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静かな泉の賑やかな乙女

 深い森の泉で、少女に出会った。

 波打つ金色の髪が木漏れ日を反射し、樹々の中で浮き彫りにされる。

 縁取られたその姿は、彫刻のように美しかった。


「人間がここで何をしているのですか」


 視線と言葉が、冷たく突き刺さる。

 余所者への警戒と、人間への差別意識。

 被害妄想というには前向きな、ハッキリとした敵意が向けられていた。


「すまない。ノルディアに向かう途中で水浴びをさせてもらってたんだ。人間は入っちゃまずかったか?」


 ルナリスに止められなかったから禁忌ではないのだろうけど。

 みんなが人間に好意的ということもないからな……。

 少女が長い指を向けながら口を開くと、目覚めの鐘のような爽やかな歌が響く。

 泉に立つ波紋に触れると、俺の身体は引き寄せられるように彼女の足元まで転がった。


(今のは……まるでルナリスと同じ魔法……)


 苔の生えた地面に這いつくばる俺を、虫でも見るかのように見下ろしていた。

 長い足が露わになっており、咄嗟に顔を伏せる。


「な、何するんだ、いきなり! 泉から出なきゃいけないなら口でそう言ってくれ!」


「そんな決まりはないわ。この泉は誰のものでもないの。あなたが首だけ覗かせてるのが不愉快だったのよ!」


 ふん、と鼻を鳴らし蔑まれるが、答えとしては少しズレている気がした。

 これは彼女の問題なのか、それとも有紋族との感覚の違いなのか……。

 その場から立ち去ろうと言葉を選んでいると、バシャバシャと音を立ててルナリスが泳いできた。


「ネモさんっ! 大丈夫ですか!? ……セレナ?」


「あら、ルナリスじゃない。……久しぶりね」


 友人……というには空気が張り詰めている。

 背丈や年齢は近そうだけど、髪や肌、瞳の色が正反対の二人には、俺が想像もつかないような衝突があったのかもしれない。

 ルナリスの怪訝な顔は、怒っているのか笑っているのか見分けがつかなかった。


「セレナが一人なんて珍しいね。取り巻きがいなくて大丈夫?」


「ルナリスはいつも一人だったものね。どう? ダンジョンのボスには慣れたのかしら?」


 女性の舌戦を気まずく見守っていると、矛先は俺へと向けられた。


「森を出たら随分変わったわね。人間とはいえ男性の前でおへそを出すなんて……。はしたないわ!」


 水浴びの途中だったルナリスは、自分の格好に忘れていたのか咄嗟にお腹を隠す。

 赤い顔でチラッとこちらを見るので、反射的に目を逸らしてしまう。

 それよりも、胸元と太ももを隠してほしいんだが……


「そこのあなた! あなただって、はしたない女の子より私のような高貴な淑女と一緒にいた方がいいわよ!」


 胸を張り、ボリュームのある髪を優雅に靡かせる姿は、確かに気品を感じさせる。

 水浴びをしたとはいえ、随分と汚れおへそを出していたルナリスは泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

 ……巻き込まれたくなかったが、さすがにルナリスの側に立たせてもらおう。


「俺はルナリスのことが好きだ。それに大切な仲間にそんな言い方はしないでもらいたい」


 声にならない悲鳴が、二人から漏れた。

 堂々と言い切った方が良いかと思ったが、年頃の少女達は動揺を隠せていない。


「そ、そうなの! ネモさ……、ネモは私のことをす、好きなんだから!」


「なっ!? ル、ルナリス! 男性のことを呼び捨てにするなんて!! 信じられない!!」


 恥ずかしそうに顔を染めながらセレナは森の中に逃げていった。

 口調や態度は高慢だったけど、悪い子じゃなさそうだ。苦手なタイプではあるが……。


「ルナリス、あの子は何なんだ──」


 突き出た耳の先まで赤くした彼女は、振り向き目が合うと泉に飛び込んでしまう。

 静かな森にそよそよと風が吹く。

 濡れた身体が震え、俺のくしゃみの音だけが響き渡った。


 俺はまだルナリスのことも有紋族のこともわかっていないようだ。

 いや、もしかすると女性のことをわかっていないのかもしれない。



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