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1週間目 奴隷の男と会話する悪役令嬢 Ⅰ

書き終えたので投稿します。

§1


「……お嬢様?」


 ミシェルが不思議そうな顔をして私を見ている。


「んっん。何でもないわ。」


 私は咳払いをすると首を横に振る。

 ……ついじっと見てしまったわ。


「お嬢様。もしや、奴隷のこの恰好がお気に召しませんでしたか?」

「……そういう事ではないのだけど、奴隷に着せるには立派過ぎないかしら?」


 私はミシェルに聞かれ、そう答える。

 最初は似合っていると思ったのだけど、よく考えたら奴隷には不釣り合いの服装に思える。

 するとミシェルは申し訳なそうな顔をする。


「申し訳ありません。奴隷に相応しい男性用の装いが見当たらず。女性用ならあったのですが……。服を取り替えた方が宜しいでしょうか?」

「…………それって、女性用の服って事かしら?」

「左様です。」


 私は目の前の奴隷を見ながら、頭の中でスカートを履かせてみる。

 ……ダメね。

 貴族の子息みたいに髪を長くしていたら、まだ見られたでしょうけど。

 目の前の奴隷の髪は短く切り揃えられている。

 ……あの長髪は好きでは無かったけど。

 いずれにせよ。この奴隷に女性の服を着せる気は起きない。

 私はミシェルに目を向ける。


「このままで構わないわ。」

「畏まりました。……さて、お嬢様。お聞きしたい事がございます。」


 ミシェルは私に一礼すると私と目を合わせる。


「何かしら?」

「……今更なのですが、この奴隷はどの様な目的で求められたのでしょうか?」


 ……そうね。暇潰し?

 強いて言えば、話し相手かしら? まだ、一言も会話をしていないのだけど。

 ただ、買った事は本当に思い付き。

 なので、ミシェルに聞き返す。


「……それを聞いて、何をしたいのかしら?」

「はい。お嬢様。屋敷の使用人達への周知、奴隷に着せる服や部屋の手配もございます。どの様な立場になるのかをお示し頂けると。」


 ……なるほど。確かにそうね。

 私は頷くと素直に白状する事にした。


「正直に言えば、ただの思い付きだったのよ。何も考えてなかったわ。……今の所、話し相手になれば良いと思っているけど。」


 私がそう言うとミシェルはゆっくりと頷く。


「左様でございますか。……でしたら、お嬢様付きの執事と言うのは如何でございましょうか? 執事服を着ておりますし、話し相手にも丁度良いかと思います。」

「……奴隷を執事として扱うのは問題にならないかしら?」

「あくまでお嬢様のお戯れと言う事でしたら。……屋敷内のみならば問題ございません。」


 外では駄目という事ね。

 確かに、執事と言う立場は相応に重い。今はミシェルが使用人を纏めているのだけど、本来は執事が使用人の長である。

 奴隷でも絶対に裏切らないと言う事で重用される場合があるのだけど、それは非常に有能な一握りだけ。

 しかも、そこまで行くと大抵は奴隷から解放されている。


 私は執事服を着ている奴隷に目を向けてみる。

 それは、私達に意識を向けつつ部屋の中をゆっくりと目を動かしながら観察している。

 ……流石に喋れない奴隷を執事と扱うのは問題かも知れないわ。

 でも、ミシェルが言う事なら大丈夫よね?

 私は奴隷から目を離すとミシェルに声を掛ける。


「使用人にはどの様に説明するのかしら?」

「……まずはお嬢様の奴隷である事は徹底させましょう。何か問題が起こってもいけませんので。……あと、お嬢様の指示で執事服を着用しておりますが実際には執事ではないという点でございましょうか。」


 ……私の指示と言うのが少し引っ掛かるわね。

 ただ、それ以外は特に問題なかったので軽く頷く。


「……それで構わないわ。」

「分かりました。……お嬢様。話は変わりますが、お食事は如何なさいますか?」


 ……あぁ、もうそんな時間なのかしら?

 私は窓の外に目を向けて、明るい日差しに目を細める。


「そうね。…………なら、その奴隷に給仕をさせてみたらどうかしら?」


 ふと、そんな事を口にする。

 ……ちょっと面白いかも知れないわ。

 そんな事を思いながら目を戻すと、ミシェルは険しい顔をしながら私に一礼する。


「畏まりました。お嬢様。では、早速この奴隷に仕事を覚えさせて参ります。……奴隷! 付いてきなさい!」


 ミシェルは奴隷を連れて部屋を出ていく。

 ……あの奴隷はちゃんと覚えられるのかしら?

 私は少し意地が悪い笑みを浮かべた。


§2

 手近な本を暇潰しに読んでいると扉を叩く音が聞こえてくる。


「ミシェルでございます。」

「入りなさい。」

「失礼します。」


 すると、奴隷を連れたミシェルがワゴンを押して入ってくる。

 ……?

