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ハル×モモイロノカケラ

 この世には大きく分けて2つの世界がある。

何の変化もない日常の世界と

魔術士が当たり前に存在する非日常の世界と。

これはそんな非日常の世界で起こった物語。

桃色の欠片がひらひらと目前に現れた。夜の闇に輝くそれを私は目で追いかける。欠片はゆっくりと私の視界から消えて、再び夜の闇に消えていった。

私は小さな道の真ん中に立っていた。車が一台通れるか、通れないかというほどの細くて小さな道だ。辺りを貫く様にまっすぐに伸びる道。時間も遅いせいかあたりに人影はない。しんと静まり返って不気味なほどだ。だけれども私はこの道が好きだ。

ひらりと、風にのりまた欠片が宙を舞う。どこまでも自由に、踊る様に欠片は動き回りながら視界から消えていった。その様子を私が見ることが出来るのは道の端にぽつんと立った外灯のおかげだろう。じーという音を立てながら、静かに辺りを照らしていた。と言っても古いものなのでそんなに明るいわけではない。温かみのあるオレンジ色がぼんやりと辺りを照らす程度だ。少し離れてしまえば、すぐに深い闇に包まれることだろう。まるで仲間外れにされたかの様に外灯は一本だけこの道に立っていた。もしかしたらこれもこの道に人が少ない理由かもしれない。

ふわりと、欠片はやって来た。上を見上げるとそこには変わらず大きな木が立っている。私を見下ろし、そして欠片を生みだし続けるそれを私はしっかりと見つめる。ふと、私は遠い過去を思い出した。

—なあ、彩華さいかはさ、何を望むんだい?—

欠片はひらりと私の肩に舞い降りる。

—そうか、なら仕方ないね。—

どうしてだろうか。

—じゃあ、行ってくるー

何故だろうか。

—彩華は俺みたいになっちゃだめだよー

遠い過去のはずなのに。

—そうだな、俺が誰か聞きたいってことでいいかな?—

その声は鮮明で。

—決まりだ。彩華ちゃんだっけ?ひとまず俺についてきてくれるかい?—

まるで目の前にあいつがいるみたいだ。

ただ、それだけのことなのに。私は涙を流した。景色が滲み私は自分が涙を流していることに気がつく。だからと言って涙を止めることはできない。だから私はされるがままにした。自分の感情のままに涙を流した。声が漏れることはなく静かに涙だけが頬を伝いポツリと地面に吸い込まれていく。

「こんな所にいたんですね。そんな格好だと風邪ひきますよ。」

自分でも留めることができなかった涙は後輩の声を聞くと、今までが嘘の様にぴたりと止まった。小さな道にもう一人現れた。私の背後から後輩で私の弟子がやって来た。振り返ると後輩は私の顔を覗き込んで言った。

「なんかあったんですか?目が真っ赤ですよ。」

「そういうことはあまり聞かないものなんだけどね。」

「そんなことないですよ。先輩話したそうな顔してますもん。」

「それはどんな顔か後でしっかり聞きたいね。でも、そうか。私は話したそうな顔をしているのか。」

私はしっている。目の前にいる真面目な後輩が嘘をつけないことを。彼はあまりに純粋すぎるのだ。表情を見ればそれが嘘かどうかなんてすぐに分かってしまう。だからこそ、今の彼の言葉に偽りはない。

「なら、話すか。私はさ、やりたいことはすぐにやらなくちゃいけないんだ。これは遠い過去の話だ。と言っても昔というわけではないよ。5年くらい前のことだからね。でも、まあ私がまだ普通の人間だった頃の話って言ったらわかるかな?そう、今はフリーの魔術師なんて言ってるけどさ。」


ちょうど今くらいの季節だったかな。私がまだ現役の女子高生だった時だよ。

いや、そこは置いておくとして。まああれだ。きっかけなんてどんな時も些細でしかないんだ。何かあったとしてそれは後付けで本質ではないんだよ。うん、そうだ。端的に言うと私は寝坊したのさ。こう見えても当時から優等生キャラで通っていたからね。遅刻とか、寝坊なんて縁のないものだったんだ。まあ運命といえばそうだし、たまたまといえばそうなのかもしれないね。

でだ。無論寝坊したわけだから走って学校に向かっていたわけだよ。学校ってのはどうして丘みたいな高い所に校舎を作るのか不思議なんだが、ゆるくて長い坂道を延々と走っていた。春には綺麗な桃色のトンネルになるんだがそれ以外にこの道をいい様に思ったことは一度もないね。その時も満開で心地よい風が吹くたびに雪の様に舞い散る欠片はとてもきれいだった。走りながらだからしっかりとは見ていないんだけどそれでもきれいだなあと感じたよ。あと少しで学校という所で上の方からチャイムが鳴るのがきこえたんだ。もう間に合わないとわかっていたけど私は走り続けた。そこはほら、意地ってやつだよ。

普段は校門前で睨みを利かせている生徒指導の先生がいないのに気が付いた時は助かった、と思ったもんだ。

けどさ。

そうじゃなかった。

学校の中には人間が一人もいなかった。

別にその日が休みだったとかつまらないオチじゃない。

校舎のなかは本当につい先ほどまで誰かがいたと思わせる様子だった。引かれたままの椅子や、小テストの範囲が書かれたプリント。開いた窓からやって来た風で膨らむ白いカーテン。まるで日常から人間だけを切り取ったかのように当たり前の世界が非日常に包まれていた。

