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紅い怪物

一同は、一階に残っている最後の部屋の前へと向かう。場所は、階段の左。談話室とその部屋で階段を挟んでいるような間取りだ。その部屋の目の前は、丁度書庫に当たる位置だろうことは、部屋と壁の距離的によくわかる。

 階段に面してドアが設置されており、今までよく見て来た鍵のかからないタイプの木製の扉がそこにはあった。


 「開けても構わんか?」


談話室での発言から、全員の信頼が薄れつつある弘が先陣を切ってその部屋のドアの前に立つ。


 「チョット待ってくだサイ。」


 弘を止めるようにギルニルは、木製の扉に耳を傾けてその部屋の中の音を確認する。その姿を見た弘も同様に部屋の中から音が、もっとはっきり言うのなら、あの黒い化け物がいないかどうか確認する。

 すると、ギルニルの耳にだけカリカリカリ。と、何か小さいものが、削れるような音がする。それはまるで、猫が爪とぎをするような音とほぼ同じものであるような音で、その音からは、危険な香りは感じなかった。


 「ワシはなんも聞こえなかったぞ。」

 「ジブンには、何か小動物が木ヲ齧るヨウナ音が聞こえマシタ。


 弘を含め全員が、ギルニルの聞いたその音を信用し扉を開けることを躊躇する。

 小動物かもしれないがそうでないかもしれない。先程見た黒い怪物とも限らないがその他の人外生物である可能性は捨てきることは出来ない。そして、それがこちら友好的である可能性は、残念ながら想像することは出来なかった。


 「あ、開けますか?」


 しかし、開けない事には話は進まない。結局はどこかであの怪物とは遭遇することになる。そして、今後遭遇するであろうそれ以外の色の怪物たちとも。


 「開けるぞ。」


 先程よりも力のこもった声で弘がドアノブを握る。震えてはいない者の一応は警戒しているようだ。ギルニル、マリー、沙良はそれぞれの得物を握り。弘も拳銃の入っているホルスターへとドアノブを持っていない右手を伸ばしながら、ゆっくり捻り、ドアを開ける。


 そこに広がっていたのは、書斎のような部屋で大きな対面式の名が机と立派なデスクが置いてあり、階段側の壁には、本棚が。反対側の壁には大きな窓と様々なものが並べられた棚が置いてあった。どことなく沙良が入った探偵の部屋にも似ているその部屋。その部屋の入口にほど近い場所の床では、真っ赤な細長い生き物が、一心不乱に床に噛みついていた。

 針金のように細長い体で腕の先にある手には、体とは似合わない大きな手がありその手の先には、片手に十本。両手で二十本の指が存在していた。足のような器官は無いようで、蛇のように床を張って移動しそうな生き物。頭部は、ヤツメウナギを彷彿とさせる形状の円口類で、床にキスをするようにくっついている。その、頭部にある片側、八つの瞳は独立して動いているようで、その全ての目が、探索者一人一人を捉える。


 「な、なんだ、ありゃ。」


 つい先ほど黒い怪物を見ていたおかげで、赤い怪物に平静を失うことは無かった弘は、警戒しつつも動かない真っ赤な生き物のいる部屋の中へと入ってゆく。今回は、マリーもギルニルも大丈夫だったようで、弘に続いて部屋の中に入ってゆく。

 薫、幸恵、沙良の三人は、すぐにはその部屋の中に入ろうとはせず、入り口で立ち止まる。


 「どうした?入ってこないのか?」

 「・・・馴れって怖いね。」


 そう言いながら沙良は、部屋の中にいる赤い怪物に目を向ける。

 弘たちがこの怪物に恐怖しなかった一番の理由はそのサイズが原因であろう。今まで出会ってきた中で一番人外の形状をしているにも関わらず、その赤い怪物は非常に小さかった。全長三十センチ。現実の小動物(特に虫とか)なら、発狂レベルの生き物なのだが、怪物の中では、あまりにも脆弱そうで、恐怖の対象にはなりえなかった。


 結局、その赤い怪物もこちらに直接的被害を与える様子もないため、薫たちも先に入った弘たちに続いて部屋の中へと入ってゆく。

 書斎の広さは、談話室とおなじ大きさで、調べるほど物があるのは、壁際の本棚と棚。そして、デスクぐらいだった。


 「じゃあ、自分は本棚を調べます。他の皆さんはどうしますか?」

 「ワシは、デスクだ。」

 「じゃ、じゃあ、わたしはあの棚を。」

 「私も手伝うよ。」

 「ナラ、ワタシモホンダナニ、イキマス。」

 「それならジブンは、あの怪物ヲ見ていマス。」


 薫、マリーは、本棚を。幸恵と沙良は色々なものが並べられた棚。弘は、一番狭いデスクの上と引き出しを調べ、ギルニルは、いまだに床をかじり続けている赤い怪物が何か行動を起こした時のために警戒にあたった。

 紅い怪物は、調べ始めてから終わるまで一切特別な動きはすることなく、その場で床をかじり続けていたようで、少しであるが、その床が削れていることが見て取れた。


 それぞれは、30分近い十分な時間をかけそれぞれの場所を調べ終えると、その場に残って話をするのには、赤い怪物が気になって話にならないと判断し、再び談話室にむかおうとすると、マリーがふと、一番新しいと思われる赤い怪物の齧り痕が、談話室の方向を向いていることに気が付く。


 「ミナサン、アノキズ、ダンワシツノホウ、デス。」


 そうマリーが伝えると、この部屋を出ようとしていた全員が足を止め、ドアの方向にある壁の傷に歩み寄る。どうやら、その傷以外にもいたところに赤い怪物の齧り傷と思われる跡があることに、辺りを見渡した一行は気付くことが出来た。

