言葉にできない思い、音にできる想い
ダルマの前に座ると、その迫力に気圧される。
子供の頃、嫌なことがあると一人で海を眺めてることがあったがそれに近い。
まるで、自然そのものに向き合うような、自分と比べることがおこがましいと感じる強さが肌に伝わってきた。
「ダルマさんが勇敢な戦士だと聞きました。強くなる為にどんなことをしていたか教えてもらえませんか?」
ボルネやベルドンのように、音を発することはなく。
しん、と静まりかえるダルマの身体に、俺は重ねて声をかける。
得体のしれない余所者だと思われているかもしれない。
出来る限りの誠意と熱をもって、頭を下げた。
「このままじゃ、きっと仲間を守ることが出来ないんです……。どうか……、どうか助言をいただけませんか……」
「お前は弱いのか?」
繰り返し声をかける中で、ようやく返事をもらえた。
しかし、抑揚のない平坦な声は、俺に興味を持ったとは思えない。
「俺は……弱いです。仲間を、守りたい人を守れなかった……。戦わなきゃいけない相手に勝てなかった……」
「自分のことを弱いと言うやつは弱い」
慈悲のない、冷たく落ち着いた声が、頭上から浴びせられた。
俺の心の弱さを突くような言葉が、心臓の鼓動を早める。
しかし、今の俺は自分を強いとは、とてもじゃないが言えない。
「まずは自分は強いと言えるような気概でいろ、ということですか?」
「自分のことを強いと言うやつは弱い」
……何を言っているのか理解出来なかった。
俺が困惑しているのを面白がっている様子でもないし、冗談を言っている気もしない。
まるで矛盾したことを、堂々と言われて返す言葉が見つからなかった。
「言葉にするな。強さは書かれず、語られない」
静かに、響くようにダルマは教えてくれる。
強さの真髄が何かを。
だけど、俺にはその輪郭がまだ掴めていない。
「……俺は今日にでも強くなりたいんです。ダルマさんが行っていた修行や稽古でもいいんです。……お願いします!」
「修行なんてものはない。技を磨く必要もない。探すな、作るな。向き合うんだ」
焦りを見透かすように、ダルマは頑としてそこに構えている。
ララにも感じたが、長く生きているからこそ、言葉の感覚が違ってしまうのか。
俺には、ダルマの助言を理解することが出来なかった。
「……ありがとうございます。引き続き、自分でも考えながら精進していきます」
立ち上がり、その場を去ろうとした時、低い音が空気を震わせた。
ダルマの目の窪みが、鈍く光っている。
「お前さん、名前は?」
「え……。ネ、ネモです。挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
ララとのやり取りの中で、勝手に紹介をされた気になっていた。
挨拶もせず、いきなり質問をしていたなんて。
自分の弱さを痛感し、恥が心に蓋をしてしまう。
「ネモ……? だからか……」
俺の無礼は気にしないのか、それよりも俺の名前に引っ掛かっている様子だ。
よくある変わり映えのしない名前だと思ったが、有殻族にとっては別の意味を持つ言葉なんだろうか。
「ネモ。お前なら大丈夫だ。自分を、仲間を信じろ」
その声は、勇気づける訳でもなく。
事実を淡々と伝えているように聞こえてきた。
それが、嬉しかった。
心の奥で冷え切った劣等感に、ゆっくりと熱が伝わっていく。
「ありがとうございます。ダルマさんの、その言葉を信じます」
ベルドンの家までの道は依然として暗い。
太陽の存在しないこの集落が、明るく照らされることはない。
だけど、帰り道は不思議とよく見えていた。
目が慣れたのか、心が晴れたのか。
◇
「ネモさん、起きてください! 大変なんです!」
ルナリスの張り詰めた声で、意識が引っ張りあげられた。
まだ血が回っていないぼんやりとした頭が、危機感だけ察知して胸が苦しい。
ルナリスの絡んだ髪からして、彼女自身も寝起きなんだろう。
「ララが……、ララが目を覚まさないんです!」
目に光はなく、胸に埋められた星環機関が停止していた。
母なる石の憑依が原因か、それこそが最後の力を振り絞ったものだったのか。
自由な身体を喜んでいたのが嘘のように、静かにただ寝そべった姿は人形そのものだった。
「また魔石が砕けちゃったのかな……」
「いや、レンゾーが言うに魔石はそんな簡単に壊れないらしい……。だから、これは星環機関の故障か、昨日のことが影響しているんじゃ……」
ハッキリしたことは、俺にはわからない。
くそっ、こんな時レンゾーがいてくれれば……。
いや……、確かこの穴の先には──。
「ベルドンッ! この穴はファルジアにも繋がってるのか?」
ソリシアまでは船で数日かかっていた。
何日かかるかわからないが、道が繋がっているなら。
「ツナガッテイル。だが、イッカゲツはカカル」
1ヶ月か……。
地上に出てもう一度船を使うか?
いや……、教会やギルフォード達に出会す可能性があるなら避けたい。
曇った気持ちを見透かすように、ベルドンが顔を覗き込んできた。
「ファルジアのドウホウにタスケをモトメルカ?」
「……出来るのか? そんなことが」
ベルドンの身体からザーッ、ザーッとヤスリを擦り合わせるような音がした。
強い風が吹いた時や、砂嵐が舞った時を思わせる雑音が耳をざらつかせる。
「ワレワレはオトにマリョクをノセル。ハナレテイテモ、コエがキコエル」
「じゃあ、ボルネさんとも話せますか!?」
しばらくジッと立ち尽くすベルドンを見守ると、雑音の合間に異音が混じるようになっていく。
それがベルドンとボルネの会話であったことに漸く気づけた頃、馴染みのある声を拾うことが出来た。
「──キコエル? ネモ、ソコにイル?」
遠く離れたファルジアと、音だけとはいえ繋がることができた。
魔法にも色々とあるが、こんなことも出来るなんて……。
広い世界が小さくなってしまったが、バラバラだった人達が一つに出来る。
そんな優しい魔法が鼓膜を震わせた。




