黒のタイツ
この足がどこかに向かって動いている。
至極当然ながら、足を動かすには足の持ち主である者の意志が必要であり、勝手に動き回るということは、病気などの理由でない限り、まずあり得ない。
でも。
(私、どこに向かっているのだろう?)
私は自分の意志とは無関係に動く足を、まるで人ごとのように眺めていた。
そう。眺めている。
端的に言うと頭の高さから足元を俯瞰している皆さんお馴染みの視界ではなく、自分の足を人の物のそれと同じように背後から眺めている。
そんな馬鹿な。
私も最初はそう思った。というか、自分の足ではないと思っていた。
しかし、私は気づいてしまったのだ。
それが私の物であるという、確たるものを。
(あの傷痕は、私の足だ)
そう。
私の足には、幼い頃木から落ちて出来た時の傷痕がそのまま残っている。
太ももからくるぶし近くにかけて、かなり大きな傷痕が。
当時はワンワン泣いたのだろうけど、幼かった私はその事を覚えていない。記憶にはないが、傷痕だけがしっかりと残り、今の私はそれを隠して生きている。
真夏でも漆黒のタイツを履き、ロングスカートを履く。
(どうして、タイツ履いてないんだろう?)
私の視界、真正面を歩いている私の足は、いつも履いているはずのタイツを履いていなかった。
どころか、私には二本の足のひざ下がペタペタと歩いているのが見えるだけなのだ。
ひざから上は透明人間のようにぽっかりと何もない。
この奇妙な視界、当て所もなく歩く自分の足だけが見える視界。
私は悟った。
嗚呼、これは夢か。と。
と、そこで今まで歩き続けていた私の足がふわりとジャンプした。
(あれ?)
そして次の瞬間、私の足は目の前の空間に吸い込まれるようにして消えてしまったのである。
(あれ?え、ちょっとまって!)
足が消えた空間の先には、何かうっすらと扉のようなものが見えた。
(夢だよね?)
自分の足を追いかけていく夢なんて気味が悪い。そう思い始めていた。
しかし、現実でぐーすか寝ているのであろう私は起きる気配がない。
ここいらで布団をはいで、起き上がるのが悪夢から脱出する最短ルートだと思うのだが、いくら起きろ!起きろ!と念じても、私が現実世界に戻ることはなかった。
(仕方ない……)
所在不明の足を探す夢を追うしかないようだ。
私は諦めて、再び足の消えた先を見た。
今度は先程よりもハッキリと店とおぼしき扉が見える。
(いってみるか……)
私は意を決して扉に向かって行った。
……そういえば、足もないのにどうして意識を向けるだけで移動ができるのだろう?
その辺りも夢だからなのだろうか。
夢について疑問符を浮かべながら扉の前に立つ。
扉には、手彫りであろう文字で小さく「古具店 縁」と書かれていた。