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フユ×クリスマス

「げっ、雪まで降ってきたよ。」

空を見上げると既に真っ暗になった空から白い雪が街の光を反射してキラキラ光りながら舞い降りていた。風はほとんどなく、まるで今日という日を祝うかのように静かな雪だった。寒さもそれほど感じず、どちらかといえば今日は暖かい。「おい、なにぼーっとしてるんだよ。今日中に売っちまわないといけないんだぞ。」

店の中から顔だけ出して店長が声を上げる。

「はーい。分かりました。」


時は12月24日。世間で言うクリスマスイヴというやつだ。

いや、分かってはいた。地方から都会に出できただけで人生が大きく変わるなんてことは無いのだ。悲しいかなあたしはその部類に当てはまるらしい。つまるところあたしはバイトに専念していた。さすがに今日を一人で過ごすのは寂しすぎる。まあ、バイトのシフトが空いていたのがあたしくらいだったということは死んでも認めたくないけど。

という訳で、サンタクロースの格好をして店の前でケーキを売っていた。サンタといってもガチもんらしく、そこらの百貨店で見られるようなやわなやつではない。雪が降ってくるまでは、暑いくらいだった。どこから仕入れてきたのかは謎だか、毎年この日には登場するらしい。

「えー、クリスマスケーキはいかがですかあ」

あたしの声に振り返る人はいない。皆急ぐように早足で去っていく。きっと帰るべき家があるのだろう。あたしにはそれがとても羨ましかった。

今年になって一人暮らしを始めてそれがようやく分かった。

家にただ明かりがついているということがどれだけ大切なことかを身を以て学ばされた。特にこの季節は辛い。あたしが家に帰る頃にはあたりが真っ暗というのが当たり前。ドアを開けても外の気温と大して変わらない冷たい空気がこもっている。手探りで電灯のスイッチを探る。そんな毎日がとてつもなく辛いものだった。かといって人見知りをしがちなあたしがシェアハウスなど考えられなかった。だからだろうか、足早に去って行く人の姿が眩しく、まるでクリスマスのデコレーションのように輝いて見えた。

「はああ。あと4つも売らないとダメなのか。」

この手のノルマはどこにでも付いてまわるものなのだろう。しかし冷静になって考えてみると午後9時を過ぎた今更ケーキを買いに来る人なんているのだろうか?最近は通販とかでも美味しそうなケーキも売られているみたいだし、あたし一人が立っていても無意味な気がしてならない。現に人通りはみるみる少なくなっていく。

「ん?」

ふと、あたしは奇妙なものを見つけた。道路を挟んだ向こう側に彼はいた。彼と呼ぶのには少し語弊があるかもしれない。彼というよりも幼い少年といった方が分かりやすいだろう。年齢は12歳くらいだろうか、まだ成長期が来てないのか身長も低く幼さが一層際立っている。しかし、あたしが気になったのはそこではなかった。確かに一昔前ならこの年齢の子どもが夜に出歩いていたら問題になっただろう。しかし勉強、勉強の世の中では珍しくなくなった。むしろ塾に通うことがフォーマルであるかのように親は子どもを塾に通わせる。意味のないことだとあたしは思うの。だってそうではないか。夢なんてないのだ。それはあたし自身がわかっている。夢は叶えるものではない。ただ一方的に見て、見て、ただ見続けるものなのだ。と、話がそれた。そうではないか。あたしが気になったのは少年の服装だった。外は雪が降り、マフラーや手袋がなければ凍死する(とあたしは思う)ほど寒いというのに少年は薄着だった。上着を着ていないというか、ほとんど最低限のものしか身につけていない。少年の姿は異様だった。たがしかし、その時あたしは不思議な気分になった。その少年がやっていることが無意味なことに思えず、少年に興味を抱いていた。


「ねえ、お姉さーん。そのケーキっていくらなの?」

道路を挟んだ向こう側から少年は突然大きな声を上げた。

この近くにケーキ屋なんて一軒しかない。となるとあたしのことだろう。

「2000円になりまーす。」

相手は子どもといえどもお客様だ。一応丁寧に対応する。

「えー?聞こえなあい。」

「2000円になりまーす!」

「えー?」

「2000円になりまーす‼」

「もう値段はわかったからいいから。」

少年は心底面倒くさそうに言った。

なんか、お客様とか、興味とかどうでもよくなってきた。というかあのガキを一発殴らないと気が済まない。大の大人が大声を上げる恥ずかしさをしっかり教えなければならない。とか思っていたら少年がてくてくてくと歩いてくるではないか。あたしは思わずまるで奇妙なものでも見たみたいに口を開けたまま固まってしまった。

「ねえ、お姉さん。とりあえず僕の話を聞いてよ。」

「ごめんねぼく。おねえさんはいそがしいからまだきかせてね。」

「どうしてそんなに棒読みなの?まあそんなことはいいんだけどね。

僕はお姉さんが売ってるそのケーキが欲しいんだよね。」

「2000円になります。」

「でも僕の貯金箱の中身を全部合わせても1258円しかないんだ。」

少年はそういいながらポケットから小さな財布を取り出してケーキの箱が積まれている机の上に中身を広げて見せた。中からはたくさんの小銭が音を立てて転がり落ち、ちゃりちゃりと音を立てる。1円玉や10円玉もたくさんあり少年が貯金箱に小銭を入れている様子があたしの前にありありと浮かんだ。

「ね?」

「で、なんでケーキなんで欲しいの。」

あたしはその答えに興味があったわけではない。それを聞いたところであたしにできることなんて数が限られている。だというのにあたしの口からはそんな言葉がこぼれ落ちた。

「僕の家はクリスマスパーティーやらないんだ。お金がないしお父さんもお母さんも夜遅くまで帰ってこない。だからさ、パーティーなんてやる時間がないんだよ。でもね、昔はやったんだよ。パーティー。お母さんがいつもは見たことないような大きなお肉を焼いたり、そこに売ってるのより大きなケーキを食べたり。」