私はとにかく誰でもいいから見つけよとした。どうしてだろうね。普通こんな事態に巻き込まれたら逃げること話を考えるはずだ。きっと私にはそれが出来た。なぜしなかったのか私にも分からない。まあそれが私が魔術師たる所以かもしれないんだけどね。ヒトの本質なんて案外簡単に分かってしまうものなのさ。

で、私は一部屋一部屋しらみつぶしに調べていった。勿論誰もいない。最後にと私は屋上に向かった。するとそこに居たんだよ。

人間でなくなった魔術師がね。私の学校の制服を着ていたから多分生徒なんだろうな。でもそいつの名前を私は知らなかったし、今も知らないよ。そいつは私に背を向けて屋上の手すりに寄りかかりながら、どこか遠くを眺めていた。私に気が付いたらしくそいつは振り返った。不思議な男だと、私は正直にそう思った。何か特徴があるわけではないのに不思議とそいつの顔をわすれることはなかった。なんといえばいいか、そいつには人を惹きつける何かがあったのかもしれない。

「やあ、こんにちは。いや、まだおはようだったね。」

そいつは爽やかに挨拶した。

「さっ挨拶は済んだし本題に入ろうか。君名前は?」

「なんであんたなんかに言う必要があるのよ。」

「いや、まああれだよ。勘違いしないでくれ。俺が知りたいのは君の正体だよ。だってそうだろ?学校中の人間が消えて君だけが生き残った。だとすれば、魔術師の端くれとして名前くらいは聞きたいってもんだよ」

そいつは当たり前みたいにふざけたことを言った。その時の私はそう思った。今の私が同じ状況にいたら同じように名前を聞いただろう。

「はい?なんかよくわからないんですけど警察呼びましょうか?」

「俺が警察って言ってもしんじないよね。まあ、いいや。」

「………私は那奈魅夜彩華ななみやさいか。これで満足?」

私は自分の名前が嫌いだった。那奈魅夜なんて当て字みたいな名前を好きなはずがない。

「へえ、那奈魅夜ね。珍しいな。」

「そろそろ教えて欲しいんだけど、あなた誰?」

私がそう聞くとそいつは苦笑いしながら答えた。

「そうだな、俺が誰か聞きたいってことでいいかな?だとしたらお願いがある。それを聞いてくれるなら真実を伝えるよ。」

「分かった。だから全て話して。」

「決まりだ。彩華ちゃんだっけ?ひとまず俺についてきてくれるかい?ここは君が思っている以上に危険なんだよ。」

そうだな。

私の背後で聞きなれた声がした。

「中嶋先生?」

「那奈魅夜。早くその不審者から離れるんだ。そいつの妄言を君は既に聞いているはずだ。そいつはな、自分のことを魔術師だと信じている馬鹿だ。あれはそう簡単になれるものではないのにな。君ならわかるだろう。」

中嶋先生はいつものような人を見下した態度で私に何かを諭し始めた。

「なんたって那奈魅夜家だ。何代も続く魔術一家だろ?おや、おどろいているなのかい?君は思っている以上に有名人なんだ。もっと自分を理解しないとダメじゃないか。」

「くだらんな。俺はそういうのが嫌いだ。そもそもこの世界の制度は普通じゃない。狂っている。俺なんか助言できるような立場ではないがいわせてもらうぞ。なあ、彩華はさ、何を望むんだい?俺は君が何者であろうと興味はない。君が何者であるかを決めるのはきみ自身だ。そんな彩華に一つアドバイスだ。彩華は俺みたいになっちゃだめだよ。俺は馬鹿だから一つのことしかできない。だからさ。君は自由に生きればいい。純粋なままで生きればいい。桜の花みたいにさ。」

「くだらないごっこあそびはやめろ。所詮そんなもの偽物にすぎない。」

「だとしてもだよ。中嶋だっけ?あんたは知らないんだ。だから意味が分からない。けどな、俺にとっては意味のあることなんだよ。」

さて、と中嶋が言った。

「二人も残ったか。そろそろ二人とも『切り取り』するとしようか。私も鬼ではない。命乞いくらいは聞いてやるよ。」

「だってさ、彩華。何か言いたいことは?」

「ない。」

「そうか、なら仕方ないね。じゃあ行ってくるよ。多分もう会うこともないだろう。けどさ、」

ありがとう。

そいつはそう言って私を置いて行ってしまった。


「そこでおわりですか?」

「終わりだよ。もともと私は魔術師の家系だった。それを捨てたきっかけがそいつにあっただけの話さ。」

相変わらず、桃色の欠片は私達を包むように降り続けている。

「じゃあ結局その男は何者だったんですか?」

「警察官だよ。といっても魔術師世界のだけどね。」

「それって僕らと同じですよね。」

そうだよ。私はそう言って笑った。

「ねえ、先輩。本当は全部わかってたんじゃないですか?男の正体も。」

「さあ、どうだろうね。」

それは正直な感想で、それ以外に言葉は必要なかった。

あの日以来あいつとは会っていない。

あいつの言葉は正しい。

私は立ち向かうべきだった。

この世界に。

でもそれを今は語るべきでないのかもしれない。

今はあいつのことだけにしておこう。

ありがとう。あいつは最期にそう言った。

今更遅いかもしれないけれど、私はあいつにこう返そう。

「ありがとう。私の大切な」



 今回は非日常の世界観での話でした。いかがだったでしょうか。

次回はいよいよ最終回フユ編です。出来るだけ早く頑張りますね。

それと今回はあまりにキャラ説明を省きすぎた感があるので全編のキャラ紹介をフユ編の後やろうかなあなんて思っていたりします。次回も読んで頂ければ幸いです。

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