83話 お風呂を求めるのは日本人として当然ではないだろうか?
「よし、それじゃリムリとリリカは布団の買い出し頼むぞ」
フィロから風呂屋の場所を聞いて俺達は市場の方に向かって来たのだが、皆で動くのも効率が悪いので分担することにした。
「主様よ、妾が一緒じゃなくて寂しくないかのぉ?」
「まったく」
打ちひしがれているリリカを無視してリムリに金貨を三枚渡す。
「ちょ! だから多いって! ご主人様!」
「いや、お前達三人分を新調して来いって言ってるだろ?」
「それでも多いよ!! と言うか、なんでご主人様が入っていないの!」
え、俺は別に今ある布団でも問題ないし。折角フーカとリムリが綺麗に洗ってくれたからな。
「リムリよ、主様には常識は通じん。ここはその金で主様の分まで買ってくる方が早いじゃろ」
「はぁ、それしかないかな。でもこんな大金持ち歩きたくないからリリカ姉が持ってね」
「うむ。任されよう」
何だか二人だけで納得したようだ。いつの間にかリリカは姉になってるし。
「それじゃ頼むぞ。荷物が重そうならリリカの背中に乗せるか、運んでくれる人を雇えよ? リリカはリムリの事しっかりと護衛しろよ」
「わかった!」
「なぜ選択肢に妾の背が含まれるのか分からんが、リムリのことは任せよ。言い寄る男が居たら潰して女に変えておこう」
不穏な言葉が聞こえたがまぁいいだろう。
「(いいの? それ?)」
リムリとリリカを見送ってから俺とルナ、フーカの三人で風呂屋を目指す。
「何だか久しぶりですね。ジン様とルナ様と三人で市場を歩くのは。実際にはほんの数日前なんですけどね」
「そうだな。色々バタバタしてたからな。フーカには迷惑ばかり掛けてるなぁ。いつもありがとうな」
「とんでもないです! 私こそジン様にたくさんご迷惑を掛けてしまってすみません!」
……なんかフーカに迷惑掛けられたことあったっけ?
そんなこと言っているとフィロに言われた風呂屋に着いた。
「ここか。……何か高そうだな」
表通りにある一軒家だが、清掃は行き届いており中にいる店員らしき人物も綺麗な服を着ていた。
「元々浴槽は貴族や王族が使用するものですから」
そう、俺はここに浴槽を買いに来たのだ。領主の屋敷で入りこの世界にも湯船があると知ってからは「風呂=湯船」が当たり前に思えてしまったのだ。やはり日本人として湯船に浸かるべきだろう!
「お邪魔するぞ?」
「いらっしゃいませ。……えーと、ここは見ての通り、あ、いえ何でもありません。なにをお探しでしょうか?」
店員は俺が店に入って先ずは間違いで入ったと思ったみたいだ。まぁ冒険者の格好だしな。その後後ろのフーカを見て考えを改めたのだろう。
「家の風呂に設置できる浴槽を探しているんだが、現物はないのか?」
「え? えっと、こちらなどおすすめですが」
「……は?」
店員が見せるのは店の中に並べられたオブジェの一つだ。ドラム缶をもっと細く長くして人一人がすっぽり入れるような物だ。
周りにあるオブジェも似たり寄ったりだ。まさか、だよね?
「これに、お湯を入れるのか?」
「はい。今貴族の方に人気なのがこちらの新しい物になりますが、そちらは値段も手頃で商人の方などに人気ですね」
「これに、お湯をいれて、人が、入るの?」
「はい。浴槽ですから……。あ、入るのは初めての方でしたか? 一応金貨一枚で体験もできますよ」
これに入るのに金貨一枚? 何の拷問だ? これ垂直に立つことしか出来ないよ? ゆっくり座って足を伸ばすこともリラックスして眠ることも出来ないよ? 背伸びはできるけど。
「(お風呂が高級なのは水を汲み、お湯を沸かして、それに入るからよ。フーカ並みの奴隷が居れば水汲みはいいけど、それを沸かすのにも労力や費用がいるわ。薪代とかね。だから出来るだけ水を少なくで済ませるようにしてあるのでしょう)」
領主の屋敷の風呂は何とか座ることはできた。足を伸ばすことは出来ないし、肩まで浸かることも出来て居なかった。それでも浴槽だと認識していた。しかし――これは浴槽じゃねぇ!
「せめてこれがもっと太いやつないのか? それで短いやつだ」
せめてドラム缶並のがあれば領主の屋敷の物に近いけど。
「申し訳ありません。在庫はこちらにあるだけになります。……たぶんそんな大きな物は需要がないので作成されていないのでは?」
――衝撃が走るとはこのことか。まさかないと言われるとは思わなかった。他の日本人は風呂を欲しがらなかったのか!
