ついに動き始める
一方、薫、幸恵の二人を二階へと見送ると、弘、沙良、マリー、ギルニルの四人は地下へと続く階段の前にいた。階段は、見取り図を見る限りでは、真っ直ぐ続いていると思うのだが、進む先、地下一階へと続く階段、そして、地下一階には照明がないのか、暗黒に包まれていた。
「よし。行こう。」
弘が先陣を切って行こうとすると、先程、薫から懐中電灯を貰っていた紗良が、横に並んで階段を下りる。
「お前さんそんなの持っていたのか?」
「さっき薫さんからもらっていたので。行きましょ。」
「さすが薫サンデス。しっかり見ていたんデスネ。」
二人の後ろからギルニルが、最後尾をマリーが続いて暗い地下一階へと向かう。階段の壁側、一階の構造で言うところの書斎側に沙良、談話室側に弘が手で手すりをつたいながら降りていくと、弘側の壁がなくなり地下一階の部屋へとつながる。しかし、全くの暗闇が変わることなく、懐中電灯の淡い光のみが道しるべになっていた。
「・・こんな状態で戦えるんですか?・・」
「ナンニモ、ミエナイデス。」
沙良とマリーの言う通り、こんなにも暗闇の状態で手負いと言えどあの黒い怪物を倒せるとは到底思えない。直撃を食らった弘の腕が無事であったことを考えれば、あの怪物の攻撃力はそこまででもないのかもしれないが、向こうには元々目が存在しない。故に、暗闇では、視覚の情報に頼っている人間の方が不利になることは必然だ。
「しかし、ここまで来た以上あの怪物は倒しておきたい。お前たちの見た緑色の奴は友好的だったのに対して、こいつはワシらを殺しに来たんだからな。」
今までで出来た怪物のヒントとなる者の中に出て来た怪物は四体。緑、赤、黒、白であり、そのうち白以外の三体にはすでに遭遇した。料理を作ってくれた緑色の怪物。黒い怪物の場所を示していると解釈した、小さい赤い怪物。未だ出会っていない白い怪物は未知数にしてとしても、唯一暗い怪物のみが明確な殺意を向けて来たと言えるだろう。その怪物がいなくなれば、この館の中もかなり安全に残りの探索を行えるというのもだ。
しかし、光源が無ければあの怪物の位置もつかめない。先程のように懐中電灯を当ててみるのもいいが、物置での戦闘では、廊下の灯りが入ってきていた為、今より数段明るかった。ことを考えると先程以上の苦戦を強いることは、必至であった。
「ジャア、行きマショウカ。今度ハ、ジブンも戦いマス。」
と、初めて黒い怪物と対峙した時には、冷静さを失い叫びまわることしかできなかったギルニルが、弘からもらった、警棒を片手に先頭に立つ。
元々、ここにくることは、あの黒い怪物を殺すことが目的であった弘は、当然、拳銃を片手に臨戦態勢に入っている。
マリーの方も多数意見に従うように、腿に納めていたダガーナイフを取り出している。
沙良は、薫から金槌を受け取っているが、自分が戦力になるよりかは、重要な懐中電灯で黒い怪物を照らす役割をするようで、両手でしっかりと懐中電灯を握りしめる。
「じゃあ、照らしてみますよ。」
まだ、この地下にあの黒い怪物がいるかどうかも憶測の範囲を出ない。そして、いたとして、どこにいるのかすら見当もつかない。目の前にはいない事は確実なのだが、もしかしたら、個の懐中電灯の明かりが届かないすぐ隣にいる可能性だって十分にあり得る話だ。
一行は、階段の最後の弾を確認すると、部屋の中央方面、怪物がいるであろう方向にギルニルが、その隣に弘が拳銃を構え、マリーは、ギルニルの後ろにつく。最後尾で沙良が、懐中電灯を動かし始める。
灯りは、部屋をなめるように動き始める。微かな違和感さえも見失わないようにゆっくりと。こんな状況で、訳も分からない館で、見ず知らずの赤の他人と行動することで限界まですり減らした精神をさらにすり減らし観察する。その懐中電灯の光は、沙良の不安や恐怖を照らし出すかのように僅かに揺れていることに気付くほど、余裕のある人は、沙良自身を含めここには存在しない。
懐中電灯の光が丁度部屋の中央付近を照らし出す。
見取り図で見ても最も狭いこの部屋。初めて懐中電灯で照らしていた時も、向こう側にあたる壁が照らし出されていた。しかし、明かに怪しい形で向こう側に映る懐中電灯の明かりが、遮られることを確認することが出来る。それを見ると弘が、精子の合図を出すと同時に沙良自身も懐中電灯の動きを止める。
「・・・ゴック・。」
