唐突なおわりと・・・、
地下一階には、探索者たちが想像する通りに黒い怪物が横たわっていた。
光源が存在しない地下一階では幸恵から借り受けた懐中電灯だけが唯一の光源で、それを持つ沙良は、真正面に潜んでる黒い怪物を照らし出すだけで精一杯であった。だからこそ後ろからこそ、最前線に立ち、黒い怪物と正対していたギルニルと弘には、突然耳に届いた、何か肉を突き刺したような音の正体が皆目見当がつかなかった。
振り返るべきなのだろうか?
ここで黒い怪物から目線を話すことは死を意味していると言っても過言ではないだろう。あちらは、弘の拳銃を食らっているため、こちらの存在には完全に気付いている。しかし、振り向かいべきなのだろうか?
後ろには、懐中電灯を持っている沙良とサバイバルナイフを持っているマリーがいたはずだ。そちら側から刺突音が聞こえたという事は、
「マリーさん!」
と、弘の頭の中に走った嫌な考えに反して、心配するような声色の沙良の声が聞こえてくる。
それに安心したギルニルは、一足早く黒い怪物に攻撃を仕掛け始める。最初に弘から借りていた警察用の棍棒で黒い怪物に殴り掛かる。その一撃は、見事に命中するものの先程の拳銃のときと同じように効果があるような反応を示さない。
ギルニルに続いて弘も拳銃を放つ。
パッン、パッン、パッン。
と、乾いた火薬音と硝煙の香りが広がるが、やはり、人間のように拳銃に打たれた時のようにのけぞったり怯んだりといったような目で見えるダメージを与えることは叶わない。怪物も一方的にやられるようなことは、当然、あるわけも無くその大きな鈍器のような腕を振り上げると一番近くにいるギルニルに対して振り下ろす。しかし、薫によって左側と右側の間に大きな切り込みを入れられてしまった影響で上手にバランスが取れなかったのか、ギルニルに振り降ろされた鈍器の様な腕は空を切り、床をたたき割ると下に食い込んでしまう。
その隙をここぞとばかりにギルニルは、警棒を使って。弘は、手錠をメリケンサックのように持つと打撃を試みる。
一方、刺突音を最初に響かせたマリーと沙良の方はと言うと、マリーが壁に勢いよくサバイバルナイフを突きつけていた。
「マリーさん。何やってるんですか?」
「ナニカ、ウゴイタ!」
前方では弘とギルニルが戦闘を行っているので懐中電灯の明かりを動かすことのできない沙良は、目線だけをマリーがサバイバルナイフを突き立てている壁に向けてみるが、やはり暗くて何も見えない。しかし、マリーのその表情は今までの彼女からは想像もできないほどの剣幕でナイフを突き刺した一点を見つめている。
懐中電灯の最も近い沙良には、その壁に何があるのかは分からないが、ギルニル達が戦っている間は、懐中電灯は動かせない。
誰にも確認できないが、マリーは壁を這っていた何かを凝視してみるとそこにいたには、書斎にいたはずの赤い怪物であった。
ギィィイイィ。
と言う嫌な悲鳴を上げているところを見る限りでは、マリーが突き刺したサバイバルナイフは有効的であったことは間違いないだろう。
「サラサン。アカイノデス!」
何がいたのか伝えようとするが、上手に伝わらなかったのか、沙良は、ポケットの中から赤い宝石を取り出す。
「これですか!?」
ギルニル達の押されている戦場を見ている沙良は、取り出した宝石をマリーに投げ渡す。
当然、欲しいものではなかったし、ほとんど前も見えないほどの暗闇からそんな小さいものを投げつけられてしまっては、見失うのは必至。しかし、談話室での赤い宝石の変化はここでも起き、マリーに近づいた赤い宝石は、赤光し、熱を帯びる。
急に近づいてきた赤い点に反応したのはマリーではなく、マリーの手の中にいる赤い怪物であった。
キィシャァアァァ
体を貫いているナイフを無視して、自身の体を半分にしてまで赤い怪物は、その輝いている紅い宝石をその円口類のような口で器用に咥える。
紅い宝石を口にした、赤い怪物は先程までの紅い宝石のように発光し始める。赤光する赤い怪物はマリーに刺された時の痛みや体が裂けていることも忘れたように元気(?)に動き始める。今まで体にある六つの瞳は、四角をなくすようにバラバラの方向を見ていたのだが、その瞳は一点を見つめているかのように瞳に一つの景色を写す。
