雨の中でも幕は上がる
河口には鎖で繋がれた大勢の有尾族が並んでいた。
沖に止まる帆船に向けて運ばれようとしている彼らを、柄の悪い男達が見張っている。
雨音のお陰で、俺とルナリスが茂みに隠れていることに気づいた者はまだいない。
「あそこにギルフォードがいるな……。話してるのは……冒険者か?」
俺達の気配を消してくれる雨粒は、ギルフォード達の話し声も平等に聞こえなくしてしまう。
しかし、こうして見ると海賊と冒険者に違いなんかないな……。
ふと、冒険者ギルドに掲げられていた理念を思い返した。
『未踏のダンジョンを発見し、手に入れた技術や素材を教会に寄与し、文明の発展の為に貢献する』
心臓が大きく跳ね上がる。
鎖に繋がれた有尾族の列が、彼らには何かの素材に見えてしまっているとしたら……。
残酷な想像に、喉が詰まった。
「ネモ、大丈夫? ソルドさんを待つ?」
顔を覗き込むルナリスは、その手で膝を掴んでいる。
今すぐにでも飛び出してしまいそうな衝動を、抑え込んでいるようだった。
赤い瞳に滾る想いが、勇気をくれる。
「いや、待てば状況が良くなるとも限らない。ソルドさんが来てくれることを信じつつ、一人でも助けよう!」
ルナリスに作戦を伝えた。
彼女への負担は大きいが、今にも攫われようとしている有尾族を前に、安全策を取っていては何も守れない。
ルナリスの力を信じ、俺の力を信じるしかないんだ。
「任せて、絶対成功させるから。ネモが守ってくれるんでしょ?」
「ああ。俺が守るよ。だから思い切りやってくれ」
力強く頷くと、ルナリスは立ち上がり空を仰ぐ。
ぬかるむ泥を抉り魔法陣を足で描き、落ちてくる雨粒を飾りのように煌めかせた。
溢れる魅力の欠片が水滴に反射して、辺り一面に光の波が広がっていく。
「誰だ、そこにいるのは!」
見張りをしていた男がルナリスに気づき、駆け寄ってきた。
汚れながらも舞を止めない彼女の気迫に押されたのか、その魅力にひるんだのか。
強張った一瞬を見逃さず、ソルドに託された剣で斬り伏せた。
「ルナリスには指一本触れさせない!」
霊樹の蜜が収斂した左目が熱くなる。
筋肉が瘤のように硬くなり、身体に鎧のような殻が纏わりつき、肌に紋様が浮かび上がった。
ノルディアでグスタフと戦った時のように琥珀色の魔力が全身を包む。
「て、敵襲! まだ死に損ないがいるぞ!」
周囲に響き渡る笛の音が、視線をルナリスに集めた。
列を作る有尾族が満ち潮のようにゆっくりと引き寄せられる。
範囲の広さか対象の重さが原因なのか、ルナリスの足が泥に沈む。
「だ、大丈夫だから……。絶対にみんなを助けるから……」
重い石でも背負わされたかのように、ルナリスは息を漏らした。
それでも、指先まで神経を巡らせて。
観客を魅せるように笑顔は崩れなかった。
「てめぇら、そこで何してんだぁ!」
こちらを威嚇しながら武器を振る男達。
不思議と焦りや恐怖は感じなかった。
全身に走る紋様が、魔力を効率よく爆発させる。
冒険者時代に苦戦した剣術が、呼吸をするかのように自然と体現できた。
(凄い……。思い切り身体が動かせる……)
踏み込みが甘かったはずの切り払い。
剣に上手く力を伝えられなかった袈裟斬り。
懐に飛び込む勇気が持てなかったはずの回転斬り。
どれも理想か、それ以上の切れ味を持ってルナリスに近づく敵を倒していく。
曇天のはずなのに、世界が鮮やかに見えた。
気が大きくなっているのが自分でもわかる。
だけど、有尾族にまとわりつく男達が足元で転がるのを見ると、頭の中で火花が散って抑えきれない。
「ギルフォードォォ! グラディアの人々は返してもらうぞ!」
力の差を感じたのか遠巻きに警戒していた手下を蹴飛ばしながら、ギルフォードがゆっくりと歩み寄ってくる。
二つに割れた舌先を、チラリと見せる仕草が懐かしい。
「見違えたぜ、ネモ。随分と強くなったみてぇだな。あの時の貸しを返しにきたのか?」
下品な笑い声が、雨音を突き抜けた。
膝を打って上機嫌のギルフォードとは対照的に、大柄の男が吠える。
「てめぇ! 俺の商品と手下に何してんだぁ! ギル、笑ってねぇで説明しやがれ!!」
最後の有尾族がルナリスの元まで辿り着くと、大柄の男は一番近くにいた仲間を殴り飛ばした。
怒りが頬に当たったかと錯覚するほどの咆哮。
左目の奥から、蜜のように粘り気のある自信が頭を弾く。
今の俺ならあいつにも負けない。
「落ち着けよ、ドルバス。あいつは人間の癖に魔族と一緒にダンジョンのボスなんかやってやがるんだ。金の匂いがするだろ?」
ギルフォードの飄々とした口調が気に食わないのか、ドルバスと呼ばれた男の腹の虫は治っていない。
太い腕でギルフォードを突き飛ばそうするも、ヒラリとかわされて言葉にならない罵声をあげていた。
今のうちにルナリス達を逃せられれば──。
「ネモッ! 危ない!」
一瞬の油断。
力を得た自信が、敵から視線を切ってしまう。
巨体に似合わない俊敏さで、剛腕が俺の目の前に迫っていた。




