役者が降りて、舞台は終わる
どれぐらい気を失っていたんだろう。
全身に走る痛みが意識を呼び起こした時、横たわったジークが、槍の突き刺さった傷を治癒魔法で塞いでいた。
しかし、その魔法は精彩を欠き、一命は取り留めたものの剣を握る余力は無い。
「……とどめを刺すなら今ですよ」
力無く開かれた瞳は、天井画を見つめていた。
信じる神に見守られながら、ジークは薄く微笑んだ。
その頬に、涙を細く落としながら。
「……もう指一本すら動かないんだ。悪いけど、生きるも死ぬも自分で決めてくれ」
「まさか、私が負けて改宗したとでも思っていますか? 生き長らえたら、今度こそ魔族を討ちますよ」
「……やめてくれ。魔族の中にも良いやつはたくさんいるんだ」
フッ、と短く笑ったことが傷に響いたのか、ジークが顔を歪ませた。
その思想は一切認められないが、同じ人間なんだから。
これまで出会ってきた魔族達よりも、根っこの部分では理解が出来るはずなんだ。
「ジークは何でそんなに魔族を嫌うんだ?」
浅い知識しかないが、俺も聖書に目を通したことはある。
それに魔族を滅ぼせ、なんて一文が書いてあったとは思えなかった。
解釈の問題かもしれないが、神以外の精霊を信じる魔族は罪深い程度の記述だったと記憶している。
「……私は魔族が嫌いというより、この世界そのものが嫌いなんですよ」
賄賂をはじめとした汚職に塗れた教会が嫌い。
治癒魔法が使えることで驕り昂る神官が嫌い。
神を信じないのに治癒魔法が使えないことを嘆く冒険者が嫌い。
「魔族を滅ぼし、教会の膿を出し切る。そして、神の求めた素晴らしく美しい世界を──。というのが私の目的です」
お人好しのネモさんには分からないでしょうね、と口角を上げた。
何て自分勝手なんだ、と呆れてしまう。
そして、仲間内と揉めている印象だったことにも合点がいった。
「分からない……とも言い切れないな。俺も、世界を憎んでいたから」
冒険者として成果を出せず、実力を示せず、仲間から見捨てられて。
世界は希望に満ちているなんて、あの頃の俺が言える訳がない。
だから、ジークの過激な思想を認めることはできないけれど、ジークの言葉の源泉が汚れているとは思えなかった。
「そうでしょうね。貴方からは私と同じ匂いを感じましたから。……だからこそ分からない。なぜ、ここまで魔族に肩入れするのですか?」
初めてジークと目が合った気がした。
殺気も狂気も孕まない彼の瞳は、冒険者時代に憧れた何気ない語らいを思わせる。
ギルドの酒場でジョッキを交わす二人を想像した。
楽しくて、つい酔うまで飲んでしまう日もあるかもしれないな。
「俺の名前、ネモって名前は愛の精霊の加護を受けるらしい。だからじゃないかな」
「……くだらない。ネモは″誰でもない、何者でもない″という意味ですよ」
「ハハッ、そりゃあ笑えるな。何者にもなれなかったわけだ」
力無い笑い声が、ゆっくりと混ざり合う。
ジークの行いを許すつもりはないが、なにせ指一本すら動かせない。
だから、このまま逃げられたって俺にはどうすることも出来ないんだ。
どうにか立ち上がれるまでは回復したジークは、俺を見下ろして右手を向ける。
だが、溜息を吐いて踵を返すだけだった。
「トドメを刺さなくていいのか?」
「次に会う時は、今度こそ燃やしてあげますよ。今回は私の負けです」
「何度だって戦ってやるさ。俺はお前にとってのボスだからな」
大聖堂を後にしたジークの背中は、真っ直ぐに伸びていた。
教会とは別に、聖イグナシアを信奉する組織を作られたら危ないかもしれない。
だけど、思想が相容れないのはしょうがない。
俺は俺の信念を、俺の仲間を信じて守るだけだ。
張り詰めていた緊張が緩み、全身の痛みが身体を巡る。
視界が白くなり、意識が飛びそうになった時。
「ネモッ!!」
愛する女性の声が聞こえる。
遠のいた意識が引き寄せられて、もう一度ルナリスの顔を見ることが出来た。
「……帰るって言ったのに迎えに来てもらっちゃったな」
銀色の髪が、頬に落ちてくる。
赤い瞳から溢れた涙が、痛みを和らげた。
「本当だよ……。これからは、ちゃんと自分の足で帰ってきて『ただいま』って言ってね」
「そうだな……。約束するよ」
右目が無事で良かった。
ルナリスのこの笑顔が見れたなら、他には何もいらない。
この感情は、言葉にしなくても伝わっているのかもしれない。
だけど、ちゃんと言葉にしよう。
俺と彼女は他人で、人間と魔族なんだから。
だからこそ、違いを見つけて笑い合おう。
これからも、ずっと。
「ルナリス。愛してる」
「私も愛してるよ。ネモ」
触れた唇が、時間を止めた。
魅力の欠片なんて無くても、彼女は誰よりも輝いていた。