紅い宝石を咥え地面に落ちた瞬間に赤い怪物は、その方向に飛びつく。マリーを越え、沙良を無視し、ギルニルと弘の先にいる黒い怪物の鈍器状の腕にかぶりつく。
ごぶぉあぁああぁあぁ
腹に響くような轟音を上げ黒い怪物の十字に開く口を目一杯に広げる。口の中かは体液のような物が吐き出されその苦痛をギルニル達にも分かるくらい壮絶に表現する。
「何があったんデスカ!?」
いきなり目の前にいた怪物がもだえ苦しみだしたことで劣勢だった戦闘が終わり状況の掴めない弘とギルニルは、勢いよく振り返り、後ろにいた二人に状況の説明を求める。しかし、後ろの二人に関しても何が何だか分からない事には変わりがない。そして、この状況で冷静でいられるものがいるのだろうか。
いや、いないだろう。
「わかんないよ!紅い宝石をって言われたから!」
「イッテナイデス!アカイ、ノガイタンデス!」
マリーと沙良の話もかみ合っていない状況でも目の前の状況は刻一刻と変化し続ける。黒い怪物の鈍器状の腕に噛みついた赤い怪物は、先程までの全長30センチくらいの大きさの体を変化させ、今では100センチを超える大きさの蛭のようになっている。もう本当に怪物クラスの化け物が二体出現してしまい。四人の精神は持つはずもない。言い合いをしていた四人は、散り散りに階段を上って逃走を図ろうとするものの懐中電灯をつけてやっと目の前の状況が確認できるレベルの暗闇だ。普通に階段を上り切れる運のいいものは・・・
この場には、マリーただ一人だけであった。
一番後方にいたからか、身体能力が高かったからかは定かではないが、暗やみの階段を上り切ったマリーは、誰も上がってこない階段を振り返ることもせず、二階に上がる階段の方に向かう。
断末魔のような悲鳴が、マリーの耳に届いたかどうかは定かではない。
命からがら『血』の部屋から脱出した薫と幸恵の二人は、薫が落ち着くのを待って薫がこの洋館にやってくる前に経験したことの話を語り終わった。その時間は、彼らが知りもしない地下での戦闘が終わるのとほぼ同じくらいであった。
「そ、その力ってのでなんとかならないんですか?」
「分かりません。でも、あの時の金槌であの怪物に大きなダメージを与えることが出来たので氷野さんにわたしてます。何とかなってくれるといいのですが・・・。」
「そう、ですか。・・・後は、最後の椅子ってのが何かですね。」
幸恵のその言葉を聞いて薫の表情が変化する。
「新妻さん。ここからが重要なんです。さっきの部屋。あのゴブレットに血をささげることが出来るのは自分だけなんです。」
「な、なんでそんなことが言えるんですか?」
「分かりません。でも、確実な事なんです。そして、残りの椅子ってのは、この『力』の部屋に入ることが出来れば、上手くいくと思うんです。」
そう言うと薫が座り込んでいる後ろのドアに目線を向ける。
月の紋様の刻まれた鍵では解錠することの出来なかったその扉だが、見た感じでは『血』の扉と構造的には差異は無い。
「も、もしかしたらこの鍵で開きますかね?」
「やってみましょう。無理なら別の方法を考えましょう。」
少し休んで落ち着いたのか、薫の表情に血の気が戻ってくる。あの部屋で吐き出した白い塊に関しては、二人は触れようとしない。
沙良がゆっくりと太陽の紋様が刻まれた鍵を『力』と、見取り図の上では書かれている部屋に差し込み、捻る。
カチャ。
小さな解錠音が二人の耳に届いた。
何もしゃべることなく二人は目線を交差させる。
「入りましょう。」
先陣を切って薫がドアノブに手を伸ばす。
恐怖心が無いわけがない。先程の部屋では薫が一番痛い目に遭っているのだ。しかし、ここにいても事態は好転しない。三階に上がっても不安が残るだけだ。危険とわかればそれでいい。
ゆっくりと押し開かれたその部屋の中には、一つの机が置かれているだけであった。
「こ、この部屋は一体何なんでしょうか?」
「・・・。」
薫は何も答えない。
