40話 リムリの願い
それから奴隷商へと案内されて前回の応接間に移動した。
「……それで、今日はしばらくこの街に滞在するだろうから家を借りることにしたんですよ。家が散らかってて手伝うって言ったんですけど、フーカがしばらく出掛けていてくれって言うですよ。これって反抗期ですかね」
「いやはや、フーカを褒めるべきか、もう少しやり方があるだろうと叱るべきか」
「ふふ、フーちゃんらしいです」
応接間でこれまでの経緯を簡単に話していた。俺とルナ、ドリオラさんとリムリの四人だ。リムリは俺がお願いして一緒にいてもらっている。フーカの話を聞きたいだろうからな。
「しかし、驚きましたな。僅か一日でダンジョンを攻略し、冒険者ギルドからの信用を得たと言うのですか。確かにクジョウ様には他の冒険者とは違った雰囲気を感じていましたが、これほどとは」
「信用を得ているのかは分かりませんけどね。一応ギルド長とは顔見知りになったので、その流れで家も借りれましたよ」
「冒険者に詳しいわけではありませんが、家を借りることができる冒険者は全体の半数もいないでしょう。私の勝手な認識では新米冒険者などは馬小屋で寝泊りしているものと思っています。現にそう言う者が大半でしょう?」
「そうなんですか? まぁ、俺は軍資金があったからなぁ。初日もフーカと宿屋に泊まったんですよ。あぁそうだ。フーカと――奴隷と一緒の部屋に寝るのっておかしいんですかね? 初日に一緒の二人部屋にしたらフーカが自分は納屋でいいって言ってたんですけど」
「そうですね。奴隷にお金をかける主人は珍しいでしょう。もっともそんなクジョウ様だからこそ、お売りしたのですけどね」
「フーちゃんは恥ずかしかったんですよ。クジョウ様はお優しいから甘えないようにしてるです」
俺としてはじゃんじゃん甘えて欲しいんだが。まぁ難しいか。その内慣れてくれるといいけど。
「(ルナは一杯甘えるわよ。ジンももっとルナを甘やかしていいのよ?)」
聞こえないふりをしておこう。
その後も三人でフーカを肴にあれこれ話していると結構な時間が過ぎていた。
「そろそろいい時間かな」
時計がないから分からないけど、小腹が空いてきたし、いい加減帰るべきかな。
「おっと、もうそんな時間でしたか。クジョウ様のお話が面白くついつい話し込んでしまいましたな」
「フーちゃんの話が一杯聞けて嬉しかったです」
「今度はフーカも連れて来るよ」
「……クジョウ様、もう少しお時間を頂けますかな?」
真剣な表情のドリオラさんに緩やかだった空気が僅かに緊張を帯びたように感じた。俺はドリオラさんに視線を向け軽く頷く。
「ありがとうございます。クジョウ様をお呼びだてしたのは元々この話をするつもりでだったのですが、つい時間を忘れていました。申し訳ございません。――お話とはこのリムリのことです」
ドリオラの話は先ほどの豚との経緯に付いての話だ。
元々ここの奴隷商は客を選び、奴隷を販売しているのだ。始めて来た時は全ての奴隷が売り物だと説明されたが、それは俺が上客だと判断したかららしい。普通は五段階に分けて売る奴隷を紹介しているのだという。
リムリやフーカなど先日紹介された奴隷達は一番上のランクにいる奴隷であり、一般の人間には紹介すらしていないのだという。
そして先ほどの豚だが、通常であれば一番下の下客だが貴族である為、三番目のランクになっているのだという。
そしてひと月ほど前にやって来た時にリムリを見て、ぶひぶひ言って売れと言ってきたらしい。しかし、リムリは豚に売っていい奴隷じゃないと、購入者が決まっていると説明したのだ。すると豚は購入者から買い取ると購入者探しを始め、街中で犯人探しのような真似をして、脅しのような行為もやり始めたのだ。その為、ドリオラさんもリムリを誰かに売るわけにもいかず困っているらしい。
