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その名の意味は

 ページが剥がれる音がするその本は、埃で鼻がムズムズした。

 ただ、そこに記された内容は俺にとって新鮮なもので、扉を監視しなきゃいけないのに本の世界に浸りたくなる。


『──名前とは最古の魔法だと言われている。世界との境界を分かつ根源的な儀式であり、精霊に認知される為に必要不可欠な呪文である』


 そこには精霊を模したイラストと共に数多くの人名が記されていた。

 一般的な魔術書とは違い、魔法陣の書き方も必要な詠唱も書かれていない。

 ページだけ見れば名簿と変わらないこれが、一体何の役に立つんだ……。


「なぁ、ルナリス。これってどういう本なんだ?」


「自分の名前がどんな精霊に認知されやすいか、っていう辞典みたいな本だね。有紋族の秘術として扱われてたけど、この図書館なら誰でも読めるよ」


 確認してみると【持ち出し厳禁】という印が押されている。

 そんなに貴重なものを人間である俺が読んでいいのだろうか……。

 パラパラとめくっていると三日月の絵が描かれたページを見つけた。


「あ、ルナリスの名前があるぞ」


「私が生まれた日が満月だったの。それで月の精霊の加護を授かれますようにって名付けられたんだって」


 ものを引き寄せる魔法というのは、月の精霊の加護によるものだとか。

 有紋族は古くから独自の方法で精霊や魔法に寄り添って生きていたのがわかる。

 ふと、ルナリスの名前の近くにあるもう一つの名前に目が止まった。


「セレナ……、泉にいた子も月の精霊の加護を受けているのか?」


 踊りではなく歌ではあったが、ルナリスと同じような魔法の力で泉から引き寄せられたのを思い出す。

 皮膚や髪の色が違うとはいえ、同じ有紋族として同じ精霊の加護を受けたのであれば。

 親しみを覚えるか、それとも──


「……彼女はこの森に代々住んでいる由緒ある家の子。私は移住してきた余所者。同じ精霊の加護を受けているのが気に食わなかったみたい……」


 多くは語らない。

 だからこそ、伝わってしまう。

 ルナリスの呟いた、この街が好きじゃないという意味が。

 言葉が見つからず目を逸らしてしまったが、ルナリスは気にしていない様子で本をトントンと叩いた。


「ネモの名前は? 調べてみた?」


 この本の意義を聞いた時から胸が高鳴っていた。

 俺の名前にはどんな意味があり、どんな精霊から加護を受けやすいのか。

 深呼吸をして、魔法コードに入力をすると本が一人でにパラパラとめくられ、あるページで止まった。


「あった……。ネモって書いてある。だけど……」


 そのページに描かれたイラストの意味は理解出来なかった。

 何の変哲もない、男女の絵。

 若いようにも見えるし、壮年に見える。

 かろうじて人間らしいことは思ったが、それ以外のことは一切読み取れなかった。


「他のページは火や水とかの絵で想像しやすいのに。これだけじゃ分からないね」


 近くにいた職員に聞いてみるが、この本を読んだことがないという。

 これだけ大量の本が無尽蔵にあるとなれば、知らない本があっても不思議じゃない。

 恐らく館長なら分かるかもしれない、とだけ告げて仕事に戻ってしまった。


「まぁ、元々時間を潰してただけだしな……。ルナリスの選んだ本はどんな内容だったんだ?」


 同じく古そうではあるものの、装丁からして子供でも手に取りやすそうな本だった。

 お伽話がいくつかまとめられているのだと思うが。

 しかし、予想に反してルナリスは怪訝な顔をしてみせた。


「普通のお伽話だと思うんだけど……。これ、何に見える?」


 開いたページには、柔らかい線でイラストが描かれている。

 それは地下神殿の断面図を表していた。

 地上には平民がいて、地下に行くにつれて人々の服が豪華になっている。

 そして、最下層には輝く魔石が祀られていた。


「母なる石……」


 知らずに読んでいたら、それ程気にはしなかったと思う。

 他のページも添えられる文章も、子供が理解出来るようになっている易しい物語だ。

 だけど、その絵には至るところに魔石が描かれていた。

 まるで、昔から人々は魔石を信仰していたことを伝えるように。


「これって……、ララちゃんの言ってたことだよね……」


「……そう思うよな。それにこの絵は色んな魔族が親しげに描かれているんだ……」


 描かれていないのは、人間と──。


 ギィィィ、蝶番が軋む音がした。

 扉の奥から聖騎士団と館長らしき有紋族が姿を見せる。

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