101話 絶体絶命
「次! 後ろの小屋です!」
「ッ! 疾風、隼!」
「浅いです! 交代します!」
「すまぬ!」
リリカ姉が放った矢をギリギリで躱した青黒い狼にフーちゃんが向かって行きますが、それを阻止するように青黒い狼の尻尾から生まれた新しい黒狼がフーちゃんに襲い掛かります。
「またですか! ハッ! ヤッ! ッ虚空切り!!」
新しく生まれた二匹の狼をすれ違いざまに倒すフーちゃんも凄いけど、そのフーちゃんが放った斬撃を軽々と躱してまた建物の陰に潜んだ青黒い狼は普通じゃありません。魔物が魔物を生み出しているんですから。
「フーカ! 深追いするでない!」
「ッ! 分かりました」
リリカ姉の声に追撃を止めフーちゃんが戻って来ます。
「フーちゃん大丈夫?」
「うん。このくらいなら問題ないよ」
フーちゃんは村人を庇って左腕を少し切られてしまっています。
私のヒーリングで血止め程度はできていますが、先ほどの狼が絶え間なく襲って来るのできちんとした治療が出来ません。
あの狼が来るまではリリカ姉の狙撃で問題なく狼は倒せていたけど、突然現れたあの青黒い狼に気を取られた時、尻尾から生まれた狼に村人が襲われそうになってフーちゃんが庇ったのです。
「あの狼は何なんでしょうか、先日の襲撃では見ませんでしたけど」
「あれほど異常な魔物など、寄生種以外おらんじゃろ?」
ミオさんの問いかけにリリカ姉が静かに答え、その言葉に村人達も騒然とします。
寄生種。一個体で災害クラスの被害をもたらすと言われる魔物です。特に地上に出てきた寄生種はその厄介さが跳ね上がると聞きます。
「ですが以前ジン様と見た寄生種より弱そうですし、どうにかなると思いますけど?」
「主様とフーカは所々常識が抜けておるが、普通寄生種を相手にするならギルドが一丸となって戦うレベルじゃぞ? 以前二人が対峙した時もかなり危なかったのじゃろう?」
「あの時はジン様も私も極限まで消耗していたからであって、普段のジン様なら問題なく対処できたはずです!」
「落ち着け。そうだったとしても今は妾達しかおらんのだ。慎重に行動するべきじゃろ」
寄生種が相手でもまるで臆すことなく戦おうとするフーちゃんをリリカ姉が必死に留めいています。
リリカ姉なら寧ろ、我先にと向かって行くかと思ったのですが予想外です。
「何やら酷いことを思われている気がするのぅ。妾とて主様にお主らの事を任されたのじゃから無謀な突撃は断固阻止するぞ」
「無謀ではありません。確かに多少の怪我は負うことになるかも知れませんが、反撃を受ける間合いに入ることが出来るなら絶対に倒せます」
寄生種が相手なのにすごい自信です。本当にフーちゃんは強くなっているみたいです。
「フーカさん。私もジン様を待った方がいいと思いますよ。貴女が怪我をして一番悲しむのはジン様ですからね」
ミオさんがフーちゃんの腕に布を巻きながらそう声を掛けると少し狼狽えました。
そんなやり取りを後ろで見ていた男性の方々が近づいて来て、
「そうだぜ。お嬢ちゃんが強いのは分かるけど、精霊神様を待った方が良いよ」
「精霊神様ならきっとどうにかしてくれるはずだ」
ご主人様ではなく、精霊神様――ルナっちを待った方がいいと言う男性にミオさんが何か言おうとしましたが、それより早く、
「――ジン様なら簡単に倒してしまうでしょう。私はそんなジン様に少しでも近づきたいのです」
あ、フーちゃん怒っているみたいです。
ご主人様を蔑ろにされ、その原因が自分にあるって思っていそう。こうなるとフーちゃんはもう止めれないと思います。
「フーカ、行くつもりか?」
私の表情を見てリリカさんが複雑そうな顔をしています。……分かっています。これは無謀な事です。でもここで行かないのはイヤなのです。
