紅い宝石
「ウワァァァ!」
「イヤー――!」
目は無かったのか、明りを照らしただけではこちらに振り向きもしなかった黒い怪物は、二人の悲鳴に反応しこちらを振り向く。
それはまさに人外。瞳のような器官は存在しておらず、大きなとがった耳、十字に大きく裂けた口、全長は2メートルくらいの怪物。体のバランスは非常に悪く、体の半分以上は上半身で、小さな足ではあまり速く走ることは難しそうな怪物。しかし、その手には、指がなく、鈍器のような形状をしていることが理解できた。
最も早く行動したマリーは、後ろにいた沙良を押しのけ一目散にこの部屋の中から逃げるために走り出す。が、恐怖のあまり足がもつれ、沙良を巻き込みその場にこけてしまう。
次に一番後ろにいたギルニルは、警棒を取り出し構える。戦う正気が残っているというよりは、上手に思考がまとまらず、その場に立ち止まり全員の退路を断ってしまう。
薫は、何とか正気を保った幸恵からナイフを受け取り、隣にいた弘に話しかける。
「間瀬さん。とりあえず引きましょう。冷静じゃない人がいては、何が起きるかわかりません。」
「無茶言うな!ギルニルとマリーのせいで後ろはもうふさがっておる。ワシら二人でなんとかするしかない!」
そういうと、弘はホルスターにしまっていた剣場を取り出すと、一番最初の弾丸を実弾に替える。
薫もポッケトナイフの刃を出す。心もとない刃。本当に護身用。もしかしたら、タダの威嚇用のナイフなのかと思う刃渡り8センチのナイフ。これでは、こちらの射程範囲に入る前に餌食になるのがおちだ。
沙良は、自分にのしかかって来たマリーを退かそうとするものの、正気を失い暴れているせいでうまくいかない。それを見た幸恵がマリーを退かそうとする。
怪物がのっそりと動き出す。やはり、機敏に動くことは難しいようで、一歩一歩短い脚で進んでくる。
「間瀬さん。銃!」
マリーにのしかかられた状態で沙良が叫ぶ。が、弘は銃を発射する様子は無く、手錠をメリケンのように握り始める。
「こいつだけとは限らない。効果的な武器かも分からない以上は、拳銃は取っておきたい。」
「これで死んだら元も子もありませんよ!」
隣にいる薫は弘に向けて叫ぶが、聞き入れる様子はない。
「うぉらぁ!」
渾身の力を込めた弘の拳は、迫ってきていた黒い化け物の一体の頭部に命中する。すると、二体だと思っていた黒い怪物は、下半身がつながっていたようで、二体とも後ろの倒れる。
バランスが悪いため倒れはしたが、まだ、戦えるようですぐに立ち上がろうとする。
「うおぉぉぉぉ。」
すかさず薫が、ポケットナイフを怪物に向かって投げる。幸い、立ち上がろうとしていたため、放たれたナイフは黒い怪物の上半身に突き刺さる。
「よし!」
しかし、怪物はまだ動けるようで、刺さったままのナイフを放置して立ち上がる。
「効いてないですよ。」
何とかマリーを退かし薫たちのもとに沙良と幸恵が合流する。今度は、黒い怪物が行動する。大振りの右手の薙。一番先頭にいる薫と弘を捉える。
「うわぁ。」
「ック。」
身軽だった薫は、何とかその薙攻撃をかわすが、弘はその鈍器の一撃をかわしそびれ、毛銃を持っていた左手を直撃する。衝撃で拳銃は、部屋の中に転がって行ってしまう。
「氷野さん!金槌を!」
薫は、氷野に最初に渡した金槌を受け取り。突進をかける。
右腕の大振りのせいで、動きが単調になった黒い怪物は、動かないようで繰り降ろした薫の金槌が直撃する。
打撃系の攻撃であるにもかかわらず、直撃した怪物の右側の頭部が縦方向に切断される。
「ゴギィィィイ。」
左側の十字に開いた口を大きく開け、悲鳴を流す。この攻撃は聞いたようで、黒い怪物は、二、三歩よろめいてから撤退する。その間、両手の鈍器を振り回し続け、周りにあった金属製のマネキンや箱が粉砕される。
追いかける気力は残っていないが、幸恵は、その怪物のことを照らし続ける。すると、壁に向かって走っていったにも拘らず、黒い怪物はこの部屋の中から忽然と消えてしまう。
「き、消えました!」
「勝ったの?」
「とりあえず、しのいだってことでしょうか・・・間瀬さん大丈夫ですか?」
金属製のマネキンを粉砕するほどの威力の一撃を食らったのだ、弘の左手の骨はすべて砕けていてもおかしくない。むしろ、左手その物が吹っ飛んでいてもおかしくない。
「いつッッ。・・何とか左手は無事だ。」
最悪の事態は回避していたが、弘の左手紅潮し腫れあがる。どう見ても無事とは言えない。
「見せてください。」
