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学ぶ街でも、学ばぬ心

 ルナリスの母親の墓は、畑のすぐ脇に小さく構えられていた。

 手を合わせると、指先が微かに暖かくなる……気がする。

 父親と同じように、俺の手を握ってくれたのであれば嬉しいが。


「お父さんに内緒にしてくれて、ありがとう」


「……今こうして元気なわけだからな。心配させる必要はないさ」


 ルザークのことを思えば、ルナリスは旅をやめて二人で暮らすのも良いのかもしれない。

 だけど、ルナリスを救った精霊の加護がどうなるかわからない。

 ファンを増やして神や魔王に対抗するという作戦も、ここにいては進まない。


「私、この旅を続けるよ。実はね、この街があんまり好きじゃないんだ……」


 もちろんお父さんは好きだよと慌てて弁明するが、その表情は曇っていた。

 ルナリスは背を伸ばして歩き出す。

 遠くの方で鳴くフクロウの声だけが森に響いていた。


「私の家族はね、お母さんの治療の為に南から移住してきたの。この街なら病気に効く薬や魔法があるかと思って」


 母親の病気が治ることはなかった。

 それは家族にとっては覚悟していたことなのかもしれない。

 ルナリスは自分の銀髪を指先で摘み、物憂げに眺める。

 曇っていた表情は、母親の死が原因ではなさそうだった。


「さっきお父さんが月の精霊の加護があるって言ってたでしょ? そのことで周りの子と上手くなくてさ……」


 泉で出会ったセレナのことを思い出す。

 取り巻きと言っていたので、普段は相手が複数だったんだろうな。

 うっすらと感じていたが、どうやらこの街の人は余所者に厳しいらしい。


 人間に対しての好奇の目であればしょうがないが、長く暮らしていくとなれば衝突は避けられなさそうだ。

 ルナリスのように髪や肌の色が違うとなれば、より目立つ。

 彼女の明るい性格を、儚く感じてしまう。


「……まぁ、その話はいいとして! 着いたよ、ここがノルディアの大図書館!」


 足を止めて紹介されたのは、街の中でも一際太い樹だった。

 虫食いのように空いた畝から中に入ると、この世の全ての本が貯蔵されているのかと思わせる。

 その多くが有紋族ではあったが、俺達のように外から来たであろう人もいた。


「おい……、あれって……」


 その鎧は、鼓動を早めた。

 教会を護る聖騎士団が数名、図書館で有紋族と話をしている。

 会話の内容までは聞き取れなかったが、奥の扉の向こうへと案内されていたようだった。


「図書館は原則として、誰の入館も制限されていないの。でも……、大丈夫かな……」


 ハッキリと言葉にはしないが、ルナリスの頭にはソラリアのことが思い浮かんでいるはずだ。

 ──燃え盛る炎が、森を焼いてしまう。

 しかし、図書館の職員に聞いてみても、誰も聖騎士の目的は知らなかった。


「この扉の向こうが館長室だってことはわかったが……。まだ何も起こっていないのに騒ぎ立ててもな……」


 図書館の中で職員に問い詰める俺達は、既に多くの視線に晒されていた。

 元々排他的な街でありながら、俺とルナリスは少数派の為に煙たがられてしまう。

 現時点で何も起こっていないのに、聖騎士団が危ないなんて吹聴しても、誰の耳にも届かないだろう。


「……ここで扉が開くのを見張らない? 本を開いていれば不自然じゃないだろうし」


 ルナリスの提案を飲み、館長室から聖騎士団が出てくるのを待つことにする。

 扉から近い席が空いていた為、何か異変があればすぐに気がつけるはずだ。


 監視のカモフラージュ用に何冊かの本を手に取ろうとして驚く。

 病気の母親の為に移住してくるのも頷ける量の知識が確かにあった。

『ノルディア開拓史』『植生モンスターの育て方』『古代魔法の取り扱いについて』等々。

 目についただけでも膨大な種類の本があり、一生かけても読みきれなそうだ。


「あ、それ昔読んだことある。面白いよ」


 彼女が指差したのは、両手じゃないと持てないほど重く分厚い本だった。

『祝名典』と記されたそれを手に取ると、ルナリスが懐かしそうに表紙を撫でる。


「自分がどんな精霊から加護をいただきやすいか書いてある本だよ」


「そんなのがわかるのか!?」


 それがわかれば自分の才能を伸ばすことが出来るじゃないか。

 冒険者として、前衛で剣を振っていたり、後衛で魔法を唱えてみては適性がないことで悩んでた俺が読むべき本に思えた。


「私のも見て。さっきお父さんが言ってたから気になったんだ」


 手のひらほどの大きさの本には『マーテル説話集』と掠れた文字が表紙を飾っている。

 館長室に入って行った聖騎士団を見張るとはいえ、どれぐらい長丁場になるかわからない。

 あくまでも、意識は扉に向けているとはいえ俺とルナリスは選んだ本を開き、図書館の利用客に扮した。


 その時は、その本が俺の運命を大きく変えることになるとは思いもしなかった。

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