「はい。わがままを言ってすみません」
「……良い。お主の気持ちも分かるからのう。じゃが、援護はするぞ? お主は一人じゃないのだからな」
「はい!」
リリカさんは普段は抜けている様に見えるのに時々とても聡明になります。普段からそうしてもらえると私も頼り易いのですけど。
「……何やら酷いことを思っておらんか? まぁ良い。無理はするな。お主がやろうとしておることは主様の意思とは違うと覚えておれ」
「……はい。分かっています」
もしここにジン様が居たら、私が一人で戦いに行くことを絶対に止めるでしょう。本当ならジン様を待った方がいいと思います。でも――。
「フーカさん、早まった真似をしてはダメよ」
「早まった真似ではありません。この程度をこなせなくてはジン様の隣に立つ資格がありません」
私の言葉にリリカさんが狼狽えている気がしますが、きっと気のせいでしょう。
ミオさんはそれでも何か言いたそうでしたが、これ以上の問答は不要です。最後にリムリに視線を向けると両こぶしを握って頷いてくれました。
これで後ろ髪を引かれることはありません。
目を閉じて辺りを探ると、三匹の反応を感じます。二体は新たに生まれた狼でしょう。本体から離れてこちらの裏側に回っているみたいです。
「リリカさん。向こうの方から二体周り込んでいます。そちらをお願いできますか?」
「うむ。妾も良いところを見せておかねばならんからな。こちらは任せておくのじゃ!」
何やらやる気になったリリカさんに後の事を任せて私は本体に狙いを絞ることにします。
こちらの様子を伺っている狼に向け虚空斬りを放ち、その後を追いかける様に走り出します。
「ガウゥ!!」
虚空斬りを避け、迎え撃つように私へ飛び掛って来る狼の本体である寄生種。背後でも戦いが始まったのか、リリカさん達の声が聞こえます。援護は無理でしょう。ならこちらを素早く終わらせるだけです!
「もう逃がしません!」
爪をギリギリで躱し、すれ違いざまに刀を走らせますが手応えは浅く、追撃を掛けようとする私へ更に狼を二匹出現させました。
一体何匹出てくるのか。一度に生み出せるのは二匹のようですが、いい感じに邪魔です。
この二匹を倒す間に本体は距離を取り、また二匹の狼を生み出しました。
「やりづらいですね。でもこの程度の狼がいくらいたとして問題ありません!」
私が再度突撃を仕掛けると二匹の狼が私を迎え撃つために飛び出した、その時――いきなり真横の民家から大きな黒い塊が飛び出て私は反対側の民家まで突き飛ばされました。
「つぅ、クッ、――まさか」
「ガアァァオォォォォ!!」
私を突き飛ばしたのは真っ黒い狼でした。そして先ほどまで本体だと思っていた狼はこの狼より一回り小柄であり、生み出された狼だったみたいです。本当の本体は禍々しい魔力を纏ったかなりの大物のようです。
「騙されました。まさか本体が潜んでいたとは」
周囲にも気を配っていたつもりでしたが、まさかここまで完璧に気配を消しているとは思いませんでした。
突き飛ばされた時に左腕を盾にした為、左腕の傷が広がったみたいです。左腕から血が溢れ、痺れてうまく動きません。
それにかなり強く体をぶつけた為か、呼吸が上手く出来ません。どうにか起き上がりますが、これはジン様に叱られそうです。
「フーちゃん!!」
「ッ! フーカ!!」
向こうは決着が付いたみたいですね。リムリンとリリカさんがこちらに気付いて慌てて走って来ます。
私の方は新たに生み出された狼も合わせて六匹の狼に囲まれ、絶対絶命のピンチです。
ただし――、
「俺の家族になにやってんだッ!!!!」
――ジン様が居なければの話ですが。




