アキ×ドクショ
僕の趣味は本を読むことだ。それも外のベンチなんかに座って読むのが一番好きだ。最近はある公園にあるベンチに座って長い時間本を読むことが日課になっている。ちょっと前までは暑くて大変だったがようやく日差しも弱くなり、秋を感じられるようになってきた。公園の木々の緑も少しずつ赤や黄色といった鮮やかな色に変わって来ていた。日々少しずつではあるのだが変化する公園を眺めるのも日課のうちの一つだ。
今日もいつものように公園の真ん中を流れる川の上に建てられた東屋のベンチにすわり読書の時間を楽しんでいた。僕が読む本は本当に様々だ。世界中で知っている人がいるような名作から世間で話題になっているような本までその時の気分次第で多くのものを呼んでいる。あまりに読んでみたい本が多すぎて最近はどんな本を読もうか悩んでしまうくらいだ。読み始めてどれくらい経っただろうか、本を読み終え、今日はそろそろ帰るろうと思い顔を上げると東屋と公園をつなぐ橋のちょうど真ん中ぐらいの位置に一人の少女がいるのを見つけた。腕時計をちらちら見ているのはわかるのだが、盛るように赤い夕陽のせいで少女の細かい様子までは見ることが出来ない。この場所はよく待ち合わせの場所として使われるのでその類だろうと僕は一人納得する。このままこの場所に居ては邪魔になること間違いなしなので僕は東屋を立ち去ることにした。東屋に続く橋は一本しかないので必然的に少女の横を通らなければならなくなる。あまりに緊張しているのか僕が横を通り過ぎたこともあまり気にならないようだった。少女の手にはラッピングされたプレゼントらしきものがあり、大体の事情が分かった。僕は何事もなくその場を去った。
その翌日はあいにくの雨だった。雨だと公園にほとんど人がいなくなるので読書には最適だ。小さなビニール傘をさしていつものように東屋に向かうと先客がいた。橋を渡ろうとしたときに東屋に人影があるのが目に入ったのだ。自分で言うのもなんだがこんな雨の日に何をしているのだろうか。そんな疑問を抱えながら橋を渡っていく。ちょうど半分くらい来たところでその人影の正体に気が付いた。あそれは見間違えるはずもなかった。それは昨日見た少女だった。あの夕焼けに一人で誰かを待っていた少女の姿は僕の頭の中に鮮明に焼き付いていた。川に雨粒がおち、心地よい音を出している。いくつもの波紋が広がりあちこちでぶつかり合いそして消えていく。そんな様子を眺める余裕もなく僕はそのまま足を進めた。
東屋に入り、一応失礼しますねと言って彼女の横に座る。と言っても細長いベンチの端っこにだ。彼女のことは気になるが今はあまり詮索すべきでないという結論を出し読書を開始する。さっきまでぼーと遠くを眺めていた彼女はワンテンポ遅れて僕の声に反応したらしく驚いたような表情をした。それから僕の方を珍しいものでも見るかのような表情で見つめる。10分、20分と時間が流れていくが彼女は僕を見つめ続けている。さっきから本の内容が全く頭に入ってこない。さすがの僕もこれ以上無視を続けることは出来なくなってしまった。本にしおりを挟んでから本を閉じる。彼女は僕が反応したことにまたしても驚いたようだった。それと少しだけだが、喜んでいるように感じられた。
「えっと初めましてですよね?」
「たぶんそうだと思いますけど私のこと知ってるんですか?」
「…………………」
「…………………」
気まずい沈黙。
「昨日ここにいましたよね。ほら夕方に。」
「………なんで知ってるんですか?もしかしてストー」
「いやいやいや、違うから、そうじゃなくて昨日もここで本を読んでただけだから。」
あらぬ容疑を全力で否定する。先まで読んでいた本をしょうことばかりにほらと示す。
「本当に?」
「ってそんなことはどうでもいいんですよ。ぼくに何か用があるんですか?」
「ああ、…………何の本読んでらっしゃるのかなって。」
「へっ?」
彼女が少し困った顔をして答えたことは僕の予想外なことだった。僕はそんなことならとさっきまで読んでいた本のタイトルを告げる。海外の有名な古典作品だったが僕と同じくらいの年齢の彼女は全く知らないものだったらしく、あらすじでもいいから教えてほしいと頼まれた。僕も途中までしか読んでないんだけどね、と前置きしてから話し始める。気が付けばその作者の別の作品まで説明し続けぶっ続けで2時間ぐらい話し込んでしまった。
彼女はその話を本当に楽しそうに聞いた。
腕時計を見て僕は時間の経過に驚くとともに、そろそろ帰らなければならないことを残念に思った。
「そろそろ、用事があるので帰りますね。」
「そうですか。今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
「それじゃあまた。」
「また。」
僕はそういうと傘をさして慌てて走り出した。もし遅れでもしたら今後の日課に支障が出るかもしれない。雨は先程までよりも弱くなっていた。
次の日は雨は上がり雲一つない晴天だった。こういうのを秋晴れっていうのだろうか。僕が例の東屋に行くと当然といった様子でまた彼女そこにはいた。彼女は僕の到着を待っていたらしく僕を見つけると大きな声を上げ、手を振った。いや僕自身も彼女はそこにいるだろうと、いてほしいと思っていたらしい。いつもは1冊しか持ち歩かない本を今日は2冊持ってきていた。
