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炎は俺を赦さない

 階段を駆け上がると、ステンドグラス越しの淡い光に照らし出される。

 虹のように煌めく階段と赤く染め上げられた扉が、いつかのソリシアを思い出させた。

 慌てた神官の大声が漏れるこの部屋に、あいつがいるんだ……。


「と、とにかく! 魔族が大聖堂の地下にダンジョンを作っているんだ! いざという時の為にお前がいるんだから行ってこい、ジーク!!」


 神官が閉め忘れた扉の隙間から様子を伺うと、溜息を吐きながら丁寧に本を閉じるジークの姿が見える。

 神官との関係性がわからないが、あまり親密ではなさそうだ。

 思い返せばジークはソリシアでも周囲と揉めていたように思える。


「賄賂が常習化したり、横柄な態度を取るから信用を無くすのですよ。怪我や病気に苦しむ冒険者を誠実に治療していれば、こんなことにはなり得ません」


 剣を手に取り、読んでいた本を神官に手渡した。

 それは冒険者時代の俺ですら手に取ったことのある教会の聖書だ。

 取り繕った笑顔を貼り付け、低い声で神官に囁いた。


「この本には神を信じる者を救えと書いてあるはずです。貴方にへりくだるものを救えという一文はありませんよ?」


 鞘から剣を抜き、神官に向けて構える。

 ジークに背中を向けて、俺のいる扉の方へ喚きながら神官が走ってきた。


「もっとも、私に人間を裁く権利はありません。全てはイグナシア神のご判断に委ねられます。……とはいえ、そこにいる侵入者を排除しておきましょう」


 ジークの一閃が、金色の炎となって扉めがけて延びてくる。

 かろうじて避けたものの、扉が溶けたことでジークと視線がぶつかった。

 三度目の対峙となると、縁があるとしか思えないな。


「おや? ネモさんじゃないですか。こんなところで神官のローブを着て何を……。ついに神に帰依される決心がついたのですか?」


「笑えないな、ジーク。この世に神と二人きりになったとしても、俺は神を信じないぞ」


 左目の奥が、燃えるように熱くなっていく。

 霊樹の蜜が全身を巡り、鼓動が息を短くする。

 ジークの魔力の高さを肌で感じるが、以前ほどの力の差は感じなくなっていた。


「安心してください。全能の神は不敬な貴方をも赦すでしょう。さぁ、共に地下に湧いたという魔族を……。ネモさん? その紋様は……?」


 左目から巡っていく魔力が、全身に有紋族を思わせる紋様を描きだす。

 琥珀色に走る線が、湧き出る魔力を効率的に操り。

 一足でジークの間合いまで飛び込んだ。


「悪いな、俺はもう人間じゃないかもしれないんだ」


 有瘤族の硬い筋肉が発現し、ジークの剣を力づくで弾き飛ばす。

 だが、武器を失ったはずなのに、見たこともない笑顔を浮かべた。

 七魔族に見られるような身体的特徴がないのにも関わらず、その笑顔は魔性を孕んでいる。


「お気になさらず。人間じゃないのなら、私が裁くことを神はお赦しくださる」


 ジークの広げた手のひらに視界を塞がれる──気配を感じ取った。

 咄嗟に身を翻すと、予見した通りにジークが金色の炎を手のひらから吐き出して見せる。

 数秒前まで俺の頭があった位置に、神の怒りとも表されるような炎が轟々と音を立てていた。


「……その動き、まるで有鱗族のようですね。彼らは魔力源を感知することで相手の動きを予測すると言われていますが……。その魔力を帯びた鱗と関係があるのですか?」


 琥珀色の鱗が、俺の皮膚を覆っていた。

 ギルフォードのように紙一重で攻撃を回避できるほど器用ではないが、鱗に触れる殺気を知覚している。

 だからこそ、ジークの狂気の深淵に触れてしまった。

 これが、魔族に向けていた本当の殺気か。


 霊樹の力を持ってして、ようやく互角といえる剣の腕。

 致命傷になり得る一撃を与えれば、治癒魔法で傷は元通りにされ。

 ジークの振る剣は、魔力で纏った魔力の殻にヒビを入れた。


「……治癒魔法が使える剣士なんて反則だな」


「私の……ジークという名前には”神の勝利”という意味があります。この誇らしい名前を持つ私に、敗北は赦されません」


 誰よりも神の加護を受けた者。

 俺とは正反対の景色を見てきたんだろう。

 しかし、誇りを掲げたジークの目は、俺の視線とぶつかると、迷うように床に逸れる。


 初めて、ジークの隙が見えた気がした。

 俺が勝つには、ここで全てを出すしかない!


 左目の奥で、火花のような閃光が散る。

 全身が熱くなり、臍の下で魔力が破裂するかのように爆ぜた。

 溢れる力で、視界が白く濁っていく。


「今度は有尾族の尻尾ですか……。それと、左目から突き出してるのは花ですか? いよいよ化け物じみてきましたね……」


 ジークの言葉が、唇の動きとズレて聞こえた。

 左目の辺りから漂う、花びらのような柔らかい香りが鼻をくすぐる。

 思考が、ぼやけるほどの、魔力が身体を。


「化け物でいいんだ。俺はダンジョンのボスだからな」


 臍の奥から生えた尻尾が、敵を置き去りにする脚力を支えた。

 筋肉の硬くする瘤が、敵の守りを砕く。

 動きを察知する鱗が、敵の隙を教えてくれた。

 身体を包む殻が、敵の反撃を受け止めて。

 左目に咲いた花が、際限ない魔力を生み。

 全身に巡る紋様が、溢れる魔力を操った。


 治癒魔法が間に合わないほどの乱撃を、身体が壊れるまで繰り返して。

 お互いの血と息が混ざる頃、ようやくジークの膝が折れた。


「お、おれの……、か、勝ち……」


 舌がもつれて言葉が出ない。

 心臓の音が耳元で鳴り止まない。

 足がもつれて、吐き気が込み上げてきた。

 許容量を超えた魔力の反動で、意識が飛びそうになる。


 頭が真っ白になり、加速する拍動に飲み込まれる瞬間──。

 目覚めの鐘のような、爽やかな歌が大聖堂に響き渡った。

 いつか聴いたセレナの声ではなく。

 何度も耳にしたルナリスの声で。


「──ッ!? ガハッ、ハァ……ハァ……」


 遠のいた意識が、現実に引き寄せられる。

 全身に走る痛みと共に、視界にかかっていた白い靄が晴れていった。

 血反吐を吐く俺を見向きもせず、ジークはルナリスの歌に誘われたように足を引き摺る。


「ぜ、全部あの有紋族が……。あの娘がいなければ……」


 歯を食いしばりながら、ジークが右手に魔力を込めた。

 吹き抜けから地下に向かって、金色の炎を放つ瞬間。

 構えも型もかなぐり捨てて、不恰好な体当たりをジークの背中にお見舞いした。

 地下に向かって堕ちていく最中、金色の炎が俺の身体に燃え広がっていく。


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