見て、嗅いで、そして聞いた
それは昼でも薄暗い林の中にポツンとあった。
ルナリスが見つけてくれなければ、俺は確実に見落としていただろう。
「これがダンジョンの入り口ですか……」
葉が積もり、苔が生えた古井戸が、静かに眠っていた。
俺とルナリスが任されたダンジョン。
想像していたものとは大分違うが、ソルドから渡されたコンパスの針は確かに古井戸を示していた。
「とりあえず中に入ってみよう。念のため、先に俺だけで入ってみるよ」
カタリナとソルドの口振りから、俺たちを騙すということはないだろうが、念には念を入れてみる。
あの時、気になることも言っていたしな──。
魔王城での面接で、カタリナから正式な採用を言い渡されたあの時。
俺とルナリスの喜びが膨らみ切る前に、ソルドがカタリナを制した。
「カ、カタリナ様! いいんですか!? 魔王様に確認せず人間を採用してしまって……」
「魔王には私から説明しとくわ。ソルドが気を揉む必要はありません。それに……、何かあれば私が責任を取るわ」
ねぇ、とカタリナから声をかけられた時、全身から汗が吹き出した。
首に刃を立てられたと勘違いするほど、冷たく鋭い殺気が、喉をグッと押し当てている。
身体が震えて声が出せない中、何とか頷くことだけ許された。
「ハァ……、そこまで仰るなら反対しません。おめでとう、お二人さん。こちらとしては正式に採用したいと考えています」
空気の抜けた風船のように、ルナリスが力なく承諾をする。
俺も震える膝を押さえつけながら、どうにか首を振り続けた。
「驚かせちゃってごめんなさいね。でも、あなた達誰かに見守られていた方が強くなれるみたいで。これから頑張ってね」
口元に手を当て、肩を揺らすカタリナは表情の一切が読めないものの、期待を寄せてくれているようにも見える。
ソルドに後のことを任せたカタリナが中座したことで、ようやく三人は息をした。
「……さすがのお前たちもわかったと思うが、カタリナ様は本来ここにいていいお方ではない。……まぁ、粗相をしなかったことだけは褒めてやろう」
ソルドの性格からして人間に礼を言うことなんて無さそうだが、恐怖や畏敬は種族の壁を越えるんだな、と感心してしまう。
憧れが一歩を踏み出させた俺としては、種族の違いも紙一重だなと、つい笑ってしまった。
古井戸の中に入ると、さっきまでしていた木々や苔の匂いはどこかに消えてしまう。
不自然に整った横穴が、ここはダンジョンなんだと気付かせる。
「私、ダンジョンに入るの初めてなんですけど……、どこもこんなに暖かいんですか?」
「俺もいくつも攻略したことはないけど、そんなことはなかったな。それに……何か変だぞ、ここ」
二人の足音が石壁に反響する。
奥の見えない通路。
何かに包まれているような暖かさ。
「この奥、魔力が濃くて鼻がツンとします」
魔術の才がある人は、視覚や聴覚など五感に刺激があると聞くが、どうやらルナリスは嗅覚で感じ取れるらしい。
いずれにせよ、俺ですら全身がこのダンジョンの異様さを感じ取っていた。
「……一度出よう」
ルナリスと来た道を戻ろうとした時、奥からそっと風がそよぐ。
優しく頬を撫でる程度ではあるが、地下道の、それも暗闇から吹く風に思わずルナリスを庇えように槍を構えた。
「誰かいるのか!?」
反響する俺の声は、道の長さを教えてくれるだけだった。
背後で服の裾を掴んでいるルナリスが異変に気がついたようで指をさす。
「ネモさん、あそこに扉があります!」
変わり映えしない壁に近づき、手で撫でながら鼻先を揺らした。
短い呪文を唱えながら、指先で輪を描くと壁に扉が浮かび上がる。
「隠し扉ですね。でも、表面を隠すぐらいの初歩的なものでした」
とんでもない封印を解いてしまった、ということではないらしいが。
誰かが、何かを隠していたのは間違いない。
「……開けてみよう」
槍を握る手に力が入る。
扉にそっと手をかけると、鍵はかかっていなかった。
中は宿屋の一室程度の広さで、誰もいない。
うっすらと発光した石が鎮座しているだけだった。
髪が靡く程度の風が、再び頬を撫でる。
『あなたがこのダンジョンのボス?』
誰もいない部屋で声が聞こえた。
幼さの残るその声の主は、そこにある石だと直感が告げていた。




