重いのは雨の仕業か、それとも
強くなる雨が、服を重くしていく。
川に近づくにつれて負傷者が増していった。
傷ついた有尾族と人間の冒険者達。
どこまでも続く戦闘の跡には、勝者も敗者もいなかった。
「俺は河口まで行ってくる。まだ戦っている人がいるかもしれないからな。……ルナリスはどうする?」
息を引き取った有尾族の戦士に手を合わせていた彼女も、その数の多さに諦めが滲み出る。
雨が涙を洗い流してしまい、絶望が泥と一緒にまとわりついた。
立ち上がり、汚れた膝を気に留めもしない。
「私も行く。この戦いの原因を止めたい」
よく晴れた日には洗濯をする人や釣りを楽しむ人で賑わっているのかもしれない。
簡単な作りではあるが点在するベンチや東屋が、ここが憩いの場であったことを教えてくれた。
そこに休む戦士達は、血に染まり、もう帰ることはない。
足が止まりそうになった時、一人で戦う男の姿が見えてきた。
四人組の冒険者に囲まれたソルドは、攻め切れないのか肩で息をしている。
後ろから聞こえてきた足音が俺達のものだとわかった時、歪んだ顔に光が差し込んだ。
「大丈夫ですか、ソルドさん! 加勢します!」
「……来るのが遅い! 前衛の剣士はなかなかやるが、残りは雑魚だ。一気に行くぞ!」
ソルドと冒険者達は疲労からか動きにキレがなく、俺の槍で戦局を変えるのは難しくなかった。
剣戟をかわして相手の足を突く。旋回し後ろで備える二人の弓兵を薙ぎ払い、最後に魔術師の腹に石突をねじ込む。
怒りや興奮のせいか、槍もいつもより軽く感じた。
「ハァ……ハァ……。ソルドさん、怪我はないですか?」
息をするのを忘れてしまう。
肺から喉を走る冷たい空気が、口の中に唾を溜めさせた。
ずぶ濡れになったソルドの尻尾が、以前よりも細く短く見える。
「驚いたな、随分強くなったじゃないか。万全ではなかったとはいえBランクの冒険者をあっさり倒してしまうとは……」
緊張の糸が切れたように、ソルドは片膝をついた。
どうやら、ここに至るまで冒険者達に足止めをされながら連戦を繰り返していたらしい。
しかし、なぜ冒険者達がこんなところに……。
「年甲斐もなく無茶をしたな……。すぐに追いつくからネモとルナリスは真っ直ぐ河口を目指してくれるか? 少しでも助けたいんだ」
「一体、グラディアに何があったんですか……? どうして冒険者が……」
ルナリスがソルドの傷口に持ち合わせの薬草を当てがった。
気休めにしかならないかもしれないが、ソルドは痛みを吐き出すように溜息をつく。
少しでも前に進むようにと、立ち上がり下流を示した。
「教会が冒険者を引き連れてグラディアを襲ったんだ。柄の悪い連中ばかりだったからな、金の為か……弱味でも握られてるんだろう」
決して速くはないが、止まらないようにソルドが走ろうとする。
ふらつく足は吸いつく泥さえも重たそうだった。
土を抉る足跡の深さが、彼の意志の重みを物語る。
「故郷を失い、家族を奪われた。有尾族には何も残っていない。だが……、やられっぱなしでいい訳がない!」
腰に下げた剣を外すと、ソルドは俺に押し付けた。
眼帯で隠れた瞳はどんな色をしているかわからない。
だけど、その奥で燃え盛る炎の熱が、渡された剣から伝わってきた。
「ネモ、先に行ってくれ。まだ助けられる者もいるかもしれない。俺も必ず追いつく」
「ソルドさん……、じゃあこの剣は……」
「……今の俺には重いんだ。腕の良い有瘤族が打った。今のお前なら振れる」
黒塗りの鞘から覗いた両刃は、よく研がれている。
冒険者時代に剣士を試していた頃は、こんな立派な剣を振るったことはない。
しかし、それは重量があるような長さとは言えなかった。
ソルドから託される思いに、左目が疼く。
「……先に行ってます。この剣は返しますから。必ず追いついてください!」
川の水は濁り、勢いを増していた。
片手で振れる軽さのその剣から、ソルドの消耗と気迫が伝わってくる。
息が切れる。足が重い。だが、止まるわけにはいかないんだ!
「ネモッ! 見えたよ、船だ!」
河口に寄せられたその船に、俺達は見覚えがあった。
ソリシアの海に飛び込んだあの時の船。
ギルフォードの海賊旗が、雨に打たれてはためいていた。




