうな顔をしながら私に微笑む。

 ……あっ。

 そんな時、扉の叩く音が聞こえて来る。


「……お嬢様。お昼をお持ちしました。」


 ……ふぅ。助かったわ。

 私はミシェルを部屋の中に招き入れた。


§3

 夕暮れ時、執務室では私とミシェルの二人きり。

 シュバインは夕食前に本の片付けに図書館まで行っている。

 静かにカップを傾けているとミシェルが私に話し掛けてくる。


「お嬢様。本日は、何かしら成果はございましたか?」

「……そうね。取り敢えず、今日分かった事はシュバインが調べた事と一緒にテーブルの上にまとめて置いてあるわ。」

「あの紙の束でございますか?」

「ええ。好きに見て頂戴。」

「拝見いたします。」


 ミシェルは執務机に座っている私の後ろから移動して、テーブルから紙束を拾い上げると順に目を通していく。

 暫くするとミシェルのため息が聞こえて来る。


「……手掛かりはほぼ無いという所でしょうか?」

「あの森が異世界に繋がっている事を除けばそうね。」


 そんな事を言ってみると深いため息が聞こえて来る。


「……お嬢様。本当に異世界が存在するとお思いなのでしょうか?」


 私は少し目を泳がせる。


「……まだ、確定はしてないけどそれだと辻褄が合うと思うわよ。」


 そんな私にミシェルは目を合わせる。


「それは逃げでございますよ。お嬢様。」

「分かっているわ。……図書館はまだなのよね?」

「早ければ、明後日の朝には終わる予定です。」

「そう。…………あら? だと、なぜシュバインに本を一旦戻させたのかしら?」


 私はカップに向けた目線をミシェルに戻す。

 するとミシェルはにやりと口元を歪める。


「それは、“お嬢様に対する態度”と“お嬢様に触れた事”に対する“罰”でございます。……お嬢様も今後は“はしたない”行動はお控えください。」


 私はミシェルからさっと目を逸らす。

 ……今朝、シュバインが動揺していた理由が分かった気がするわ。


 私はミシェルを視界に入れないようにしながらカップを傾けた。


次回は出来るだけ早く投稿します。

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