……そう言えばさっきフィロが、「昔アオイも浴槽買いに行ったけど、凄く落ち込んで帰って来たのよね」って言ってたような。そりゃこれ見せられたら絶望するよな。
「…………この街にデカい鍋を売っている店ってあるか? 人が入るぐらいの」
五右衛門風呂って最高だよねっ!
「たぶん、ないと思いますけどぉ」
店員の何言ってんのこの人、って目線がちょっと辛くなってきた。いや、俺から言わせてもらうとお前たちの方がなに言ってんのって話だからね?
「邪魔したな。ちょっと街を見てくる。……最悪、また来るかもしれない」
「はい、その、お待ちしてます……」
何だか店員が嫌そうにしてる。俺もこんなもんに金出したくねぇよ。……ん? 作ったら良くね?
「浴槽のオーダメイ、俺が欲しい浴槽を作ってもらうことって出来ないのか?」
「え? あ、はい。物によると思いますけど出来ます。ただ凄く高いと思いますけど?」
「これで足りそうか?」
今朝領主から貰った大金貨を十枚見せた。流石に全部使うつもりはないが、俺が金を持っているという事を教えておきたかった。
「大金貨十枚ですね。ちょっと待っていて下さい。職人を呼んで来ます」
店員が店の奥に走っていた。……大金貨を見てもまるで驚いていなかったな。
「ルナ、その水入れ幾らだ?」
先ほど店員に勧められた物を指差す。――これは断じて浴槽ではない。水入れだ。
「(えっと、……は? え? フーカ、これって)」
「はい? えーと、……百枚? は?」
「は? 百?」
銅貨、じゃないよな。銀貨? え、でもそれなら金貨十枚って書けば。
「(金貨、百枚、って書いてあるわ)」
…………………………冗談キッつぃぜ。このドラム缶の出来損ないが金貨百枚? まさかまさか!
「お待たせしました。こちらが当店の職人になります」
「おう、おめぇがデカい浴槽が欲しいって金持ちか? あんまし金持ってそうじゃねえな」
ずんぐりむっくりとした髭面のおっさんが髭をもふもふしながら俺を見ていた。ドワーフか。
「特注してもらうのは幾らかかるんだ?」
「いきなりだな。ま、そういうのは嫌いじゃねぇ。そうだな。大きさにもよるがお前さんが三人座って入る大きさだとして金貨二百枚ってとこだな。制作に二ヶ月はもらうが、代金は先払いだ。他に要望がある場合はさらに水増しするからな」
「……随分と簡単に見積もったな。なんで俺が座って入ると思った?」
「お前みたいな注文するバカがたまにいんだよ。大抵、どころか一人も注文が決まったこたぁねえがな」
当たり前だ。足元見すぎだろ! 二百って何がそんなに掛かんだよ!!!
「もちろんお前さんが言いたいことも今まで散々言われて来たぜ? なんでそんな高いんだよ! ってな! だから俺は毎回こう言う!! お前らは阿呆かぁ? ここで作っているとでも思っているのか? 街中でそんなもん作れるわけねえだろ! 作るのはドワーフの里だ! ここからそれなりに距離がある! その街道を、山道を運ぶ間誰も襲って来ないと思っているのか? 護衛に払う金も馬鹿にならんし、作るにしても水漏れが無いように作るには技術がいる! 入れたお湯が冷えづらくする為の付与も付けている! デカくなればなるほど難しくなる。失敗すれば一から作り直しだ! 失敗を繰り返し作り上げたドワーフの培った技術を安売りしろと言うつもりか? ふざけるなっ! 金がねえなら欲しがるんじゃねえ!!」
ドワーフは随分とご立腹だ。今までも散々言われて来たのだろう。――だが、俺には関係ない。
「お前の憤りはどうでもいい。ドワーフの里にまで取りに行くってことで幾らになる? 付与はいらん、形もそこまでこだわるつもりはない。でっかい鍋を作ってくれるだけでもいいぞ」
「…………そんなもん作っとらん。俺は風呂職人だ。鍋が欲しいなら鍋屋にでも行け。そもそもドワーフの里に他種族は入れんわい! もういいな? お前はもう客じゃなくなったしの」
そのまま店の奥へドスンドスンと帰って行った。
「えーと」
「あぁ。邪魔したな。今度こそ帰るよ」
店員にそう言って俺達は店を出た。