 ただ、ミシェルの顔色が優れない。


「……ミシェル。何かあったのかしら?」

「見て頂ければ分かるかと。……こちらに来なさい!」


 ミシェルは奴隷を呼び寄せると給仕をそれに任せ、自分はワゴンから離れる。

 ……何がしたいのかしら?

 じっと見ていると、奴隷は私の目の前にテキパキと料理とカトラリーを並べる。

 ……別に変な所は無いわ。

 私は奴隷に差し出されたフォークとナイフを受け取る。

 ……合っているわね。

 目の前の料理に合ったカトラリーを出され内心驚く。

 貴族は給仕される側なので全く覚えてない者もいるのだけど、私は頭に入っている。

 一応、未来の王妃だったのだから、他の国のマナーも含め全て頭に入っている。

 ……ちなみに、未来の夫になる予定“だった”方は差し出されたカトラリーをそのまま使ってしまう人だったけど。

 私は、奴隷が何かしら失敗をすると思っていた。

 ……別に咎める気はない、話の種になるかと思っただけなのだけど。

 私は奴隷に声を掛ける。


「素晴らしいわ。ありがとう。」


 奴隷はこくりと頷くと私から少し離れる。

 私は手を動かしながら少し離れて様子を見ていたミシェルに声を掛ける。


「ミシェルも良くこんな短期間で良く覚えさせられたわね。」

「……いえ、その者は“元”から知っていたのでございます。」


 ……

 私はすぐに手を止める。

 ミシェルを見ると少し青ざめている。そして、言葉を続ける。


「この場にあるカトラリーについては“全て”使い道を理解している様でございます。……この国の言葉を喋れない者がこの国のマナーに精通しているなどあり得ません。エレオノールお嬢様。」


 ミシェルはそう言うと目を伏せる。

 ……そうね。

 私は少し考えるとミシェルに声を掛ける。


「……言葉を封じる呪いなんてあるのかしら?」

「……存じません。」

「容姿を変える様なものは?」

「……存じません。」

「そう。……第一級魔術師の貴女が知らない事なんてあるのかしら?」

「それは……。」


 ミシェルは目を迷わせる。

 私は大抵の貴族と面識があるのだけど、彼の顔は見た事ない。

 それに、好奇心が強い奴隷の様子を見るにこの国の人間である可能性は低いように思える。

 仮に、何処かの貴人であったとしても余りにも想定外の出来事。

 王族とかでない限りこちらの非になるような事はない。奴隷商が打ち首になるだけ。

 ……ただ、どちらかと言えば高級な使用人と言う風に感じるのだけど。

 私はミシェルに声を掛ける。


「……言葉を封じる呪いがないのなら、いずれ“彼”の口から聞けるはずよ? それまでは、これは私の奴隷。良いかしら?」

「畏まりました。お嬢様。……後ほど、あの奴隷商の男にも話を聞きに行って参ります。」


 ミシェルは少しほっとした様子になり、私の後ろに立っている奴隷の隣まで歩いていく。

 ……こんなものかしら?

 私は食事を再開したのだけど、少しつまらなく感じてしまう。

 すぐに、食事を止めると後ろを振り向いて二人に声を掛ける。


「ねえ、あなた達も一緒にどうかしら?」

「……お嬢様! また、その様な事を。」


 ミシェルはそう言うと私をじっと睨んでくる。

 ……はぁ。

 私は身体ごと後ろに向き直る。


「ミシェル、貴女。代官でしょう? 領主の私と食事くらいはできるはずよ。」

「ですが、その前にお嬢様の侍女でございます。」

「……昔は一緒にテーブルを囲ったわよね?」

「昔は昔、今は今でございます。」


 ……そうね。

 私は奴隷に目を向ける。


「……本当はそれと話したかったのよ。ただ、侍女である貴女を差し置いて奴隷と食事をするのは問題でしょう?」

「そもそも、奴隷と一緒に食事を取ると言う事が……。」

「彼が早く喋れる様になった方がいいでしょう?」


 ミシェルに言葉を被せる。

 すると、ミシェルは眉間に皺を寄せ、奴隷に目を遣る。


「……分かりました。お嬢様。ならば、せめてこの者になにかしら発音出来る事を示してもらいましょう。」


 ミシェルはそう言うと、本棚から一冊の本を取り出してくる。


「奴隷! これは“本”! “本”! “本”」


 ……!!

