それが正義なんだと信じたくて
「……ドルバスは仲間じゃなかったのか?」
「仲間? 海賊に仲間なんている訳ねぇだろ。俺にいるのは手下と、客と、商品だけだ」
ドルバスの身体を跨ぎ、彼が持っていたアイテムを盗む手際に無駄はない。
奥歯の削れる音が、骨を伝って身体に響いた。
熱い血液が左目に昇っていく。
「ギルフォード……、お前は間違ってる……」
「今更何を言ってんだ。変な力を手に入れてのぼせてんのか?」
ドルバスを足蹴にして、ギルフォードは語る。
その表情に、悔いや恨みはなく、声は明るく弾んでいた。
「この世は弱肉強食なんだ。教会が有翼族より強かったからソリシアは陥落した。有尾族より強かったからグラディアは滅んだ」
怪しい煙草は吸っていない。
これは紛れもないギルフォード自身の言葉だ。
「ドルバスよりもネモの方が強かった。そして、俺はネモよりも強い。だから、俺はドルバスを食った」
ゆっくりと俺の間合いに歩み寄る。
肩に担いだ剣は、隙だらけのはずなのに。
俺の太刀筋を簡単に受け止めてしまった。
「安心しろ。グラディアの再建は儲かりそうだ。しっかり直してやるよ。十分稼いだら、またぶっ壊せばいい」
上機嫌に跳ねる舌先を見て、心がざわつく。
魔力が身体を駆け巡っているものの、振り下ろした剣をかわされてしまった。
ギルフォードの鱗が、雨粒を弾き怪しい光を放っている。
「随分と魔力量が増えてるじゃねぇか。何があったのか知らねぇが、その左目にネタがあるんだろ? あんまり暴れるようなら間違えて突いちまうぞ」
挑発するように、俺の肩を包む殻を突く。
痛みはそれほど無かったが、ギルフォードの剣筋を止めることが出来ない。
有瘤族の攻撃力を、有殻族の守備力を、有紋族の魔力操作を身に付けても。
ギルフォードとの力の差が、まだ埋まりきっていなかった。
しかし、それでも……。
「弱肉強食だって言うなら、俺の方が強くなってやるよ、ギルフォードォォ!!」
「調子に乗んなよ、三下がぁぁ!!」
ギルフォードの剣戟に、身体がどんどんと削られていく。
一撃の重さでは勝っていても、滑るように動く剣捌きが捉えられない。
二度、三度と当たらない太刀筋をかわされ、霰のような突きで肉を穿たれた。
「ハァ……、ハァ……、随分しぶといじゃねぇか……。でも、この調子ならお前が蜂の巣になって終わりだな……」
「……ぐっ……。ど、どうだかな……。だんだん動きが鈍くなってるんじゃないか? さっきに比べて余裕がなさそうだぞ」
ギルフォードの息は上がっていた。
当たらないと思っていた攻撃も、徐々に受け始め、高い回避力にも限界が見えてくる。
血を流す俺に比べれば、ギルフォードの外傷は少ないはずだが、身体が悲鳴を上げるように咳こみ始めた。
「……あの煙草を吸ってなければ、お前の勝ちだったかもな!」
歯を食いしばり、体重を乗せた袈裟斬りが、ギルフォードの肉を斬る。
硬い鱗が刃を受け止め、勝負を決める一撃には至らなかった。
膝を着きそうになるギルフォードの目がギョロリと動く。
視線の先には、ルナリスと青ざめた有尾族が……。
「残念だったな、ネモォ!! 綺麗事じゃあ大事なものを守れねぇんだよ!!」
「やめろ! ギルフォード──」
半歩遅れた踏み込みは、泥に足を取られて出遅れる。
離れていくギルフォードの背中には、もう追いつかない。
「ルナリスッ!! 逃げろぉぉ!!」
肺から絞り出した声が、彼女に届く頃。
大勢の有尾族を引き寄せた代償が、ルナリスの身体から自由を奪っていた。
立ち上がれない中、有尾族の子供を守る彼女の背中に向けて、ギルフォードの白刃が鈍く照らされる。
「ネモォォ! お前じゃ俺に、勝てねぇんだよぉ!!」
手を伸ばしても、届かない。
ソルドから受け取った剣を投げつけようとした時、ギルフォードの背中越しに見える有尾族達の姿がちらついた。
一瞬の迷いが、腕を強張らせる。
クソッ、霊樹の力で強くなれたと思ったのに……。
結局、俺は何も守れないのかよ……。
「ルナリィィス!!」
鱗に覆われた腕が振り下ろされる、その瞬間。
茂みから延びた人影が、ギルフォードの懐に飛び込んだ。
「傲慢だぞ、ネモ! 自分一人で全て出来ると思うな!!」
全身の毛が濡れそぼり、泥だらけになったソルドの体当たりが、ギルフォードを巻き込み泥の中を転げ回る。
普段のギルフォードなら、直線的な突進なんて目を瞑っていてもかわせたのかもしれないが。
息が切れ、足場が悪く、自分の勝利を確信した時、決死の攻撃はかわせない。
「クソがぁ!! 死に損ないが邪魔すんじゃねぇ!!」
ギルフォードの腕にしがみつき、ルナリス達への攻撃を食い止めるソルドは、今にも倒れそうだった。
しかし、眼帯に隠されていない片方の瞳は、炎のように煌めいて、体力の限界を越えてでも抵抗する強い意志を放っている。
振り解かれて崩れ落ちるソルドを足蹴にされた時、ギルフォードの背中にようやく追いついた。
「ありがとう、ソルドさん。後は俺が引き受けます!」
渾身の力を込めてソルドの剣を振り抜くと、ギルフォードの右腕が宙を舞う。
悲痛な叫び声が、戦いの終わりを告げていた。
心臓が痛いほど脈打つのに、ようやく気がつく。
過集中のせいか、視界がくっきりと見えすぎてしまう。
雲の切れ間から覗く青空が綺麗すぎて、何だか今は目を背けたくなった。




