68話 猪お嬢様
「それでは今日は二人の門出を祝して宴会としますかな」
席を立ち使用人に伝えに行こうとする領主を慌てて止めた。これ以上ここに居たら何させられるか分からんだろ。
「今日は早めに帰らせてもらえますか。先に帰した二人が心配ですので」
「なに? だが、もう準備は……」
「父殿、ジン殿もこう言っておる。後は妾に任せるのじゃ」
「し、しかし――」
言いよどむ領主を無視してリリカさんは俺の腕を掴み走り出した。
「それでは行ってくる! 吉報を待っておるのじゃ!」
「ちょっ! く、領主様、また来ます!」
思いの他強い力で引っ張られ俺達は部屋を出た。この娘さん行動力があるって言うか強引過ぎだろ。まぁ、ここに居たくないし、領主が後ろから何か言ってるけど、聞こえないフリしてさっさと出るか。
廊下ですれ違ったセバスチャンに走りながら挨拶をして屋敷を飛び出す。後ろから「セバ・スチャンです」と聞こえた気がするがきのせいだろう。
そのまま屋敷が見えなくなる辺りまで走って来て、ようやくリリカは手を離してくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ。……流石じゃな、息切れ一つせんか」
息を整えていたリリカが俺を見てニヤリとしていた。まぁ、この程度なら今の俺ならマラソン程度の速度だったしな。
「……このくらいでしたら問題ありません」
「何故、そのような口調なのだ。もっと普段通りに話して構わんぞ。妾はジン殿に師事するのだからな!」
師事するって言うならお前がもっと丁寧に話せよ、とは口が裂けても言えんよな。――はぁ、もう考えるのはやめよう。
「ならこれからはリリカって呼ばせてもらうからな。俺に師事している間は貴族として振舞うのは禁止だ。先に帰した二人に横暴な態度を取るようならすぐに叩き出す」
「うむ。了解した。元より妾は奴隷だろうと自分より強い者には敬意を払っておる。安心するが良い」
……つまり、俺はリリカより弱いと思われているってことか? それともこれが彼女なりの敬意の払い方なのか?
「……まぁ問題起こさないならもう何でもいいや。とりあえず二人に追いつ――」
「ジン殿! こちらにダンジョンがあるぞ! 屋敷に近い場所にあるとは許せん! 早速攻略と行くぞ!」
リリカは俺の話も聞かず走り出してしまった。
「…………なぁルナ。ほっといて帰ったらダメかな?」
「そうしたいけど、ダメでしょうね。はぁ手間の掛かる子ね」
これで戦力になるのだろうか。ならなかったら足でまとい押し付けられただけだな。
「遅いぞ、ジン殿! 冒険は待ってくれないぞ!」
リリカの後を追って行くと少し開けた場所にダンジョンの入口があった。ただ入口の周囲には杭が打ち込まれており、その周りをロープで入れない様に囲ってあるのだが、
「なんでロープ切って入ろうとしてるんだ、あの娘は」
「(あのロープ、封印用の物よ。たぶん何かあってダンジョンに入れないようにしていたんでしょうけど)」
リリカは既に自分が通る部分のロープを切断してダンジョンに入ろうとしていた。
常識がないにもほどがあるぞ! 危険意識あるのかよ!
「待て! ――待てって言ってるだろがぁ!!」
リリカは俺の声を無視して中に入り早く来いと言わんばかりに手招きしていた。
「はっはっは! 遂に妾のダンジョン制覇が始まるのじゃ!」
「アイツ、テンションぶっ壊れてんだろ!」
「(相当嬉しいみたいね。目がキラキラしてるわよ)」
嬉しいのはいいが俺の話も少しは聞けって。ッ! マズイ!
