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プロローグ 出会い

短編で書き足りなかった「一か月」を書きます。

全部で10万文字程度になる予定です。

不定期で、書き上げ次第の投稿です。

§1


「……エレオノールお嬢様。本日は如何なさいますか?」


 ベットの上で軽い朝食を取っていると私付きの侍女であるミシェルが声を掛けてくる。

 ……予定なんて何も無いわ。

 私は内心ため息を吐く。

 王都の屋敷のようにお茶会をする相手も居なければ、息抜きに商人を呼びつける事も儘ならない。


 ここは辺境。


 かつて、お母様の国があった土地で“実質的”には私の領地となっている。お母様はその国の姫君だったのだけど、陛下の従兄弟であるお父様と結婚された際にこの国に飲み込まれた。

 ……お母様の内心は複雑だったでしょうね。

 本当は他に婚約者が居たらしく二回り近く年の離れたお父様との結婚は、国を失う事も含めて本意ではなかったのだと思う。

 だからだろう、お母様は私を王妃にする事に固執した。この国に楔を打ち込むために。

 お父様は私を公爵家の跡継ぎとしたかったらしくあまり乗り気ではなかったそうだけど、お母様が意見を押し通した。

 王室側も同じ王族で年も合う私は王太子様の婚約者にちょうど良かったらしく、そのまま話が通った。

 ……ただ私が婚約者“だった”のは過去の話なのだけど。


 それは貴族の義務である王宮内にある魔術学校での出来事。

 見目麗しき、とある伯爵令嬢が高位な貴族の子弟を次々と“仲良く”なっていき、挙句の果てに王太子様にも手を出した。

 当然、私は彼女を諫め、お母様も動かれた。

 でも、負けたのは私達だった。

 私と王太子様の婚約は破棄された。

 ……正直、これだけならまだ許せたと今なら言える。その上、爵位の世襲が禁止され、元は王室領だった領地について返還が求められたのだから。

 王宮の中枢に居る王太子様の“取り巻き達”の仕業だった。


 お父様は激怒すると手勢を率いて王宮に乗り込もうとしたのだけど、流石にお母様と私で必死に止めた。

 ……ただ、私もお母様も勝ち目があればお父様を止める事は無かったと思う。


 結局、公爵家に残された領地は王都周辺のほんの一部とお母様の“国”のみ。


「ごめんなさい、エレオノール。私が婚約を取り付けたばかりに……。この様な事になるなら、公爵様の言う通りに貴女に好きな相手を選ばせて上げたらよかったわ。」


 悔し涙を流しながら私にそう言ったお母様は、謹慎の名目で私を辺境の地に送り込んだ。

 付いてきたのはミシェル一人だけ。後は、ここで雇った使用人が数人。

 一応この領地は私が好きにして良いらしいのだけど実務は殆どミシェルの仕事で、私は偶に書類にサインをするだけ。


 ……そうね。

 私はミシェルに目を向ける。


「ミシェルこそ今日は何をするのかしら?」

「私でございますか?」

「ええ。」


 ミシェルは少し考えると私と目を合わせる。


「……そうですね。お嬢様にご用事がなければ、街に視察に出る予定でございます。」


 ……街への視察。

 そう言えば、ここに来て以来籠り気味だった。

 丁度良い機会かも知れない。


「私も連れて行って貰えないかしら?」

「……畏まりました。準備を致します。」


 ミシェルは渋々と言った感じで頷き、私の食事が終わると食器を片付けて部屋を出ていった。


「……何か面白い事でもあれば良いのだけど。」


 私は窓の外に目を向けながら呟いた。


§2


「……あまり活気がないわね。」


 元は都だった為か石造りの建物が並んだ立派な街なのだけど、人はちらほらしか見掛けない。


「この時期は皆、村落に戻っておりますので。」

「……どういう事かしら?」

「この地の冬は長く厳しいので民は秋が終わる頃には街に移動して、春が始まる頃にはまた自分たちの村に戻るのございます。お嬢様がここに着いた頃には、まだ人は残っておりましたよ。」


 ……なるほどね。

 実を言うとここに着いた頃の事は殆ど覚えていない。

 それほど、今回の件はショックだった。

 それに最近は引き籠っていたので民の動きも知らなかった。

 ……領主としては失格ね。

 私はミシェルと目を合わせる。


「ありがとう。ミシェル。」

「いえ。では、移動しましょう。」


 また、私達は移動を再開する。

 ……


 ?

