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1週間目 奴隷の男と会話する悪役令嬢 Ⅱ

少し遅れました

ごめんなさい

§4


「……お嬢様。おはようございます。」


 目を開けるとミシェルの顔が目に入る。

 ……もう。朝なのね。

 私は身を起こすとミシェルに言葉を掛ける。


「おはよう。ミシェル。」

「お嬢様。朝のお食事は如何なさいますか?」

「いつもの……。」


 毎朝の日課の受け答えに“いつもの様に”と答えようして口を噤む。

 ……そうね。

 私は少し考えると不思議そうにしているミシェルに声を掛ける。


「いつもみたいにベットの上ではなく他の所で食事を取りたいわ。」


 ここに来て以来、一緒に食事をする相手が居なかったので朝はいつもベットの上で済ませていた。

 ……こんな事を思ったら駄目なのだけど、正直、楽なのよね。

 しかし、今日からは“相手”が居る。

 ミシェルは訳知り顔で頷く。


「なるほど、……あの奴隷と一緒に取りたいという事でございますか?」

「そういうことよ。」


 ……昨日の夕食もあの奴隷と一緒に取ったのよ。朝食も構わないわよね?

 私が頷き返すとミシェルは額に皺を寄せる。


「そうでございますね。…………温室は如何でございましょう?」


 ……温室。最近は行ってないわね。

 たまには良いかも知れない。

 そう思った私は軽く頷く。


「構わないわ。」

「畏まりました。……寝起きのお茶などは?」


 少し考える。

 ……特に欲しいとは感じないわね。

 私は首を横に振る。


「…………そうね。今はいらないわ。」

「左様でございますか。……ではお嬢様。お召替えを。」

「…………分かったわ。」


 ……寝起きは少し気怠いわね。

 私はミシェルに手伝って貰いながら部屋着に着替えるとそのまま寝室を出る。

 すると、ミシェルは廊下に控えていた使用人の娘に目を向ける。


「お嬢様。少々、お時間をいただきます。…………少し良いかしら?」

「! はい。マダム!」

「お嬢様の朝食は……。」


 ミシェルは私に断りを入れると使用人の娘に声を掛け、話を始める。

 ……お茶は受け取っていておくべきだったかしらね。

 寝起きだったのでミシェルがお茶を進めてきた意味を取れなかった。

 恐らく、予定と違うので他の使用人に話を通しておきたかったのでしょうね。


「……畏まりました。マダム。行ってまいります!」

「ええ。行ってらっしゃい。」


 そんな事を思っていると話が終わったのか、使用人の娘が階段の方へ駆けていく。

 すると、苦笑いをしながら私に目を向ける。


「……申し訳ございません。」

「ふふ。別に良いわよ。……あの奴隷の所まで行きましょう。」

「……畏まりました。」


 後ろに控えたミシェルを確認すると少し眉を顰めている。


 ……本当はそのまま温室に行く気だったのかしら?

 奴隷には下の階にある執務室の隣の部屋を与えているので、少し遠回りになる。

 まぁ、私を奴隷の元に向かわせたくないと言う事もあるのでしょうけど。


 そんな事を思いながら私はゆっくりと廊下を歩き始める。

 先程、使用人の娘が駆け下りた階段までたどり着く。

 ……そうね。

 ふと気になった事をミシェルに尋ねる。


「……そう言えば、あの娘もここに来て雇ったのよね?」

「左様です。」

「すると彼女達の家族は村に帰ったのかしら? それとも街にいるのかしら?」


 昨日、街での話を思い出したのでそう尋ねる。

 ほとんどが村落に帰るとは言え、スラム以外にも人は居る。

 ミシェルに目を向けると気まずそうな顔をする。


「お嬢様。彼女達には帰りを待つ“家族”は居りません。……口減らしに売られそうになっていた娘たちを雇い入れました。」


 ……なるほど。

 借金奴隷として売られる娘はよく耳にする。

 借金奴隷なのでお金を返済出来れば解放されるのだけど一生娼館暮らしになる事も多い。


 実は貴族も例外でない。

 下級貴族だと自分の娘を豪商に妾として差し出す事も多いし、それこそ借金奴隷として売ってしまう事もある。

 比較的高い位の貴族も政争で負けた相手に娘を差し出す事は良くある。

 ……私も危ういのだけど。


 現状、私の公爵家は王室に対してほとんど敗北したと言って良い。

 更に私は爵位を継げない。王位継承権はまだ持っているのだけど、王太子様に王室の方々、それに私の家より王室に近い公爵家の方々が居られるので私に回ってくる可能性は限りなく低い。