「リリカ! 下! こっちに来い!!」
結界を抜けダンジョン内が確認できる位置まで来て分かったが、床がヒビだらけで陥没しかけていた。
「ん? 下? え? ええぇぇぇぇ!!」
リリカが下を見たとほぼ同時に亀裂が走り床が落ちる。俺は落ちていくリリカに飛びつき抱きしめた。
「しっかり捕まっていろよ!」
「ジン殿!」
落下しながら下を見るとすぐに地面が見えた。これなら大した高さでもない。
リリカをお姫様抱っこで抱え両足でしっかりと着地に成功した。
「ふぅー、そんなに高くなくて助かったな。リリカも無事か?」
「う、うむ。助かった」
二階層分ぐらい落ちたけど、どうにか無傷で助けれて良かった。しかし、俺は崩落に縁があり過ぎだろう。まぁ二つは故意によるものだけど。
「ジン殿、大変申し訳ないことをしてしまった! 如何なる罰も甘んじて受ける所存じゃ!」
リリカは膝を地面に付けて頭を下げていた。少しは興奮も冷めたかな。確かに無鉄砲過ぎたが、過ぎたことを言っても始まらんだろう。
「反省はしろ。だけど罰はない。リリカを鍛えるのが俺の役目みたいだしな。ただし、今回だけだ。次はないからな?」
「心遣い感謝する! しかし、これは明らかに妾の不徳の致すところ! 罰がなくては示しが付かん!」
知るか!! やらかした奴がなに言ってんだよっ!!
「……なら罰は自分で決めろ。ただし、家に帰ってからだ。冒険の心得その一、ダンジョン内でぐちぐち考えんな!」
ここから脱出するだけなら転移の指輪を使えば一瞬だけど、リリカに知られてしまうからな。入口部分が壊れただけなら階段はあるだろう。
「(とりあえずこのダンジョンをリリカの修行に使ったらいいんじゃない? 深さが分からないけど万が一の時には指輪があるんだし)」
そうだな。魔物の強さを確かめてから少し潜ってみるか。リリカの強さも確かめておきたいしな。
「よし、それじゃ少し「(前から二体来るわ)」……リリカ、魔物が来たぞ。一緒に戦えるな?」
「う、うむ! しかしジン殿は武器を持っていないではないか。妾の双剣を」
リリカが腰に下げていた剣を抜こうとするのを手で止めて、コートを翻しリリカの視線を遮りながらアイテムボックスからフルンティングを取り出した。
リリカは腰に双剣と背に弓矢と矢筒を装備している。前衛も後衛も大丈夫そうだな。
「俺の武器はちゃんとあるよ。魔物は二体だ、一体は強さを知りたいから俺がやる。二体目が邪魔しそうだったら弓で援護してくれ」
「わ、分かったのじゃ! しかし、流石はジン殿じゃ。隠し武器を持ち歩いていたとは。よくセバに回収されずに屋敷に入れたものじゃの!」
あれ? もしかして屋敷内に武器の持ち込みは禁止だったのか? そういやミニャもフーカも預けていた気がするな。
「(来るわよ。先ずは倒してからにしなさい)」
「(了解)行くぞ!」
前から二体の魔物が来るのが見えた。銀熊か? 前回のダンジョンでボスだった魔物が普通に歩いてるのかよ!
「あれは白熊じゃな! 気を付けよ! 力は人間の数倍はあるぞ!」
……口に出さなくて良かった。銀も白も薄暗いと一緒だろ!!
熊も俺達に気付いて四足で駆け出して来た。随分と好戦的だな。強いってことだし、出し惜しみ無しでいこうか!
「虚空切り!」
「(あっ、だめ!)」
魔力を強めに込めて斬撃を横一文字に飛ばすと後ろからルナの声が聞こえ、飛んでいった斬撃は熊二体を真っ二つに切断しダンジョンの壁に亀裂を刻んだ。
そして同時にダンジョンがグラグラと少し揺れた。
「一撃か。流石じゃ」
ダンジョンが揺れたことを気にも留めず落ちた素材を拾いに行くリリカ。
お前心臓強すぎだろ! 本当にお嬢様かよッ!!