看護師である沙良は、医学の知識を活用し、弘の左手を確認する。
「・・・どうやら骨折もしてないみたいですね・・・当たり方がよかったんでしょうか。」
マネキンを粉砕したにもかかわらず、以外にも弘の左手は、打撲で済んでいるらしい。沙良は、薫から棒を受け取ると、自分の腕の服を裂き、簡易的に弘の手首を固定する。
「とりあえず、動かさないでください。折れてはいませんが、ヒビ位は入っているかもしれません。」
「悪いな。助かった。」
「ま、間瀬さん。」
その間に飛んで行ってしまった拳銃を回収してきた幸恵が、弘に拳銃を手渡す。
「悪いな。・・・いつまで騒いでおる。もう終わったぞ!」
弘が一括入れると、ギルニルはようやく正気を取り戻す。
「ハッ。すみセン。つい・・・」
「まぁ、ワシも最初は気が狂うかと思ったがな・・・。」
「それにしても最後どうやったの?金槌で切ったの?」
全員の視線は薫が持つ金槌に集中する。そこにはやはり、つるりとした質感の金槌があるだけだった。
「わかりません。ただ、殴ったら切れたみたいです・・・。」
「もしかしたらその金属が関係あるのかもしれないな。」
弘が言うのは、その金槌が今まで見たことのない金属でできていることだ。銀色ではあるのだが、少し赤みがかり、何より緊要な光沢が存在する金槌。その金槌があの黒い怪物に有効だったのかもしれない。
「そうかもしれないですね。・・・これ、お返しします。」
そういうと再び薫は金槌を沙良に手渡し、自身はまだ地面で頭を抱え狂気に落ちているマリーを優しく揺する。
「大丈夫ですよ。もう終わりまし。」
その言葉に反応するようにマリーは、顔を上げ近くにいた薫に起こしてもらう。
さすがにまだ二十歳前の最年少の少女は、起きたことの異常さにまだ平静を保てないようで、薫の腕をつかんだ左手は震え、離れない。
「アレ?ゴメンナサイ。ナンデ、ハナレナイ。」
「いいよ、そのまま。落ち着くまでは、一緒にいるから。」
「・・・アリガトウゴザイマス。」
薫は持っていた懐中電灯をギルニルに手渡すと、マリーと一緒に入り口付近で待機する。
薫、マリー以外の探索者(手を負傷した弘を除き)手分けして、驚異のいなくなった物置を物色する。
やはり、ここにあるものの殆どが、非常に重い金属製の者ばかりで、蓋つきの箱すらも持ち上げることが叶わない。唯一、怪物が破壊してくれた箱の中には、小さな木製の箱。マネキンの粉々になった破片、そして奇妙な宝石を拾い上げ、一行は物置部屋を後にする。
その足で、一回は隣の部屋を開けようという話の流れになり、回収したものを見せ合う前に隣の部屋の扉を開ける。
そこは談話室のようで、大きな円卓を囲むように大きさはバラバラなソファー。暖かな雰囲気を出しているレンガ造りの暖炉の中では、金色の彫脳が燃えているのが分かる。
そして、何よりこの空間に危険がないことを一行は、理由もなく理解することが出来た。
「あ、安全そうですし、ここで話しませんか?」
「そうだな。」
探索者たちは、戦闘と探索に一時間しか、かかっていないにも拘らず以上な疲労感に襲われていた。その理由は、当然、人外との命の駆け引きが原因であろう。
ギルニル、弘は一人用のソファーへ。まだ手が離れないマリーと薫、幸恵と沙良の二人組でペア用のソファーに腰掛ける。
「じゃあ、何があったか見せ合おうか。」
弘が話を切り出す。
一番最初に話はじめたのは、粉砕したマネキンの中から出て来た宝石を手に取った沙良だった。
「私は、マネキンから出て来た宝石みたいな石を拾ったわ。」
その宝石のような石は、自身から仄かに輝きを放っており、明かに自然界に存在するものではないことが明らかであった。色は、基本的にルビーのように赤なのだが、角度やふと見てみると同じ暖色系統の色に変わることもあった。そして、自然発光に合わせ、仄かな熱を感じることが出来た。
「なんか、暖かいよ。この石。しかも光ってると思わない?」
その石の自然発光は、誰の目から見ても明らかなもので、そこにいる全員が沙良の意見に同意した。
次に、話を始めたのは、飛び散ったマネキンと箱の破片を広い、部屋の一番奥にまで進んでいったギルニルだった。
「戦闘では役に立たなかったノデ、部屋の一番奥にマデ行ってきマシタ。奥ニハ、あの怪物と同じヨウナ形の新しい滲みがあったノト、人骨がいくつかありマシタ。後、マネキンの破片も拾っておきました。」
「そんなもん役に立つのか!?」
弘に強い口調で否定されたギルニルは、わかりやすく落ち込むが、この中で最も重要な情報を齎してくれたことに、幸恵が気付く。
