試す者、試される者
明滅する照明は舞台上の凶行を、より脳裏に焼き付ける。
剣の軌跡がコマ送りに見えた。
照明が完全に落ちる瞬間、銀髪で隠れるその顔には。
うっすらと笑みが浮かんでいた。
耳をつんざく悲鳴と、冒険者達の怒号。
ようやく救いの手を差し伸べてくれた聖女が、教会の刃によって地に伏した。
赦されるわけがない。赦していいはずかない。
「その神官を逃すなぁぁ!! ルナリス様の仇を取れぇぇぇ!!」
熱は十分過ぎるほどに高まり、仕込みや芝居など無くても、自然と誰かが声をあげた。
暗がりの中、俺は急いで階段を昇る。
大丈夫。ルナリス達ならきっと上手くやるはずだ──。
◇
魔王城で作戦の全貌を話した時、部屋中にカタリナの笑い声が響いた。
「教会の神官達への憎しみを増長させて、神への信仰を剥がそうってこと!? ネモも立派な悪人ね!」
「ネ、ネモは自作自演が得意なんです! ダンジョンのボスになったばかりの頃も、週末限定で開いてるダンジョンって噂を広めたよね!?」
ルナリスのフォローで、カタリナの笑い声が一層大きくなる。
弁解しようとしてくれている姿勢は嬉しいが、立つ瀬がないので程々にしてほしい……。
神と魔王の全面戦争の裏で、企んでいるのは小賢しい芝居だ。
呆れられるのを覚悟していたが、みんな実現可否について頭を悩ませてくれていた。
「照明と音響かぁ……。確かに上手くやれば演出の効果は何倍にもなるだろうなぁ……」
「コエをダンジョンにヒビカセルのは、ワリトカンタン」
「食糧の確保か。有尾族にとってネモは同胞を救った英雄だ。多少の言うことは聞くが、人間に与えるとなると……。説得に少し時間をくれ」
「ノルディアには私から声をかけてあげるわ。霊樹のこともあるし、私が行けば反対はされないんじゃないかしら」
レンゾー、ボルネ、ソルド、カタリナと自分達の対応箇所を想像しながら意見をくれる。
苦々しい顔を浮かべるのは、ララだけだった。
無理もない。今回の作戦はララに頼るところが多過ぎる。
「大聖堂の地下にダンジョンを作る。これは何とかするよ。ギルフォードの処遇。納得はいかないけど、ネモが決闘をして倒したんだ、ネモの一存に委ねるべきかもね。でもさ……」
不信感を隠そうともせず、苛立つように指を鳴らす。
答えによっては許さない、とでも言うように俺に向き合った。
ララには悪いが、俺はそれが少し嬉しかった。
「ルナリスの代わりに僕をステージに上げて、僕を斬るって!? 魔導人形だったら死なないから構わないってこと!?」
ララの姿はルナリスをモデルとして作られている。
性格の違いから表情の作り方や仕草で見分けがつくものの、ステージ上で動きを指定しまえば判別はしづらい。
マーテルの巫女として衣装を着れば、魔導人形であることを隠せる。
拡声装置を通して、別室でルナリスの声を当てれば雰囲気を似せる必要もない。
そして、ルナリスの神秘性を上げる為に、教会の信用を失墜させる為に──。
「……あぁ。ルナリスは教会の手にかけられて死んでしまったと見せかける。そして、それが甦った時、その奇跡はルナリスへの信仰を本物にするんだ」
ルナリスが甦ったという奇跡を目の当たりにした俺にはわかる。
人は奇跡を間近で見せられると、理屈ではなく魂で信じてしまう。
それが、神への信仰を剥がしとる最後の一手。
「ララが倒れたところで、入れ替わるようにルナリスが現れる。救世主の死に嘆き悲しんだ後、復活するなんて奇跡を見せられたら信仰せざるを得ない」
「ネモッ! ララが言ってるのはそういうことじゃ──」
「ルナリス。斬られるのは僕だ。怒っていいのは僕なんだ。他の誰にも、この権利は渡さない」
この作戦を話した口にした時、こうなる事を恐らく全員が察していた。
他の誰よりも、ルナリスに迷いが生じることを。
自分が担がれることへの抵抗と、明確に教会を罠に嵌めようとする悪質さと、ララを犠牲にするような残酷さ。
そして、ララは真っ先に動いてくれた。
自分が怒りを露わにすることで、ルナリスの言葉を封じてしまう。
同じ顔をした姉の背中を押すように。
「僕は本来身体を持たない魔石生命体だ。マーテルの欠片なんていう君達とは根本から違う存在だ。だから、仲間でも斬れるってこと?」
「違う。あの日……ジークにルナリスを焼かれた日、ララは力の限りを尽くしてルナリスを守った。君は誰よりもルナリスを想っている。だから、この役目を任せたいんだ」
魔石が砕けても再会することが出来た。
俺が斬ったところで、ララの意識にはさして影響はないかもしれない。
だから、これはただのけじめだ。
一足早い三文芝居だ。
だけど、つい声を震わせてしまう。
堪えたはずなのに、視界が滲んでしまった。
ぼやけたララの顔は、涙のせいなのか俺と同じように歪んでいるように見える。
「泣くなよ、ボスなんだから」
「泣くさ。仲間を斬るんだから」
暴走した神官や狂信的な信者がステージに上がってしまう可能性もある。
信仰を集めるというのは、それだけ危険と隣り合わせなんだ。
一度命を失ったルナリスを、もう一度同じ目に合わせない為に、こんな作戦しか思いつけなかった。
鼻を啜る音が二つ聞こえる。
背中を向けたルナリスも、肩を震わせていた。




