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舞台は一人じゃ作れない

「すみません、戦死した仲間の埋葬をお願いしたいのですが……」


 大聖堂の扉を潜ると、負傷した冒険者や病気の市民が溢れていた。

 腐乱臭は薬草や魔法で抑えられているとはいえ、怪我人や病人が放つささくれ立った感情は殺気に似て空気を淀ませる。

 大聖堂に飾られた煌びやかな調度品や荘厳な天井画が、苦痛に呻く人々の汚れた身なりを一層際立たせていた。


「戦死者か……。金はあるのか? 多く出せるなら優先的に処理するぞ」


 教会の末端だろう神官が、隠そうともせずに賄賂を要求する。

 神への信仰心が高く、素質のある者だけが治癒魔法を使えるから。

 自分を特別だと思い、平気で人の足元を見てくる。


「いくらあればすぐに対応してもらえますか? 銀貨四枚ぐらいならなんとか……」


「銀貨四枚? さっさと帰るか、列の後ろに並びな! もっとも、それぐらいしか払えないようだと二、三日後になるだろうがな」


 野良犬を追い払うように舌打ちをされ、別の冒険者に押し除けられる。

 身なりからして余裕がありそうな剣士が、慣れた手つきでポケットから金貨を取り出すのが見て取れた。

 俺は咳払いを一つして、神官の腕に縋り付く。

 出来るだけ悲壮感をたっぷりと、大聖堂に響くような大きな声で。


「お願いします! 二、三日も放置してたら遺体が腐っちまう! もう蛆が湧いちまってるんです。お願いですから聖イグナシア神のご加護を……」


「くどいぞ! 金のないやつが神の加護を受けられると思うな! どうせ、実力に見合わないダンジョンにでも潜ったんだろ」


 周囲の人から視線を感じた。

 それはまだ同情ではなく、厄介者を見る冷めたい目。

 わざとらしく咽せながら、包帯で覆われた左目を抑えて演技を続ける。


「そ、そんな……! ドルバスの兄貴は教会の命令でグラディアを攻め込んだんだぞ! それで命を落としたってのに、埋葬もしてもらえないのかよ!!」


 俺に集まった視線が、徐々に熱を帯びていく。

 傷だらけの冒険者達の中には、教会からの依頼をこなしてきた者も少なくない。

 そして、その教会の横柄な態度に不満が募っているのは、俺自身が冒険者として肌で感じていた。

 血を流し、肉を削がれ、命を掛けた上で、賄賂を要求されているんだ。

 堰き止められた不満を、溢れさせるにはキッカケがあればいい。


「戦死者の埋葬すらしてやらねぇのかよ……。教会のやつらはお高く止まってんな」


「今ここにいるのは魔王城遠征に加わらなかった雑魚なんだろ? 聖騎士団にひっついてるだけの神官が偉そうにしやがって」


「ドルバスってあの乱暴な男のことだよな。よく酒場で教会から仕事を貰ったって偉そうにしてたぜ。やっぱり教会に騙されてたんだ……」


 波紋が、広がっていく。

 ノルディアの図書館で有紋族に囲まれ糾弾されたことを思い出す。

 周りが敵意を持って睨み、恨み言を吐いてくる恐怖。

 青ざめていく神官の気持ちは、俺が一番わかってやれる。


 あの時は、俺にはルナリスがいてくれた。

 だが、この神官に助け舟は来ない。

 怒りが伝染していく中、大聖堂の扉から二人の人影が現れた。


「ま、魔族だ!! 有尾族が攻めてきたぞ! グラディアの復讐をしに来やがったんだ!!」


 ローブを深く被った右腕のない男が大声をあげる。

 その舌が二つに割れていることに、頭に血が昇った人々は気付かない。

 もう一人、全身を覆う包帯がローブで隠しきれていない女性が床に崩れかける。


「た、たすけてー。私達は近くの村人よー。火を放たれて火傷を負ってしまったわー」


 魔族に襲われた村人に扮するカタリナの棒読みの言葉が、大聖堂に沈黙をもたらした。

 横に立つギルフォードの顔が引き攣っているのが、人混みの隙間から見て取れる。


 演技が出来ないなら、そう言ってくれ……。

 しかし、俺の心配は杞憂に終わった。

 ギルフォードとカタリナを押し退けるように、慌てた市民達が大聖堂に押し寄せてくる。


「た、助けてくれぇ!! せ、聖騎士団はいないのか!!」


「冒険者ギルドに行ったら、ほとんどが魔王城に向かっちまったって聞いたぞ! 怪我をしてる冒険者を治して早く迎え撃ってくれよ!」


 沈黙は混乱に。不満は教会に。

 末端の神官では抑えきれない喧騒が、大聖堂の吹き抜けを貫いていた。

 俺のつけた火は、思いの外大きく、そして早く燃え広がる。


 そろそろか。

 足の裏から拍動のような揺れを感じる。

 花瓶を始めとした高級そうな陶器が、床に落ちて割れたころ、誰もがその地震に足を取られていた。


 蟻地獄のようにすり鉢状に崩れていく石床が、大聖堂に集まった人達を飲み込んでいく。

 天井画に描かれた神を表す不死鳥が遠のき、まるで見放されたかのようにも見えた。

 ララの作り上げた地下のダンジョンに落ちたカリデアの人々は、目まぐるしい展開と暗闇に悲鳴をあげている。


 ここまで混乱してしまえば、もう冒険者の振りをする必要はない。

 人混みに紛れ、暗闇の中で指笛を吹いて合図を送った。

 レンゾーの用意した照明が、漆黒の中で一人の少女を照らし出す。

 ステージに浮かぶ銀髪は神秘的で、この混乱を納めてくれる女神なのかと錯覚してしまった。

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