 その傷跡に何かしらの法則性があるかどうかは、不明なままであったが、赤い怪物の傷跡は、続いたまま壁を這っているところもあれば、跳躍したように移動していることも分かった。


 「この傷もあの怪物がつけたのかな?」

 「た、多分そうだよね?大きさも同じそうだし。」

 「規則性とイイマスカ、理由がるのでショウカ?齧る方向ニ。」


 全員が疑問に思っていると、現状手に入れた情報の中に、その理由を想像するのに十分な資料が存在することに弘は気付く。


 「あのメモ帳はどうなんだ?好きだか嫌いだか書いてあっただろ。」


 弘のその言葉で、自分の鞄の中にあるメモ帳の存在を思い出した薫は、その場でバックを開くと再び、その文章を読み上げる。


「えぇっと。『赤き者は、黒き者を愛し。黒き者は白き者を敬愛する。白き者は緑の者に憎悪を抱く。緑の者はすべての関心はない。』ですね。そうなると、この赤い奴は、黒い怪物を追っているということですか?そうなるとこの傷は談話室ではなくその先の物置部屋を目指していたとしたら辻褄は会いますね。」

 「じゃあ、今度はこの下の階ニ、黒い怪物がいるってことデスカ?」

 「その可能性は高いと思います。」


 メモ帳に書かれた文章が全て本当のことを書いてあるという確証はないものの、現状の一行には、それ以上の情報は存在しない。しかし、現状この館にある文章の数々は、呼んだ人にとってうその情報は齎してこなかったことは、誰も話はしないが、事実ではある。故に、一行は、薫とギルニルが出した、赤い怪物は、黒い怪物の方向を教えてくれる。と、言う結論に賛成する。


 「この子、持っていく?意外にかわいいし。」


 沙良の予想外の発言に一行は沈黙した。

 確かに、この赤い怪物がいれば黒い怪物との遭遇は防げるかもしれないが、この赤い怪物も危険性がないとは言い切れない。いくら、全長傘寿センチの小さな怪物だとしても、得体に知れない恐怖感は十分に有していた。


 「本気で言ってるんですか?氷野さん。」

 「だって、あの黒いやつよりマシじゃない?」

 「そ、そうだけど、これだって安全じゃないでしょ?それに、常に何かに噛みついてるみたいだし、運ぶためには、何かに噛みつかせないと・・・。」

 「ソウデス。シッショニハ、イタクナイデス。」


 全員の意見に反発してまで沙良(さら)も、その赤い怪物を連れて行きたいわけではなかったのか、渋りながらも書斎を後にして談話室でお互いの戦利品をいったん見せ合う。

 まず最初に話し始めたのは、デスクの上と引き出しの中を調べた(ひろし)だった。


 「デスクの上にはこれといったものは見つからなかった。だが、引き出しの中には、変な文章を二枚発見したぞ。

 「また、謎解き~。もういいよ。」

 「そう言わないで下サイ、沙良サン。どうにかしてここから出ないト、イケマセン。」


 不満そうな沙良を無視し弘はそのメモ帳に書かれた文字を読み始める。


 「なになに。『復活のために。三体以上の生贄と神の血を有するものをささげよ。主のため、そして、内なる世界を制すため。外の世界は、暗い。だから、外なる者には、必要がない。そこが奴らの弱点になる。我らの悲願は果たされなくてはならない。』だ。」

 「な、なんでしょうね?内とか外とかって・・・。」

 「分らん。もう一枚は、『二人やった。でも、もうばれている。私は殺される。白いやつは後二人やれば願いをかなえてくれるらしい。でも、もう限界だ。神の能力は強すぎる。それでも叶わない黒い怪物も・・・。ああ、なんで私が人を殺さなくてはならないんだ。許してほしい。』」

 「『神の力』って何でしょうか?」

 「しょ、書庫にあったメモの『能力』と関係あるのでしょうか?」

 「持ち出せなかったメモのことか?」

 「そ、そうです。」

 「仮に『神の力』が『能力』だとしたら、その力でも殺せない『あいつ』という存在にも気を付けないといけませんね。ただ、この中にすでに能力者がいて隠れている可能性もあり得ますが・・・。」


 (かおる)の発言に全員は、互いの目を見る。疑念は疑念を生み、一同心の中に存在する、目的を再確認し、その障害となる存在であるかどうかを判断する。

 誰も信じることは出来ない。一人の部屋を出るときに幸恵(ゆきえ)が聞いたあのセリフが頭の中で再び流れる。


 「すみません。不安をあおっただけでした。名乗らないってことはその人にも何か目的があるってことですよね。」

 「確認したいことが一つあるんだが、お前らには、ここからの脱出以外に何か目的があるのか?」

 「マセサン。ドウイウイミデスカ?」

 「いや、ワシには、ここから脱出する手段をもう一つ持っているというだけだ。ただ、それは非常に難しいから、こうして協力して脱出しようとしている。お前達にもそれが存在するのか?」

 「その方法は言っていただけるのでしょうか?」

 「それはお前さんたち次第だ。ワシだけが二つあるのなら、皆で脱出できるに越したことは無いからな。」

 

 再び、談話室に沈黙が漂う。誰かが何かを言おうとする雰囲気は伝わってくるものの誰かが何かを発現することは無い。

 もう諦め、(ひろし)が、もういい。と、言おうとした時、ギルニルが、衝撃的な発言をする。


 「ジブンは、死ぬことが目的デス。」




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