僕と彼女は2人とも黙り込んだまま本を読み続けた。彼女が本を読むペースは僕よりも遅いらしい。僕が3,4ページ読むたびに紙のこすれる音がする。その音は規則正しいペースでまるで機械でめくっているかのようだった。しばらくすると彼女は本を置き立ち上がってどこかに行ってしまった。追いかけようとも思ったがやめた。別に彼女に無理強いするつもりなんて微塵もなかったし、飽きてしまったのだろうと勝手に解釈する。彼女には少し難しい内容の本だったろうか、と不安に思う。他人のため日本を選ぶなんて初めての経験だった。なんだかふと寂しさを感じたけれど僕は本を読み進める。物語は佳境に入っており、僕はすべるように文字を追いかけていく。文字は文字として僕の頭の中に入り内容はどこか遠くに行ってしまった。
実際は5分程度だったが僕には永遠のように長く感じられた。彼女はきっかり5分で(時間を計ったわけではないのだがたぶんそうだ)帰ってきた。足音が徐々に近づき大きくなってくる。その足音が止まる。僕が顔を上げると彼女はそこにいた。その手に会ったのは2本の缶コーヒー。
缶コーヒーを飲みながらちょっとした休憩もかねて彼女に本の内容がどうであったか尋ねて切ることにした。彼女はすごく面白いと、それこそ本当に心から思っているように見える笑みで答えてくれた。それを聞いて僕は嬉しかった。こんな感情はいつ以来だろうか。ものすごく懐かしい。この機会に彼女がどんな本が好きか聞いてみる。それだけではない。気が付けば最初に聞いた彼女が好きな本なんて忘れてしまっていた。それよりももっといろんな話をした。細かいことは忘れてしまうくらい沢山。あんなにしゃべったのも久しぶりではないだろうか。その日は本のページを再び開くことはなかった。
次の日、僕は何とか探し出して彼女が好きそうな本を持っていった。
次の日、僕は自分が好きな作家について長々と話した。
次の日、僕は彼女に連れられて公園を散歩した。
次の日、次の日、次の日、……………………………………
そうして彼女と出会ったあの夕焼けの日から一か月がたったころ、僕は公園で本を読み、そして彼女と話をするという日課がとうとうできなくなった。この日がいつか来ることはわかっていたつもりだったが正直つらい。それは彼女の存在があるからだろう。今は窓から公園の様子を眺めることしかできない。それも一番みたい東屋の様子は木々がじゃなで見ることが出来ない。清潔感にあふれた真っ白な病室のベットで横になっていることしかできなかった。目の前にあるのは小さな本棚だ。入院したてで暇を持て余していたころ医者が持ってきた。最初は何の意味もなく本棚を埋めるつもりで本を読み始めた。いつしかそれが僕の生きたあかしに思えてきてただただそれを埋めうるためだけに本を読み続けた。結局本棚の半分も埋めることはできなかったがもうそれでいい気がした。そこには本来僕が読むはずなんてなかった種類の本が入っている。彼女のために勝った本だ。もちろん自分でも読んでみた。面白いかどうか話わからなかったがそれでよかった。この本棚にその本があることで僕と彼女の出会いだけは残っていてくれそうで。
彼女には別れの言葉を言うことが出来なかった。僕はもうすぐ死ぬのだろう。だからせめて彼女に一言だけでも言葉を残したかった。けれど彼女が病室に現れることはなかった。それはそうだろう。僕は彼女に病気のことを明かさなかった。普通の人間として彼女と過ごしたかったからだ。けれどいくら後悔したところで何も変わることはない。
そして数日後、僕は死んだ。
公園は月明かりによって青白く照らされていた。秋の虫たちの大合唱が静寂の中に響いていた。公園の真ん中には川が流れていてその真ん中にある東屋には一人の少女がいた。ベンチに腰掛けながら月を眺めていた。
「先に行っちゃったか。」
少女はつぶやいた。
「順番が違うだろ。ほんとは私が先に行きはずだったのに。というかさ、君は気付いていたのかい?私がもう死んでること。」
それは一か月ほど前のことだ。この近くの交差点でトラックと女子高生が衝突するという事故が起こった。運転手は少女が自ら飛び出してきたと証言したが目撃者がいなかったため真実は闇の中へと消えてしまった。それを知るのはただ一人しかいない。
「短い間だったけどさ、楽しかった。ありがとね。まあ病気のこと黙ってたのはまだ許したわけじゃないから。」
彼女はここにはいない誰かに向けて言葉を発する。あたりは水の流れる音と秋の虫の大合唱以外の音は全くしなかった。
「あんたがそっちにいるならさ、私もそっちに行ってもいいかもしれないな。
次の日、東屋にはまだ空いていない缶コーヒーが2本残されていた。
いかがだったでしょうか?色々書いているのをほったまま書いた新作です。
いきなり秋から始まりました。春と夏の構想はあります。冬どうしよう(笑)
というわけで次回もお楽しみに。(感想を書いて頂けると嬉しいです。モチベーションが上がり執筆ペースが上がるかもしれません)