懐かしい街
このカリデアの門をくぐるのは、いつぶりだろう。
古井戸のダンジョンに冒険者を呼び込む為に、噂を流して以来か?
包帯で左目を覆い、一人で荷車を引いて歩くと、負傷した仲間を連れて帰った冒険者時代を思い出す。
他人と比べて上達しない技や魔法。
馴染めないパーティ。
ギルドで聞こえてくる嘲笑。
忘れるわけがない。
だけど、不安や苛立ちの鮮度は落ちていた。
自分を信じられるようになると、こんなにも見える世界が変わるのかと思わず笑みが溢れる。
「ララ、着いたぞ」
天高く延びる尖塔を見上げた。
大聖堂を前にして、俺は石畳にそっと手を触れる。
魔力をゆっくりと染み込ませるように、地下深くにダンジョンを形成したララに呼びかけた。
今日、俺達はカリデアを落とす。
◇
「カリデアを落とす!? あそこは聖騎士団も冒険者もわんさかいるんだよ! 僕らよりもネモが一番わかってるでしょ!!」
魔王城でみんなに作戦を説明すると、真っ先に食ってかかったのはララだった。
誰よりも多才なララだからこそ、その難しさを理解しているのかもしれない。
会議のために借りた部屋を、落ち着きなくうろつき頭を抱えていた。
「……カリデアの占拠については置いておくとして……。この作戦のゴールは何なの?」
考える時の癖なのか手首を外したり、付けたりしているララが、真っ直ぐな瞳で問いかけてくる。
ララなりに実現に向けて策を練ろうとしてくれているのが分かるからこそ、その姿勢が何よりも嬉しい。
ルナリスの淹れてくれたお茶を飲みながら、一呼吸おいて説明をする。
「ゴールに考えているのは、神と魔王の弱体化だ。前にも話したと思うが、その二人の信仰、推しをルナリスに向けることで弱体化を図る」
「カリデアを占拠してどうするのさ……。まさか……」
ララも話をしていて気がついたのか、眉を歪め口を押さえた。
きっと、俺は意地悪く口角が上がっていたことだろう。
俺とララの視線がルナリスに向けられる。
「カリデアの中心、教会の本拠地となる大聖堂でルナリスの為のステージを作る! 神に向けられた信仰を、ルナリスに向けて神の力を弱めるんだ!」
呆れるように笑うララを横目に、それまで黙っていたレンゾーやソルドが声をあげる。
当の本人であるルナリスは、会議の熱に慌てながらも一度静観することを決めたようだった。
カタリナとボルネのティーカップを溢さんばかりの勢いで、ソルドが机に拳を打ちつける。
「教会が祀る神を弱らせるのは良いとして、魔王様を弱らせるとはどういうことだっ!!」
「ソルド、落ち着きなさい。これはノスフェリウス本人にネモから伝えていることよ。そして、彼自身の悲願でもある」
カタリナの言葉を聞いても、ソルドは半信半疑のようで振り下ろした拳の行き先を無くしていた。
ここにいる誰よりも魔王に忠誠を尽くすソルドにとっては、受け入れ難い話のはずだ。
しかし、カタリナの言う通り、魔王自身にも既に話は通していた。
『魔王というのは退屈なものだ。遥か昔の功績を伝説として崇められ、この城にいるだけの私を信仰し推してしまう……』
この星のボスになる、と宣言したあの席で。
作戦の概要を説明してみせると、魔王は溜息と共に愚痴を溢した。
俺とギルフォードしかいなかったから出た言葉なんだろう。
強大すぎる魔力によって不死となった魔王は、過信による際限ない信仰に苦しんでいた。
自分を慕うソルドのような部下や、多くの魔族に、その姿を見せないからこそ生まれるジレンマ。
それは、魔王にかけられた呪いに思えた。
傲慢かもしれないが、俺は出来るなら魔王のことも救ってやりたいんだ。
「ネモよぉ、そのステージってのはファルジアの時にやったもんを想像してるよなぁ。あれは見応えがあったが、神や魔王様への信仰を無くさせるってのは無理じゃねぇか?」
レンゾーは蓄えた髭を触りながら、気まずそうに指摘をしてくれる。
職人としてを舞台や装置を手掛けるからこそ、具体的なイメージが浮かばないのかもしれない。
音を立てながらお茶を飲み、俺の次の言葉を待っていた。
「全ての信者を心変わりさせるのはさすがに無理だと思う。だけど、流れを作ることは出来るはずだ。『ルナリスを推してみよう』と思わせる流れを」
「ダイセイドウでルナリスがオドレばナガレがデキル?」
ボルネの疑問はもっともだ。
いくら特別な場所をステージにしたところで、そこは神のお膝元。
物珍しい催しにしか見えないだろうな。
「そもそも、私のパフォーマンスで人を集められるかな……。ご、ごめん。弱気はダメだよね。頑張るよ!」
自分に言い聞かせるよえに決意を言葉にするルナリスは、ティーカップから伝わる微かな熱を両手で包んでいた。
手のひらから漏れ出る自信を抑えるかのように。
みんなの視線が、小さな蝋燭の火のようにか細く揺れていた。
「いくらかみんなの力を借りなきゃいけない。でも、教会の暴走を止めつつ、魔王の負担を減らすにはこれしかないと思っているんだ……。力を貸して欲しい」
頭を下げている間、胸が締め付けられるようだった。
もし、落胆の表情を浮かべられていたら……。
俺の作戦にも穴はあるはずだ。浅はかな考えだと、呆れられるかもしれない。
でも、俺はみんなを信じたい。
力を貸してくれると、俺を信じてくれると。
ゆっくりと顔をあげると、全員が微笑み温かい瞳を俺に向けてくれていた。
左目から熱く燃えるような魔力が、全身を巡る。
俺には俺を信じてくれる仲間が、こんなにもいるんだ。
「ありがとう……。まず最初の準備なんだけど、俺は冒険者としてカリデアに戻るよ」