 今はまだお母様もお父様もご健在ではあるのだけど……。

 お父様もお母様も私の将来が暗い事が分かっているので、せめて私が路頭に迷わない様にと何かしらの話を取り纏めてくる可能性はある。

 当然、普通の縁談では無い。


 ……ただ、今のところはまだ先の話ね。

 質素に暮らす分には問題ないだろうし、お母様は今の状況でも十分な影響力を持っている。……お母様がこのまま何もしないとは思えない。


 ……っと。少し考え込んでしまったわ。

 私は軽く頭を振るとミシェルに目を向ける。


「そう。……早く下りましょう。」

「はい。お嬢様。」


 私とミシェルは階段を下りると廊下を進み奴隷の部屋に向かう。

 ……“主人”が奴隷の所に向かうなんて何だかおかしいわね。

 内心、くすくすと笑っていると執務室の大きな扉が見えてくる。


「……確か、右隣の部屋だったわね。」

「左様でございます。…………! いけません! お嬢様!!」


 ミシェルは奴隷の部屋の扉を開けた私の手に自分の手を重ね合わせる。

 ……

 私はミシェルを睨み付ける。


「何かしら? ミシェル?」

「……お嬢様。お控えください。この先は使用人の領分でございます。」


 するとミシェルも私と目を合わせる。

 ……奴隷の顔を見てみたいだけよ。

 私はミシェルと暫く睨み合うと声を掛ける。


「……私は自分の“物”がどの様な様子かを見たいだけなのよ。ミシェル。」


 少しするとミシェルは深いため息を吐く。

 私から手を離すと代わりに扉を支える。


「はぁ。分かりました。お嬢様。手をお放し下さい。……こちらでございます。」


 私とミシェルは部屋に入ると奥に進んでゆく。

 ……なんだか、よく分からない部屋ね。

 薄暗い部屋の中は細い廊下で細かく区切られている。

 そして、廊下の突き当りから光が漏れていた。


「……ここが奴隷の寝室でございます。」

「…………あっ。」


 ミシェルに言われ、光が漏れている入口から顔を覗かせると小さなベットの上で毛布が丸くなっている。

 でも、流石に煩かったのか毛布が身じろぐと奴隷の顔が毛布から現れる。

 奴隷は寝ぼけ眼で私達に目を向けると体全体をびくっとさせて目を瞬かせる。

 私はくすくすと笑いながら奴隷に声を掛ける。


「おはよう。」


 すると奴隷は体を起こして、ゆっくりと言葉を続ける。


「……オハヨウ?」

「そう。おはよう。」


 すると今度ははっきりと言葉を喋る。


「オハヨウ。」


 私は奴隷に微笑みかける。


 それが私の一日の始まりだった。


§5


「……今日は何をしましょうか?」


 私は食後のお茶を飲みながらぽつりと口にする。

 温室のガラス越しに緑が芽吹き始めている木々が目に映る。

 “新たな命の芽生え”、“再生”。

 ……これはこれで良い物ね。

 更にガラス張りのお陰か温室は暖かい。

 後ろを見るとミシェルに指示を受けながら執事服を着た奴隷が朝食の後片付けをしている。


 奴隷と挨拶した後ミシェルに部屋を追い出された私は、暫くして出てきたミシェルと奴隷を連れて温室までやって来ると一緒に朝食を取った。

 ……やっぱり一人で食事するより楽しいわね。


 そんな事を思っていると先程の言葉を聞きつけたのかミシェルの声が聞こえてくる。


「お嬢様。でしたら、庭園を見て回るのは如何でございましょうか? 丁度、桜の木が見頃を迎えております。」


 王都よりも二か月近くも遅いのね。

 ……王都の屋敷だと今頃は薔薇の季節かしら。

 私はカップをテーブルに置くとミシェルに目を向ける。


「後で案内して頂戴。」

「畏まりました。」


 ミシェルは軽く頭を下げる。

 私はテーブルに目を戻すとカップにもう一度口を付ける。


 この屋敷。……と言っても元は“お城”。

 普段生活している本館は四階建てで、地下室もある。他にも幾つか建物はあるのだけど人手不足で閉鎖している。

 そして、この屋敷の庭園は隣接する山地を丸々使っているのでかなり広い。

 王都の屋敷の十倍はあるとはミシェルの言葉。

 ……つい昨日まで部屋に閉じこもっていた私はほとんど出た事は無かったのだけど。


 ちなみに、かつてこの城に仕えた人々は、お母様に付いて王都に居るか村落のまとめ役として館の外に出ている。

 そして、数は少ないのだけど街に留まっている人も居ると昨日ミシェルが話していた。

 彼らが館に食料を届けてくれたり、街の警備を受け持ってくれたりするので私達は生活出来ている。



 それはさておき。

 その庭園を含んでも領主の館としては“小さい”方ではある。庭園を除いた面積なら王都の屋敷の方が広い。“奪われた”所領にある城ならば庭園を含んだ総面積でも上回る。

 平地に築かれたシンメトリーな庭園は国内随一で公爵家の誇りだった。

 ……もう二度と戻る事は無いのでしょうけど。


 さて、お茶を飲み終えた私は、ミシェルに着替えるかどうか聞かれたのだけど四階にある私室に戻りたくなかったので羽織る物を持って来させる。