「クジョウ様なら冒険者ギルドとも繋がりがあり、ご自身の強さも一級品。信用もありますし、フーカへの対応も神がかっている様子。それならば私も安心して任せることが出来ると思っているのですが」
「んー。おおよそは理解できましたが、それって今度は俺にあの豚が詰め寄って来るってことでしょ? ひき肉にするのは造作もないですけど、一応でも貴族なら、肉片にして問題ないんですか?」
「いや、えっと、その、流石に殺すのは問題かと。ただダンジョン制覇を成し遂げた冒険者には貴族もおいそれと手が出せません。もしそれで恨みを買えば殺される危険もありますし、凄腕の冒険者相手にケンカを売るなど領主様にケンカを売るようなものです」
領主はダンジョンを管理する役目もあるので、凄腕の冒険者は手放したくない。その為に実績を上げた冒険者には家を貸し出しているのだ。そこで、一介の貴族がダンジョン制覇を成し遂げた、いわば領主の為に働いた者を蔑ろにしてその者がこの街から去って行ったらそれは領主の逆鱗に触れることになる。
「それに、正直私ではもう長くは止めておけません。ブリッタ様から各方面に圧力が掛り始めているのです。このままではリムリを手放すのは時間の問題です」
ドリオラさんの言葉にリムリがビクっと体を震わせた。余命宣告を受けたようなものだ。だけど、それでも、リムリは――俺に縋る真似はしなかった。
俺なら助けることができるとドリオラさんは言っているのだ。それなのに、俺に縋りどうか私を助けて下さいと、言葉でも瞳でも一切語ることはない。
だが、それでもリムリは絶望して諦めているわけではない。小さな体を震わせ恐怖を感じているのに、その顔は「私は大丈夫です」っと俺に告げていた。
「(……ルナ)」
「(ルナはいいわよ。ジンの好きにしなさい。例え帝国が敵になったとしてもルナ達はジンの味方よ。こんな子を虐める貴族は滅ぼした方がいいわよ)」
いつになく攻撃的なルナの言葉で俺の心も決まった。
「――分かりました。リムリは俺が面倒見ます」
「おお! 本当ですか!」
「ッ!」
嬉しそうなドリオラさんと反してリムリは複雑そうな顔をしていた。
「……リムリ、俺に迷惑かけるのが心配か?」
「ッ! 私は、ハーフです。大した力もありません。フーちゃんみたいにダンジョンでお役に立てるかも分かりません。そんな私をクジョウ様が助ける価値はありません」
瞳に涙を浮かべているが、その顔は笑っていた。――とても悲しそうに。
「……俺は貴族が大っきらいだ。俺の家族を泣かせるヤツは貴族だろうが、領主だろうが俺の敵だ。リムリ、お前は安心して俺達の傍に居ればいい。俺達が守ってやる。その代わり、リムリもリムリにできることで俺達を助けてくれ。それが家族ってもんだろ?」
涙を浮かべるリムリの頭を優しく撫でてやる。ぼろぼろと溢れる涙を拭おうともせず、リムリは口を開く。
「わ、わた、私、迷惑を」
「家族なんだ。迷惑ぐらい掛けるだろ。俺だってリムリに色々迷惑掛ける予定だぞ? だから俺にも迷惑かけろ」
「――わたし、もう、ダメなんだって、ドリオラさまにもめいわく、かけて、フーちゃんにも、わたし、わたし、う、うわぁぁぁぁ!」
押さえ込んでいた感情が溢れ出るようにリムリは年相応に泣きじゃくっていた。抱きしめてやると、俺の服を掴み更に泣いた。
「好きなだけ泣け。よく、今まで耐えたな」
泣きじゃくる中、言葉にならない声で、震える声で、本当に小さく「助けて」っと始めてリムリが口にしたのだった。




