その甘さが身を滅ぼす
「なんだお前たちは! 気安く声をかけるな!」
図書館を出たところで聖騎士団を呼び止めると、若い騎士に煙たがられた。
それが彼の役割なのかもしれないが、自分達を特別な存在だと疑わない態度が気に入らない。
「お前達、ここもソリシアみたいに襲うつもりか? だとしたら……」
ここにいる奴らがジークよりも強いかどうかも分からない。
だが、黙って見過ごしていい訳がなかった。
あの時の有翼族の少年の姿を思い出してしまうから。
槍の柄を握る手を、固く絞る。
「その槍を下ろしなさい。この街の人々に無用な心配をさせるんじゃない。……全く、ガルネア司祭の横暴がこんなところにも火種を撒いているじゃないか……」
長い髭を蓄えた老人が、杖を支えに歩み寄ってきた。
騎士達の態度から、彼が最も位が高く、無碍に出来ないことが伝わってくる。
グリモルド司祭と呼ばれている老人は、弛んだ瞼の隙間から鋭い眼光を突き刺してきた。
「君はソリシアの一件を知っているようだね。正義感は結構だが、まだ何も起きていないうちに武力に訴えるのは感心できんな」
グリモルドを護る騎士達も、腰に下げた剣には手をかけていない。
歯を食いしばりながら、槍を下ろし怒りを息と共に吐き出した。
少しだけ、視界が開けた気がする。
「わしらはノルディアに探し物をしにきただけだ。歴史あるこの街をどうにかしようなんぞ思っていない。それも無駄骨だったがな……」
「……それを信じろって言うのか! あれだけのことをしておいて……」
「信じなくてもいい。ただ、君はこのグスタフに勝てるのかな? 聖騎士団の中でも一、二を争う剣の腕だ。その刃が鞘から抜かれない内に下がることをお勧めするよ」
大きな羽飾りがついた兜をした男が、目の前に立ち塞がった。
剣の柄に手を触れてすらいないのに。
俺が槍を構えようものなら、いつでも斬り伏せられそうな殺気に満ちていた。
「時に……、あの霊樹の名前を知らないか? それさえ教えてもらえれば、わしらはすぐにでもこの街を失礼するつもりなんだが」
「知らないな。……知っていても教える気はないが」
グリモルドは長い髭を撫でつけながら、コツコツと杖を鳴らして去っていった。
グスタフに鼻で笑われたのは癇に障ったが、動かないララとルナリスを守りながら勝てる相手ではない。
俺は相手に生かされているだけだ。
「ネモ、大丈夫? すごい汗だけど……」
殺気に当てられて、口の中が渇いていた。
図書館に戻ろうと振り返ると、俺達のやり取りを遠巻きに見ていた館長と目が合う。
声をかけてみると館長も俺に話があったようで、奥へと通された。
あれだけ待ち焦がれた扉の向こうは、素朴な執務机と、さらに奥へと導く上り階段が続いている。
扉が閉まるやいなや、館長は緊張の糸が切れたように狼狽して俺の肩を揺らした。
「あなたはあの教会の連中を知っているのですか!? 助けてください、このままでは……」
「お、落ち着いてください。……何があったんですか?」
グラスの水を一息に飲み干し、深呼吸をした館長は頭を整理するかのように言葉を溢す──。
グリモルド司祭率いる聖騎士団は、突然館長の前に現れて一方的な要求を告げた。
霊樹の蜜を渡せ。さもないと、ここの蔵書を禁書として燃やす、と。
「霊樹の蜜?」
「この街を古くから見守るあの霊樹には、洞に蜜を貯めていると言われています」
「ただの言い伝えだと思っていました……。何年も練り上げられた魔力は固形になるって。あの霊樹にそんな蜜が実在するとしたら……」
それほどの魔力があれば、どんな禁術も思いのままだろうな。
神にも魔王にも対抗出来るかもしれないが……。
「……そんな危ないもの、壊さないんですか?」
教会のやつらには渡してはいけない。
魔王がそんなものを欲しがるとは思えない。
だけど、俺やルナリスだってそんな力は持ちたくない。
自分の器に収まりきらない力なんて、呪いでしかないんだ。
「この街の守り神である霊樹の蜜を壊すなんて……。いや、不敬かどうかは置いておいても無理ですね。問題は蜜があるのか確かめようがないんです」
館長は階段を昇り、それを見せてくれた。
洞の前には太く大きな蔦が幾重にも伸びて、指を差し込む隙間すら無い。
「ご覧のように、この向こうに蜜が溜まっているという言い伝えです。しかし、膨大な魔力が眠っているのは確かです。教会の連中もこの蔦を除けないことがわかり、今日のところは引いてくれました」
ただし、いつまで保つかは分からない。
明日にでも強引な手段を取られるかもしれない、と館長の額から汗が流れ落ちた。
俺は感じ取れないが、ルナリスもさっきから鼻を抑えているあたり、何かがあるのは事実なんだろう。
「そういえば、霊樹の名前を知ってるかと問い詰められました。その蔦を取り除くのに関係があるのですか?」
「はい。この奥に入るには霊樹の名前を呼ぶ必要があります。ただ……」
さっきの本が頭に浮かぶ。
この森では名前がそんなにも重要なのか。
館長が頭を抱えながら、俯き口を開いた。
「全ての知識が集まるとされるこの図書館でも、霊樹の名前──絶滅した有花族についての記録は残されていないんです!」
身体に花を咲かせ、最後には植物になって朽ちたとされる有花族。
七魔族の中で唯一滅んだとされる古の種族。
この霊樹が、その……。
蔦に触れると、手のひらにほんのりと熱を感じた。
まるで微笑んでいるようなその温もりに。
俺の記憶のどこかが、懐かしんでいた