 準備が出来ると温室を出た私と奴隷はミシェルに案内され庭園の散策を始めた。


 私は道なりに歩きながら花壇に目を走らせる。

 ……知らない物が多いわね。

 まだ、芽吹きが始まったばかりで分かりにくいのもあるのだけど、気候が違う為か王都では見ない種類も多い。


「……アレハ?」

「そうですね。……あれは、雪割草です。」

「……ユキワリソウ。」

「ええ。雪割草です。」

「ユキワリソウ。……アレハ?」

「あれは、……」


 ただ、後ろでミシェルが奴隷に名前を教えているので知らなくても余り困らない。

 ミシェルと奴隷の声を聞きながら目を走らせていると、ふと淡い紫色が視界の隅に映る。


「……あら? あれは菫かしら?」


 私はしゃがみ込むと石畳の間から生えているすみれ色の花に目を近付ける。


「……コレハ?」


 後ろから奴隷の声が聞こえてくる。振り返ると奴隷が菫を指差しながら首を傾げている。

 ……大の男が首を傾げているのは少し面白いわね。

 私はくすくすと笑いながら菫の花に目を戻すと花に触れる。


「ふふ。これは菫よ。」

「……スミレ。」

「ええ。菫よ。……ミシェル。」


 私はミシェルを呼び寄せる。


「お嬢様。」

「この菫はこのままにしておきなさい。」

「畏まりました。」


 私はそっと立ち上がると菫を後にまた歩き始める。


 暫く歩いていると淡い紅色に染まった木が見えてくる。


「……お嬢様。ここでございます。」


 近寄ると桜の木は満開になっていた。

 一年に二度も桜を見る事になるなんて。……不思議に感じるわ。

 あの頃は何もかも失って茫然としていたのだけど、魔術学校を去る際に満開になった桜の木を見て涙が止まらなくなったのよね。


「コレハ?」

「桜よ。」

「……サクラ。」

「ええ。桜。」


 でも、今の私が見ても泣く事は無いみたいね。


§6


「……お嬢様。明日も本日の様に準備すればよろしいですか?」

「ええ。」

「畏まりました。おやすみなさいませ。お嬢様。」

「おやすみ。ミシェル。」

「では、失礼します。」


 ミシェルは私に礼をすると寝室を出てゆく。

 ……ふぅ。

 私は深く息を吐くとベットに横になり布団に包まる。


 ……少し疲れたのだけど今日も楽しかったわ。

 近くの東屋から桜の花見を楽しんだ私は、仕事があるだろうミシェルを説得して先に帰すと奴隷と二人で庭園の散策を続けた。

 ……ただ、知らない花を指差された時“分からない”と言ったら、“ワカラナイ”と覚えてしまいそうになって焦ったわね。

 何度か“分からない”と答えていると理解したようだけど。


 結局、午前中いっぱいは庭園を散策して、午後は昼食を挟んだ後に昨日の様に執務室でミシェルと一緒に奴隷に言葉を教える事になった。

 主に動詞を教えたのだけど、ミシェルが走りながら“走る”と言ったり、本をめくりながら“捲る”と言ったりして笑いそうになってしまったわ。


「……本当に楽しかったわ。」


 私はその様子を思い出しながら忍び笑いをする。

 ……でも、少し懐かしいわね。

 ミシェルはお母様が姫君であった頃から仕えていて、私の教育係でもあった。

 礼儀作法を教えるとの名目で食事は一緒に取っていたし、幼い頃の私も体を動かしながら物事を教わった記憶がある。

 ……今の奴隷は言葉に関しては子供みたいなものだからかしら? ちなみに、ミシェルには私と同い年くらいの娘が一人と少し幼い息子が一人居る。


 そして日が暮れると昨日と同じ様に夕食を一緒に取った後、ミシェルと今後について話をして、暫くは今日みたいに言葉を教える事になった。

 明日からはミシェルが奴隷を起こす。

 一応、彼の素性がまだ分からないので奴隷としての扱いの範囲内で、丁寧に対応したいとミシェルは言っていた。

 明日から、あの奴隷は今朝ミシェルが話し掛けた使用人の娘と交代して廊下に控える様になる。ただし、ミシェルみたいに私の寝室には入れない。

 私としては別に良かったのだけど。


「あの奴隷を“その様な”目的で使うが無いのであればおやめください。」


 と言われたので、私はミシェルの助言に従った。

 ……まぁ、大目に見るだけだもの。本来は相応に外聞が悪いわね。


 しかし、あの奴隷はまだ片言で文字も分からないみたいなので、当然取次は出来ない。

 ミシェルの負担はかなり大きくなる。

 ……ミシェルには申し訳ないわ。彼も早く喋れる様になって欲しいわね。


 でも、明日はどうしたら良いかしら?

 他の場所にも行くべきかも知れないわ。何処が良いかしらね……。


 そんな風に明日の計画を立てていると、いつの間にか眠りに落ちていった。


次話は出来るだけ早めに投稿します。


18.05.29 日没

 全編を通して内容を幾つか修正しました。

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