少女の涙
秋になれば一面が金色に実るはずだったのに。
まだ青いうちに焼かれた麦畑は、焦げた臭いを煙と一緒に風に乗せている。
抵抗を終えた街は、大きな瓦礫になってしまっていた。
「ひどい……。グラディアが何をしたの……」
怒りで震えるルナリスの頬に雨粒が伝う。
重苦しい雨雲が、グラディアを閉じ込めるように空を覆っていた。
せめて、この雨が来年の実りを手伝ってくれれば……。
「おい、俺はノルディアに帰るぞ」
ぶっきらぼうに告げる有紋族の男性は、俺達をここまで運んでくれた転移魔法でノルディアに帰っていく。
セレナの紹介で手助けをしてくれたものの、それは彼女の父親の顔を立てているようだった。
義理を果たしてしまえば、面倒ごとには巻き込まれたくないだろうしな。
感謝の言葉ぐらいかけさせて欲しかったが。
「ソルドから連絡はあったか?」
「ないね。魔王城からダンジョンの魔石に向けて連絡をしているわけだから、ソルドがグラディアに来てたら僕経由で連絡は取れないよ」
ララはお手上げだね、と肩をすくめる。
いざグラディアに来てみると、ソルドのことも気になるが被害にあったこの街を救いたいと考えてしまった。
俺に出来ることなんて限られているのに。
「ボルネ、辛くないか? たぶん、俺達よりも悲痛な音がたくさん聞こえているよな……」
心臓の音をはじめ、他人の感情を音として拾えてしまう有殻族にとって、ここにいることさえも苦痛に感じてしまうかもしれない。
そんな俺の気持ちさえ聞き取ってしまったのか、ボルネは背中にそっと手を当てがってくれた。
「アリガトウ。オトがキエテイクのはツライ。デモ、キエソウなオトをミツケルコトもデキル」
そう言って地面を手のひらで撫でると、魔力の波が水面を揺らすように広がっていく。
魔石の場所を言い当てたボルネにとって、瓦礫に埋まった人を探し出すのは難しくないんだろう。
街を救うなんて大それたことは言わない。目の前で苦しんでいる人を一人でも多く助けよう。
ボルネの探知を頼りに、手当たり次第に瓦礫をどかしていった。
レンゾーの腕力と、ルナリスの魔法が崩れた壁や柱をどかしていく。
徐々に大きくなる泣き声の先には、有尾族の少女がいた。
「頑張ったな! もう大丈夫だぞ!」
土埃が、彼女の黒い体毛を灰色に染めてしまう。
ルナリスのローブに顔を埋める彼女の表情は隠れていた。
しかし、痙攣するかのように力無く震えた尻尾と逆立った毛が、泣き声には収まらない恐怖と安心を感じさせる。
「……グスッ、助けてくれて、ありがとう。でも、パパとママが攫われちゃった……」
小さい牙を見せながら、少女は一生懸命にそれを伝えてくれた。
人間達がグラディアを襲ってきたこと。
瓦礫に埋もれた自分を助けようとした両親が、誰かに連れ去られていったこと。
「連れ去られた? 教会が有尾族を捕まえてるってこと?」
ララの疑問はもっともだ。
魔族を教会の教えに反する存在だとして虐殺をしたのであれば、許されないことだが目論見はわかる。
しかし、連れ去る意図は想像がつかなかった。
「有尾族は特に数が多いからのぉ。連れ去るとなれば監視の手間も増えるはず。選んでいるのか、それとも……」
それとも、教会だけじゃなく何かが協力をしているのか。
大きくなってきた雨粒が、地面に点々と模様を作りはじめた。
肌に張り付く水滴が、玉となり並んでいる。
それは、まるで鱗のようにヌラリと光った。
「この街の近くに、川は流れていないか!?」
嫌な予感がした。
有尾族を攫った理由はわからない。
しかし、攫った人が多いのであれば、それをどう運ぶのかは想像がつく。
「船だね! 海路でどこかに運ぼうとしているんだとしたら、川を下れば犯人に会えるかもしれないね!」
合点がいったとばかりにララが地図を瓦礫に映した。
グラディアの街を東西に割る長い河川が走っている。
西に延びた先、海に出れば俺達が避けていたやつらがいるはずだ。
海賊や奴隷商人であれば、攫う目的が金だと推測できる。
そして、その金を払っているのが教会なんだとしたら……。
「ネモ、コノトオリのサキにカワがアル。コノママアメがフレバ、イキオイがマス」
確証はない。
だけど、行くしかない。
躊躇っている内に、手遅れにならないように。
「一人でも助けられるかもしれない。俺は川を下ってみるから、みんなは他に瓦礫の下敷きになっている人がいないか救助してあげてほしい」
「私も行くよ、ネモ。レンゾーさんがいれば瓦礫をどかすことは出来るはず。それに、もしかしたらその左目が……」
言葉に詰まるがルナリスの言いたいことはんかる。
また力に飲み込まれる可能性があると言いたいんだろう。
もし、教会のやつらがいて、ノルディアの時みたいに戦闘になったとしたら──。
雨の中、ボルネの指した道を走る。
俺の予感が当たらないことを祈りたい。
だけど、雨足は強くなりぬかるんだ土に足が取られるばかりだった。