 ふと、人の喧騒が聞こえてくる。


「……人はいないのでは無かったのかしら?」


 薄暗い細い路地に目を遣りながら、ミシェルに問いかける。

 ミシェルは私の目線の先を辿ると額に皺を寄せる。


「あちらは街に残らざるを得ない者達が多く住んでいる地区でございます。……治安があまり良くはございません。行きましょう。」


 ミシェルはそう言うと足早にその場を離れようとする。

 ……スラムって所かしら?

 私はミシェルを呼び止める。


「待ちなさい。」

「お嬢様?」

「あちらを見てみたいわ。」

「……ですが。」

「貴女が居れば平気でしょう? それに、彼等も民である事には違いはないでしょう? 視察から外すべきではないと思うわ。」


 ミシェルは第一級の魔術師で十人程度なら一度に相手を出来る。


「……分かりました。お嬢様。ですが、危険だと感じましたらすぐに離れますので。」

「ええ。構わないわ。」

「では、参りましょう。」


 私はミシェルに案内されスラムに続く路地に足を運んだ。


 ……やはり、痩せているわね。

 路地ではみすぼらしい恰好をした人々が細い手足を引き寄せて、私達から目を逸らす。

 しかも、時折“首輪”をした人間が鎖で繋がれたり、檻に入れられたりしているのが目に入る。

 ……奴隷ね。

 借金奴隷や犯罪奴隷など、奴隷の名の付く物は多いのだけど実際に“首輪”を付けているのはそう多くない。

 借金奴隷も犯罪奴隷も年季が終われば開放される。

 だけど、“首輪”付きは完全に物として見られる。主人が気まぐれに殺しても咎められる事はない。

 ただ、その代わり“首輪”を付けられる者には条件がある。


1.いずれかの領地に属した者でない者

2.都市自由民でない者

3.教会の信徒でない者


 大まかに言えばこの三つ全てを満たす場合のみ。

 当て嵌まるのならば好きに売り買いして構わないし“狩り”も自由。

 逆に条件を満たさない者に首輪を付けると最悪、死罪になる。

 ……“異教徒”の村に対する奴隷狩りは良く耳にする。


 奴隷たちはまだ肌寒いのに殆ど裸同然の恰好で外に繋がれている為か衰弱しているものも多い。

 ……酷いわね。

 そんな、奴隷たちに目を走らせているとふと目が合う。

 近付くと他の奴隷と同様に薄汚れた服を着て、髪も髭も伸び放題。

 でも、目に強い光を持った男だった。

 私は薄汚い奴隷達の檻の中を指差しながら奴隷商の男に声を掛ける。


「……“それ”を見せて欲しいわ。」

「恐れながらマドモアゼル、それは言葉が喋れないのです。」

「構わないわ。」

「……しかし。」

「私が良いと言っているのよ。」

「……畏まりました。」


 奴隷商は折れて、檻から“それ”を連れ出してくる。

 ……髭が見苦しい事を除けば、整った顔をしているわね。

 連れてこられた“それ”は私の頭からつま先までゆっくりと目を動かす。

 すると控えていたミシェルが私の前に出てくる。


「……この奴隷は一体何を。」

「いいのよ。ミシェル。」

「……畏まりました。」


 ミシェルは不愉快そうに奴隷を見ていたのだけど、すぐに後ろに戻ってくれる。

 もう一度目を合わせてみる。

 “それ”は首を傾げながらミシェルと私を交互に見ていた。

 ……やはりそうね。


「ミシェル。代金を支払って頂戴。」

「“それ”の、ですか?」

「ええ。」

「……お戯れを。」


 ミシェルは“それ”を睨み付けながらゆっくりと首を横に振る。

 ……どうしましょうね。

 私は少し考える。


「……そうね。“魔術”の練習相手にしてもいいわよ。」

「本当ですか?」


 ミシェルは少し目を開きながら“それ”に目を向ける。

 私は彼女にゆっくりと頷く。


「分かりました。いいでしょう。……それは幾らなのですか?」

「……マダム。銀貨3枚で結構でございます。」

「では、これで。」

「確かに、では“首輪”に登録を。……座れ! 跪け!」


 支払いが終わると奴隷商は鞭を振るいながら“それ”を跪かせる。

 ……身振りだけで充分だと気付いてないのね。

 肩を竦めているとミシェルが私に話し掛けてくる。


「如何なさいますか?」

「私が登録するわ。……どうすれば、いいのかしら?」

「それの首輪に触れるだけで結構でございます。」

「分かったわ。」


 私は“それ”に近寄ると首輪に手を触れる。

 次の瞬間、首輪と私の間に光が走る。

 すると“それ”は目を丸くして光に目を走らせる。

 少し驚き過ぎではないかしら。

 ……まぁ、いいわ。

 “それ”から目を離すと奴隷商に声を掛ける。


