おしゃべりな階段と、特進クラスのひだまり
気楽に読んで
おしゃべりな階段と、特進クラスのひだまり
「僕は学び舎のちいさな階段。毎日、たくさんの生徒たちの足音を聴きながら、みんなの心の葛藤をずっと見守ってきたんだ。楽しい足音、弾む足音……そして、時には涙で重たくなった足音もね」
ある夏の終わりの午後、外では温かい雨がしとしとと静かに降っていました。
特進クラスに入学して間もない男の子・タツオは、放課後の人気のない教室で、担任のレン先生の前に立ち、声を震わせながら一生懸命に胸の内を訴えていました。
「レン先生……! 僕はもう、この特進クラスの厳しいお勉強についていけそうにありません。毎日必死に机に向かっているのに、どうしてもみんなに追いつけなくて……胸の奥が、ずっと苦しくて張り裂けそうなんです。どうか、僕のクラスを変えてください……!」
タツオの目からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち、床に小さな雨模様を作っていました。
その涙には、慣れない環境で一人で抱え込んできた、果てしない苦労と寂しさが滲んでいました。
実はその少し前、タツオは僕(階段)のところで、ちょっぴり切ない経験をしていました。
タツオがいつものように、ちいさな木の手箒を持って、僕のステップを一段ずつ丁寧に掃き掃除してくれていた時のことです。
そこへ、先生にいつも褒められている優秀な女の子・ルナが現れました。
ルナはおもむろに扇風機を壁のコンセントに繋ぐと、タツオが一生懸命に集めていた埃を、ぶうんと強い風で吹き飛ばしてしまったのです。
「ちょっと、タツオくん! お掃除はそんな風にちまちまやるんじゃなくて、こうやって一気に吹き飛ばすものよ!」
ルナはそう言って、ツンとすました顔をして立ち去っていきました。
タツオは教室でそのことを思い出しながら、しゃくりあげてレン先生に訴え続けました。
「ルナさんを悪者にしてまで、クラスを変えてほしいわけじゃないんです。でも……あんな風に言われて、僕、自分の頑張りを全部否定されたみたいで、本当に悲しかった。レン先生、先生にも何かお考えがあって、ルナさんにそんな指示を出したのかもしれません。お願いです、どうか先生の本当の心を教えてくれませんか?」
レン先生はひどく難しい顔をして、ぎゅっと唇を噛みしめ、じっと黙ってしまいました。
教室の入り口の影には、タツオのことが心配で残っていた何人かの仲間たちもいましたが、先生のあまりにも切なげな表情を見て、みんな静かに言葉を失っていました。
しばらくの長い、重たい沈黙のあと、タツオは涙をぐっと拭い、まっすぐレン先生の目を見つめて、きっぱりと言いました。
「……レン先生、黙っているなんてずるいです。そんな風に、ルナさんを使って僕を傷つけるようなやり方は、間違っています!」
「……! タツオくん、君は……」
先生は一瞬、ハッとしたように目を見開きました。
実は先生の胸の内は、こうだったのです。先生はタツオがクラスの重圧に押しつぶされそうになっているのを知っていました。
だから、タツオをわざと怒らせて『もう嫌だ、クラスを変えてほしい』と言わせるために、裏でルナに『タツオくんに少し意地悪な風を吹かせておくれ』と不器用なお願いをしていたのです。
タツオが自ら進んで別のクラスへ移れるよう、正当な理由を作ってあげようとした、先生なりの秘密の作戦(裏の優しさ)だったのです。
すべてを察したタツオは、これまでの苦しかった涙をそっと拭い、今度はレン先生に向かって優しく微笑みました。
「先生、気づけなくて、わがままを言ってごめんなさい。このクラスでどこまで頑張れるか、今の僕にはまだ分からないけれど……もう一度、自分の足で一歩ずつやってみるよ。僕は今日、先生のその不器用な優しさに、大切な心を育てられました」
レン先生は驚き、タツオの心の広さに深く感動して、その大きな目に静かに涙を浮かべました。
「ありがとう、タツオくん。……本当に、よく気づいてくれたね。君は私が思っていたよりも、ずっと人の気持ちが分かる強い男の子だ。よし、一緒に頑張ろう。いつでも私は君の味方だからね」
それからのタツオは、お勉強の嵐にも負けず、一歩一歩を一生懸命に歩み始めました。
とはいえ、時にはやっぱり『もう夢なんて見ないや!』とへそを曲げてみたり、わがままを言って先生を困らせたりもします。
でも、レン先生はそんな天天真爛漫なタツオの姿を見るたびに、困ったように笑いながら、毎日「頑張れ、頑張れ」と、心の中で温かいエールを送ることが日課になっていきました。
タツオに振り回されながらも、先生の胸の奥は、いつの間にかぽかぽかとした幸せな絆で満たされていたのです。
「僕は学び舎の階段。今日も先生とタツオは、なんだかんだと言いながら、とっても上手くやっているよ」
僕(階段)には、今年の素晴らしい目標ができました。
それは、あの日声を大にして泣いていたタツオの姿を、ちょっぴり怖がって遠巻きに見ていた他の生徒たちに、タツオの優しさや『人の気持ちを思いやる温かさ』を、タツオが毎日トントンと刻む優しい足音を通して、それとなく教えてあげることです。
今日もタツオがピカピカに磨いてくれた僕のステップには、あの日の温かい雨が上がったあとの虹のような、優しい光がキラキラとみんなの足元を照らし続けているのでした。
(おしまい)
気楽に読んで