「そうなんだ。」

「うん。あの時はむちゃくちゃ楽しかったなあ。今とは大違いだ。お父さんもお母さんも僕たちのために働いてくれていることくらいわかってるよ。けどね、やっぱり変わっちゃうのは寂しいよ。昔のことを、前のことを知ってるから今何もできないのが寂しい。それにね僕には小学生1年生の妹がいるんだけどね、妹はクリスマスパーティーを知らないんだ。妹が生まれてから一度もやったことないから。妹はさクリスマスの絵本を見ながらみんな何してるのかなあ、っていうんだ。僕はお母さんみたいに美味しい料理は作れないから、だから少なくともケーキだけはと思って。」

少年はそこまでいうと目を落とした。少年の視線の先にあるのは彼が望んだケーキがある。

あたしは彼の話を聞いたことを後悔した。

「そうか。すごいね。」

「そんなことないよ。結局ケーキは買えないんだし。」

彼にその話をさせてしまったことを後悔した。

「さっきさこのケーキ2000円って言ったけど、君と話している間に9時半になった。だからこのケーキは1000円に値引きする。」

「え?」

「それでどうされますか?」

きっとこうすることがあたしの後悔に対する償いなのだろうと思って。


店長が店を閉める頃にはなんとか全部のケーキを売り終えてあたしは帰路についていた。なんとも言えない満足感をあたしは感じていた。どうしてもあの少年のその後を想像してしまう。少年はケーキを持ち帰り妹とクリスマスパーティーを楽しんだのだろうか。だとすればあたしの千円くらいの出費は小さなものに思えてきた。いや、決して小さなものではないんだけれど。空を見上げれば、ちらりと雪が降り続いている。うっすらと積もった雪は街灯の明かりやクリスマス用のイルミネーションに反射してピカピカと輝いている。あたしは電気が消え始めた住宅街を抜けて家路を急いだ。なぜだか久しぶりに妹の声が聞きたくなったというのもあるかもしれない。次第に早足になり、気がつけば走り出していた。大人になれば走ることなんて滅多になくなる。少し体が暖かくなるほど走ったところでようやく見慣れた道が見えてきた。突き当たりを右に右に曲がればあたしが住むアパートの古びた屋根が見えてくるはずだ。そう思い曲がろうとしたところでぶつかった。人とぶつかった。

「いってー!危ないな。ちゃんと前見てあるけよな。」

「ごめんなさい。……ってあれ?」

そこにいたのはさっき別れたばかりの少年だった。しかしその変化のせいであたしはとっさに判断できなかった。それもそのはずで少年はサンタクロースの格好をしていたからだ。さっきまでの薄着が嘘のようにモコモコとしていて暖かそうだ。その手には衣装にぴったりな大きな白い袋があり、その袋を軽々と担いでいたようだ。

「ん?やべ。さっきの定員さんか。」

「やべって何よ⁉クリスマスパーティーするんじゃ無かったの?もしかしてあれは嘘だったの?」

「嘘なわけないだろ。あれは全部本当のこと。ただ、すこし隠していたことがあるだけだよ。」

「隠していたこと?何言ってるのかさっぱりなんだけど。」

「クリスマスパーティーができない理由。なんて言ったか覚えてる?」

「お父さんとお母さんが仕事で遅くまで帰ってこないんでしょ?」

「そう。でもさ、その仕事が何か、話して無かったよね。」

「だから、それが何の意味があるのかって…」

あ。もしかしたら。あたしの中で一つの考えが浮かんだ。あまりにも馬鹿げていたけどその答えが正しい気がしてならない。

「僕のお父さんとお母さんはサンタクロースなんだ。まあ正しくはクリスマス限定の配達の仕事なんだけどね。実際にサンタクロースがいるのかは僕は知らないよ。でもさ、夢があるじゃん。知らないおじいさんが一晩の間に世界中の子ども達にプレゼントを届けるなんてさ。親だって昔そうした夢を見たから子ども達にもそうしたいんだよ。きっと。」

「じゃあ今はお父さんのお手伝いか。」

「うん。これが終わったら家で待ってる妹も合わせて家族みんなでクリスマスパーティーをするんだ。お父さんとお母さんには内緒で計画したんだよ。今頃家では妹が部屋の飾り付けをしてくれているはずだよ。」

なんだ。そうか。あたしは少年の言葉を信じた。何よりも少年の無邪気な笑顔に嘘なんてかけらも無いことは明白だったから。

「なら早く次のところに行っておいで。間に合わないよ。」

「言われなくてもわかってるよ‼じゃあね」

少年は袋を軽々と担ぎながら夜の闇に消えていった。

「がんばれ。そしてありがとう。」

見えなくなった少年の背にあたしは言葉を送った。



「あの子もうあんなに大きくなったんだな。6年前はまだまだ幼かったのに。」

屋根の上で一人の男が一部始終を見届けてからそっとつぶやいた。男はいつまでたってもやってこない息子を探してきたのだか思いがけず懐かしい顔に出会った。男がこの1日限りの配達人をはじめてかれこれ6年が経つ。それでも彼女の顔は男の記憶の中にありありと残っていた。

「まさか、こんなところで会うことになるとはね。これも偶然ってやつなのかな。まさか、最初にプレゼントを届けた少女がここにいるとはね。」

男は古いアパートの中に明かりがついたのを見届けてから誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。

「メリークリスマス。」

その声は届かないだろう。しかし、何かは伝わった。男はそんな気がした。



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