「奴隷から解放したい時はどうしたら良いのかしら?」

「その場合は首輪の破壊を念じながら“魔力”を込めると可能でございます。」

「分かったわ。」


 私は奴隷商から目を離すと“それ”に声を掛ける。


「付いてきなさい。……ミシェルも。」

「畏まりました。」


 ミシェルは何も言わずに付いて来てくれる。

 少し歩くと後ろを振り返る。

 私はその場から動いていなかった“それ”にもう一度、声を掛ける。


「付いてきなさい。」


 “それ”はゆっくりと“頷く”とこちらに歩いてくる。


「……なるほど。喋れないとは言え、仕草は分かるのですね。」

「ふふ。そうみたいね。行きましょう。ミシェル。」


 私達はまた歩き始める。

 今度はきっちりと私達の後ろを付いて歩いていた。


§3


「……質問なのだけど、それは“何故”服を着ていないのかしら?」


 街の視察から帰った私は奴隷をミシェルに任せ執務室で待って居たのだけど、何故か裸にして“それ”を連れてきた。

 ミシェルによって髪は切り揃えられ伸びていた髭を剃られたそれは“隷属の首輪”以外は何も身につけてはいなかった。

 ……前の姿は裸同然ではあったけど裸ではなかったわ。

 困惑しているとミシェルが私に声を掛けてくる。


「お嬢様に“検分”を行ってもらう為でございます。」

「検分?」

「傷などが無いか確認を。“体毛”を剃り上げた際に私も確認しておりますが、お嬢様もお願い致します。」


 ……通りで。男なのに“寂しい”と思ったわ。

 確かに“それ”の体には“毛”が見当たらない。

 私はミシェルに頷くと少し居心地悪そうにしている目の前の奴隷をしげしげと見る。

 ……男の身体は初めて見るわ。

 男と接触が全く無かった訳ではないけど、こんな風に男の裸を見る機会は流石に無い。

 自分と違って筋肉質な身体に目線を這わす。

 そして、目線が下がるとある一点に目が止まる。

 ……


「……お嬢様。如何しますか? 見苦しいのならば切り落としますし、“使われる”のならば断種の措置を行いますが。」


 じっと、“それ”を見ていると何を勘違いしたのか侍女が声を掛けてくる。

 私みたいな娘には宦官を付ける事はあるし、貴族のご婦人の中には見目の良い奴隷を“生きた張子”に仕立て夜な夜な相手をさせている方がいると聞いた事がある。

 ……はぁ。

 確かに今の私は成人したばかりなのに“未亡人”と大差が無い立ち位置。しかも、貰い手なんかもう居ない。

 ……多少の火遊びは大目に見るって事だろうけど。

 私は首を横に振る。


「……そう言う目的で買った訳では無いわ。何もしなくて結構よ。」

「畏まりました。」


 気を取り直して、つま先まで目を走らせる、


「……大丈夫ね。特に異常はないわ。」

「では、背中側の確認もお願いします。 後ろを向きなさい!」


 ミシェルはそう言うと奴隷の目の前で両手を上げくるりと一回転する。

 ……ぷっ。

 つい笑い声を漏らしてしまう。


「……お嬢様。ご確認を。」

「……ふぅ。ごめんなさい。」


 少し赤くなったミシェルから目を離すといつの間にか背中を向けていた奴隷に目を戻す。

 ……別に異常はなさそうね。

 私は奴隷の体から目を離すとミシェルに声を掛ける。


「確認したわ。……そうね。とりあえず、服を用意して欲しいわ。」

「畏まりました。では、服を探して参ります。 ……付いてきなさい!」


 ミシェルは奴隷を連れて部屋から出て行った。


 ……はぁ。

 私は息を吐くと温くなったカップに口を付ける。


 彼に言葉を教えるにはどうしたら良いかしらね?

 あれこれと考えてみたけど、いい考えが思いつかないわ。

 ……普通に話していればあの奴隷は勝手に覚えてくれそうとは思うけど。

 そうね。とりあえず、私の話し相手になって貰うのはどうかしら?

 どうせ、私には予定なんて無いわ。

 ミシェルの説得は必要そうだけど。首輪を付けている以上は彼女も認めてくれるはず。

 ……戯れに買った奴隷だけど、良い暇潰しになるかも知れないわね。


 そんな事を考えていると扉を叩く音が聞こえてくる。


 トントン。


「お嬢様。ミシェルでございます。奴隷の準備が整いました。」


 ……もう、終わったのね。

 私はカップを傾け、残った紅茶を飲みほす。


「入りなさい。」

「失礼します。」


 一瞬で目を引かれる。

 ……見違えたわね。

 目の前には執事服を着た奴隷が立っていた。


次回は書けたら来週末までに。

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