その理由は彼自身にしか分からない事だ。それは、この館に来る前目にした光景。奇妙なインゴットと不思議な現象に遭った部屋がそこにあった。
「この部屋知ってます。」
「ほ、本当ですか!?」
「この机にさっき話したメッセージが刻まれたんだす。もしかしたら・・・」
薫の予想通り、その机には一つのメッセージが一人で二刻まれ始めた。
「『答えはそれか?』」
二人はその文字を口に出して読み上げてみる。それが導くのはやはり薫がこの部屋で経験した話になるだろう。
「最後の椅子ってことですよね?」
「だ、だと思います。」
最後の椅子。それが何を指し示しているものなのかはさっぱり分からないが、ここでそうであると断言すればこの洋館から脱出できるかもしれない事を薫は思い浮かんでしまう。
「どう、しますか・・・脱出できると思いますけど・・。」
「え?でも、他の皆さんが。」
地下を探索しに行った四人のことが二人の頭の中によぎる。今日までたった二日しか一緒に行動を共にしていないし、よくわからない人達であることは確かだ。
さらに、薫に指示を出したものは、薫を含め二人しかなんとか出来ないような口ぶりであった事から、ここに他の人を連れてくること自体が悪手になり得る可能性が高い。で、あるならばいっそ・・
タッタッタッタッダッダ。
階段を駆け上る音が聞こえてくる。近づくその音にまだ何もしていないのに置いていくことも考えた二人は罪悪感と、地下での黒い怪物との戦闘が終わり生存者がいたことに安堵を感じる。
しかし、幸恵の耳には確かな違和感を捉えていた。その足音が一つであることだ。四人全員が帰って来たのであれば、もっと不規則な足音が聞こえるはずだし、全員無事ならこんなに急いで上がってこないだろうし・・と、様々な不安な思考が幸恵の頭の中に流れる。
「よかった無事終わったみたいですね。」
「ち、違います。多分・・」
そこまで幸恵が口にしたとき、驚くべき速さでこの部屋に走って来たマリーの姿があった。肩で息を切らし、その表情は疲れによると言うより、恐怖によって歪んでいるように見受けられた。
「マリーさん?大丈夫ですか?」
「・・・。・あじぢqpま。
「え?何て言ったんですか?」
無防備に近づいてゆく薫にマリーは、持っていたサバイバルナイフを横一線に振るう。
「もう無理だ!みんな死ぬ、死ぬんだ!初めからこうすればよかったのに、よかったのに!」
狂ったような瞳でその焦点は完全に会っていない恐怖に支配された表情にもう正気は存在しない。
「ぐぷぅ。」
薫は切り裂かれた喉から空気が漏れるような音を放つ。動脈も静脈も着れているようで両手で抑えてみてもその血が止まることは無い。息を吸おうと試みても嫌な音が聞こえるだけで薫の肺にいっこうに空気は入ってくることは無い。
「か、薫さん!!」
「殺せばいい、殺せばいい。」
狂ったような表情で薫の傍で立つマリーの瞳に薫の名を呼び立ちすくんでいる幸恵の姿が捉えられる。
「ワタシは正しい、殺されたくないなら、殺すだけ!」
肉薄するマリーを止める手段など幸恵は持ち合わせていない。唯一の防衛手段であるポケットナイフも薫に渡してしまっているし、運動など元々苦手な幸恵が、サバイバルナイフを持ったマリーに抵抗することは出来ないだろう。必死の幸恵は、せめてもの抵抗で自身も持つバックを投げつける。
予想外の反撃にマリーはそのバッグをよけきることが出来なかったようで、顔面に瓶の入ったバッグが激突する。
パリンッ。
中に入っていた薬の割れる音が聞こえる。今となってはその薬が本当に怪物に通用したのか確かめる手段はもうないだろう。ここでマリーに幸恵は殺されて、マリーは笑うのだ。それだけの話。
どうも片桐ハルマです。こうして後書きを掻くのは随分と久しぶりですので何を話すか全く思いつかないのが現状です。
そういえば、最近はめっきり寒くなってしまいましたね。夏休み中に終わらす予定だったのですが、諸事情が重なって・・・って、いいわけですよね(笑)申し訳ありませんでした。
という事で、あと五回ぐらいの投稿で終わる予定です。「へたくそ!」でも何でもいいので感想を書いていただければ幸いです。
では、