「でも、待って下さい。人骨があったってことは、ここに人がいたってことですよね?それって結構重要な事じゃないですか?」
「そうですね。書庫にあった手記からも依然ここに人がいたということは確定的でしたが、やはり、死亡していると考えた方が無難ですね。」
「フンッ。」
「お役にタテテ、うれしいデス。」
薫、幸恵を中心に、ギルニルがもたらしてくれた情報の有用性を指摘したことに、弘は分かりやすく気分を悪くする。最後に話した幸恵は、懐中電灯を持って探していたにも関わらず、何かしらの情報も、物品も入手することは叶わなかった。
「す、すみません役立たずで。」
「本当に何もなかっただけかもしれないし、大丈夫だよ。」
「ワタシヨリ、ヤクニタッテマスヨ。」
すかさず女性陣が幸恵のホローに入る。それゆえか、はたまた別段期待もしていなかったからか、男性陣も特に何かを言う様子もなく話し合いは、次の段階に移行する。
「では、情報をまとめましょうか。まず、あの黒い怪物ですが、ギルニルさんの話と我々が見た状況から、壁をすり抜ける能力を持ってると思いますが、皆さんそれでいいですか?」
「分らんぞ。ただ、シミが残っているだけで、瞬間移動系のどこでも行ける力かもしれん。」
不機嫌になりつつある弘は、薫とそれに賛同した一行の意見に反論する。
「そうですが、現状の情報では、壁をすり抜けられる能力の方が現実的です。それに、これ以上安心感をなくすのは・・・。」
「楽観的に考えてどうにかなるなら苦労はせん!奴らはワシらの知っている生き物じゃないんだ!最悪の方を想定すべきだ!」
弘の意見と薫の意見は真っ向から対立する。親と子ほどに年齢は、離れているはずなのだが、ここではそんなことは関係ないようで、両者は目線を交える。
「分かりました。では、黒い怪物の移動方法は、まだ未定。どこでも襲われる危険性を考慮してこれからは、武器を持った人一人以上で行動するように心がけましょう。」
薫が初めに折れ、その意見に弘も反省する形で両者は和解する。
「じゃ、じゃあ次はその宝石ですね。」
少し緊張感が高まってしまった空気の中、幸恵が勇気を出して発言する。
紅い宝石。一見ルビーのような風貌なのだが、やはり、見方によって多少色が変わって見える。赤、オレンジ、朱色。時にはピンク色に近づくときもある。
持ってみるとわかるのだが、その時の暖かさにも多少の変化が生まれているのが分かる。
「な、何なんでしょうか。この宝石は。」
「普通の宝石じゃなさそうだよね・・あッ。」
その時、ほとんど忘れられていた沙良の持ってきたリスのような生き物が、その宝石を加えると、真っ直ぐマリーの方向に走る。
「ちょっと何やってるの!」
沙良は、リスのような生き物をすぐに捕まえると加えていた宝石を取り上げる。
宝石を取り上げられたリスのような生き物は、キーキー。と甲高い鳴き声を出し、再び、沙良の腕をはいでると、今度は、宝石を加えることなくマリーの体をよじ登る。
「ハハハッ。クスグッタイデス。」
「ちょっとこんな時に何やってるの。」
沙良が、リスのような生き物を取りに行こうと、マリーに近づくと、持っていた宝石がより一層輝きを放ち、今までで一番濃い赤色へと変色する。
さらに、
「熱っ。」
急激に温度が上昇し、沙良が持っていられないほどにまで高温に変わってしまったため、思わず談話室の床に落としてしまう。
するとその宝石は、談話室の床一面に敷き詰められた、真紅の絨毯に小さな語気目も着けることなく転がると、その色は薄れて行き、最後には、半透明の灰色の石になってしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
幸恵が沙良に駆け寄り、ケガが無いか確認する。幸いにもすぐに放したからか、沙良の手には火傷のような赤味も残ることは無かった。
「大丈夫。なんか急に熱くなって。」
「この石は、色が変わるみたいだな。」
そう言いながら床の上から灰色の宝石を弘は、拾い上げる。すると、灰色だった宝石は、弘の手の中では、薄い赤色に変色しているのが、見て取れた。その宝石を沙良に渡すとその宝石は、再びルビーのような赤い宝石に変色する。
「しかも持っている人によって色も温度も変わってくるみたいですね。何が基準なんでしょうか・・・。」
「ね、年齢でしょうか?」
幸恵の意見を確かめるべく、一通り宝石を回してみる。
弘―鉛丹色
幸恵―紅赤
沙良―銀朱
ギルニル―珊瑚朱色
マリー―真紅
薫―紅梅色




