『神ニアミス』【掌編・コメディ】
『神ニアミス』作:山田文公社
「突然で申し訳ありませんが、本日であなたの寿命は終了です」
黒ずくめの男が突然そう告げた。
「え、ええと……誰?」
俺はそう聞き返すと、黒ずくめの男は懐から名刺を取り出して、俺に手渡した。
「申し遅れました。わたし冥府の鬼籍の転籍管理しております、死神の倉田と申します。突然の告知に戸惑われるでしょうが、なにぶんこれも運命ですので、おとなしくこちらの指示に従って頂けたら、非常に助かるのですが……」
俺は男が何か宗教関係か何かの回し者としか思えず、つい口癖のように「結構です」と答えていた。しかし黒ずくめの男……倉田は尚もしつこ食い下がってきた。
「いえ、その受託拒否に関わらずに、非常に残念ながら今日があなた命日です」
俺は首を傾げながら、聞き返した。
「えーと、それはつまり死ぬって事?」
「オフコース、今日あなたは死にます」
微妙に使いどころが違う気がするが、そこは突っ込まないほうが良いと思い、そっとしておく事にした。
「宮村祐さんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「確かにあなたの名前は死亡リストに記載されております。鬼籍にも転籍予定日が書かれていますので……間違いありません」
倉田はノートと、台帳を見合わせながらそう言った。
「なに鬼籍って?」
俺はいまいち意味が分からずに倉田に尋ねると、倉田は驚いた様子で首を傾げながら、唇を軽く噛んだ後にゆっくりと説明を始めた。
「地獄の閻魔大王はご存じですよね? その地獄は正確には『冥府』と呼ばれておりまして、その冥府のアジア支部統括が閻魔支部長となっていまして、その管轄下の戸籍の事を『鬼籍』と呼んでいるのです」
「つまり……どういうこと?」
倉田は驚いた顔をして、眉の根を指で押さえた。
「えーつまり……、死んだ後の戸籍ですね」
ようやく俺は倉田の言葉が理解できた。つまり鬼籍とは戸籍らしい。
「で?」
それが、いったいどういう事か分からないので俺が聞いた。
「え? ええと、私が来た理由とかはご理解頂けてます?」
なにやら怪訝な顔で倉田は俺に尋ねてきた。
「何が?」
俺は分からずに聞き返した。
「私が来た理由……わかります?」
「さあ……」
「ええっ! 私の話を聞かれてました?」
「はい」
倉田は、なにやら呻き声を上げながら、頭を抱え首を傾げてみせた。そしてしばらくして、明後日の方向を見てから、なにやらリズムを取る仕草をみせてから、改まって説明し始めた。
「えー、うん、今日あなたは死にます。」
「なんで?」
「あーいや、ゴメンね、とにかく最後まで聞いて最後まで、それから質問受け付けるから」
「え、なんで今日俺死ぬの?」
「いや、だから……」
「あー、わかった。そう言って俺を騙そうとしているんでしょ?」
「いや、ね、少し黙って聞いて」
「先、言っておくけど俺、金無いから」
「だから……」
「とりあえず、俺バイトあるんで」
「ちょっと待てぃ!」
「なに?」
「黙って人の話を聞けないのか? おい、最後まで黙って聞けよ、大事な話だからさ!」
何故か突然、倉田は切れた。
「なんでキレてるの?」
「とにかく、今日君は死ぬから、死んだら、私に従って行動してください、いいですか?」
「はい……なんで?」
「うん、もうわかった。とにかく君は今日死ぬから」
そう言い倉田は投げやりに言った。
「いや、死ぬのは分かったけどさ、何で死ぬの?」
俺の質問に倉田は面倒臭そうにしながら、ノートを開いた。
「じゃあ、本来は教えたら未来が変わる場合もあるから駄目だけど、大丈夫そうだから教えますけど……ええと、宮村祐、慢性腎炎による急性腹膜炎を発症し死亡……と」
「慢性腎炎?」
「腎臓の病気」
「俺、腎臓の病気とか無いけど」
驚いたように倉田は聞き返してきた。
「……ないの?」
「それ、間違ってね?」
そう言い倉田は再度読み直した。
「えぇ、まさかぁ……嘘」
ノートをパラパラとめくって、倉田は驚くように声を上げた。
「あのー、いま62歳ではないですよね?」
「俺、そんな老けて見えるの?!」
「どうみても20代ですよね……そうですよね」
そう言い、倉田はノートを閉じて、軽く頷きを繰り返しながら、首を明後日の方向に向けて歩き始めた。しばらく歩いてからこちらに向き直り深く頭を下げた。
「本当に申し訳ない、人違いでした!」
そう言い倉田は走って逃げて去った。
「なんだっんだ? あいつ」
そう言い宮村祐はバイトに向かう。
ときどき地上に起きる神と人のニアミスは、こんな風して気づかれる事無く、誰にも語られずに人知れず消えていく。
お読み頂きありがとうございました。