 唐突に大きな声を出したミシェルに笑いそうになるのを必死で止める。

 ……本当に、この奴隷が絡むと面白い事をするわね。

 ただ、ミシェルと奴隷は至って真剣で、奴隷の方は本とミシェルの口元を交互に見ている。

 すると、奴隷は本を指さしながら口を開く。


「……ホン?」


「喋ったわね。ミシェル。」

「……喋りましたね。お嬢様。」


 私とミシェルは目を合わせて、笑顔になる。

 すると、奴隷は私にも目を向けると本を指さしながら声を出す。


「……ホン?」

「ええ、そうよ。“本”よ。」

「ホン。」

「本。」

「ホン!」


 そして、奴隷も笑顔になる。

 ……こういうのも良いわね。

 私はミシェルに目を向ける。


「……で、どうなのかしら?」

「はぁ。仕方がございません。“彼”に単語を教えながら食事を取る事としましょう。」


 少し顔が柔らかくなったミシェルは奴隷を引っ張って私の座っているテーブルに着く。 そして、私と一緒に食器や料理を指さしながら奴隷に言葉を教えていった。


§3

 窓の外を見ると夕日で景色が赤く染まっている。

 食事を終えた私は外に出たミシェルを見送り、執務室で奴隷に言葉を教えていた。

 ……もう、こんな時間なのね。

 昨日までは、時間が過ぎる事が苦痛で仕方なかったのだけど。

 すると、隣から声が聞こえてくる。


「ミシェル、イナイ。」

「ええ、ミシェルは外に出ているわ。」

「ミシェル、ソト、ニ、デ……?」

「外に出ている。」

「ソト、ニ、デテイル。」

「ええ、そうよ。ミシェルは外に出ている。」

「ミシェル、ソトニデテイル。」


 そんな感じで奴隷と会話をしていると扉を叩く音が聞こえてくる。


「お嬢様。ミシェルでございます。」

「帰って来たのね。……入りなさい。」

「失礼します。」


 そして、ミシェルが扉を開け部屋に入ってくる。

 すると、奴隷が声を出す。


「ミシェル、カエル。」

「ええ、そうよ。ミシェルが帰ったわ。」

「ミシェル、カエッタ。」

「もう、文を組み立てられる様になるとは……」


 その奴隷の様子を見てミシェルは目を丸くする。

 私は扉の前で固まっているミシェルに声を掛ける。


「……で、どうだったのかしら?」

「それは……その奴隷を部屋に案内してからでもよろしいですか?」


 ……奴隷には聞かせられないって事かしら?

 私は軽く頷く。


「ええ。構わないわ。」

「では、失礼します。……奴隷! 来なさい!」

「ワカッタ。」


 奴隷はミシェルの後を追って部屋を出て行った。


 少しするとミシェルが部屋に戻ってくる。

 私の前に来ると軽く頭を下げる。


「……先程は失礼しました。」

「別に良いわ。……奴隷はどうしているのかしら?」

「彼でしたら、今は与えた部屋で寛いでおります。」

「そう。……で、奴隷商はなんて。」


 そう聞いてみるとミシェルは少し申し訳なさそうな顔をする。


「実はもうあの奴隷商は街を出たようで。……他の者に聞いてみると恐らく、“不良在庫”が売れたので返品される前に去ったのではないかとの事でした。」

「……不良在庫。」


 ……信じられないわ。

 言葉がまともに話せない事を除けば、あのカトラリー捌きを見ると高級使用人……いや、高位の貴族でも通用する。

 一緒に食事をして気持ち良くなったのは久しぶりの感覚で、ミーシャも私も驚いた。

 首を捻っているとミシェルが言葉を続ける。


「……奴隷商にいる間は言葉を喋る気配が無かったようでございます。それに見目の良い娘と一緒に檻に入れても特に何もなく夜を明かすので“そう言う”用途にも使えないと、伝聞ですが……。」


 ……あぁ、なるほど。

 奴隷商の中には奴隷を本当に家畜みたいに扱う者がいる。

 恐らく、あの奴隷は言葉が喋れないのでそういう用途にしか見られていなかったのかしら?

 ただ、本当は奴隷の子供を奴隷にするのは違法。その土地で産まれた者は領主か都市に属する。奴隷の子供も例外ではない。

 ……はぁ。でも、実際に確かめる事が難しいので横行しているのよね。

 少し気分が悪くなったのだけど、ミシェルに言葉を返す。


「そう。……と言う事は彼の出自は分からなかったのかしら?」

「はい。詳しい事は何も。……申し訳ございません。」


 ミシェルは深く頭を下げる。

 ……ふぅ。

 私は息を吐くとミシェルに声を掛ける。


「ミシェル。顔を上げなさい。」

「……お嬢様。」

「彼ならすぐに詳しい事を聞けるようになるはずよ。奴隷商に聞くよりそちらの方が確か。……ミシェル。私と一緒に彼に言葉を教えなさい。」

「……畏まりました。お嬢様。」


 ミシェルはもう一度、深く頭を下げる。

 こうして、彼と会話する一週間が始まった。


次回も書き終えたら投稿します。

おそらく、一週間以内には……。

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