誰かの唾をのむ音さえも大きく感じる静寂。黒い怪物は、物置にいたときと同様で、明かりを当ててもこちらに気付く様子はない。呼吸するかのように僅かに上下に羽後開いている様子が確認できる。
弘が、一度全員に無言で拳銃を発射する意図を発する。
この状況であの怪物に対する第一攻撃は、重要な一手だ。接近戦では、いくら弘やギルニルが屈強と言っても人間規格での話であることには変わりがない。あの怪物からすれば、蟻とカナブン程度の力の差にしか感じない事だろう。故に、相手からの反撃を考えないで済む最初の一撃は、確実な有効打を決める必要がある。物置で薫が、あの怪物を切断して見せたような。
だが、もう一つの使い道もこの一撃には存在する。この階段付近であれば、逃げることも選択肢の一つにカウントすることが出来る。ならば、現状最も殺傷能力の高い拳銃が有効かどうかを確認し、有効なら戦闘、無効なら逃亡という選択も取れる。幸い、あの赤いか物は、不確かであるが、黒い怪物の位置を知らせると確認できたのだから。
と、長い思惑を弘は考えつつ、拳銃の引き金を絞る。
パンッ。
誕生日会などである様なクラッカーのような乾いた火薬の炸裂音が小さな地下室に響く。その音は、ギルニルが普段聞いているような拳銃に比べればはるかに小さく頼りないもののように思えてしまう。しかし、それが、現状の最高戦力には違いない。
弘の放った鉛玉は、完全に動かない黒い怪物へと飛んで行く。わずかに上下に動いているものの、静止しているものに外すほど弘の腕は悪くないし、動揺もしていない。
この暗闇の中直径6ミリの鉛玉の軌道が見えるほど視力と反射神経が人外なものはここに存在しなかったが、全員が黒い怪物に鉛玉が命中したことを悟った。
誰も何も言わない。分かりやすいフラグを立てることなく、黒い怪物が動き始める。
「来マス。準備ヲ。」
うずくまっていた体を起こし、二つ存在する頭部をこちらに回す。続いて、一つになっているからだと一対の鈍器上の手があらわになる。
その時、
「あ、」
沙良の方に乗っていた、リスのような形状の異形の生き物、フィフィオンが黒い怪物へ向かって走り出す。しかし、この状況でフィフィオンを追ってしまったら全員の視界が失われてしまう。そんなことになれば、目も当てられないと判断し、沙良は懐中電灯をより一層強く握りしめる。
より鮮明にあらわになった黒い怪物の体には、始めてった時との差異点が存在した。それは、薫によって切断された体である。丁度、首の中央か人間であれば心臓が存在する場所にまで達しているその傷は、明かに金槌では付けることのできない代物だった。
戦闘が始まる。迫り来るは、異形の怪物。対峙するは、人間が四人。心許無い武器を手に歩くよりも少しくらい早いくらいの速度で迫る黒い怪物を迎え撃つ。
結果から言うと弘の拳銃による効果は全くなかったと言える。体格的に人間にまだ近いサイズであるため、象に普通の拳銃が聞かないのとは理由は異なる。
拳銃が人間。生物に有効なのは、その殺傷方法にある。一つは、生命活動を行う上で主要な臓器への致命傷だ。脳、肺、心臓等への損傷はその他の臓器に比べ、遥かに高い致死性を持つ。次に、体の中への損害。脳、肺、心臓等への直撃を裂けたとしても、その他の臓器、血管、神経等への損傷を与えれば、即効性は薄いが、確実に死に追いやることは可能である。
最後は、二つ目とほぼ同じ内容だが、出血である。人間は、体重の1/13が血液で出来ており、その1/3~1/2を失ってしまえば失血死に至る。大体、体重60キロの人であれば、2リットル程度の出血で死んでしまう。
それらの損傷を一撃で与えることのできる拳銃なのだが、これは、常識内の生命体にのみ有効なものである。
今対峙している黒い怪物をその常識の縮尺で考えること自体がおかしな話だと思う。
薫があの怪物を切り裂いたとき、血を噴き出しただろうか?あの怪物は、人間では出来ない壁抜けを行ってこの地下室に移動したことをもう忘れたのだろうか?この館に来てから、いや、その前の初めてこのメンバーに出会った場所から今まで何度常識を破られてきただろうか?
しかし、そんなことを確認する手段など弘達には、持ち合わせていない。だからこそ。
「来るぞ。構えろ。」
最年長者らしく弘が全員に指示を出す。
ドスッ。
暗闇で誰がどこにいるか正確な情報は入ってこない中、誰かの返事を期待する。しかし、
肉を貫く鈍い音を弘は捉えた。




