少女の顔をした誰か
久しぶりの海だった。
髪の一本一本が逆立つ感触に、耳抜きをした時の軽い痛み。
魚が空を飛んでいるように見える、その静かな世界は心地良い。
──なんて、そんな余裕はすぐに吹き飛んだ。
固く目を瞑り俺の腕を鷲掴むルナリスは、緊張からか既に苦しくなってしまったのか首を必死に振っていた。
海底にゆっくりと手を触れたララが、魔法陣を展開する。
海の中にダンジョンを作り、どうにかルナリスの息か切れずに済んだ。
「プハァッ……ハァ……。し、死ぬかと思ったぁぁ……」
ずぶ濡れになりはしたが、仲間を失わずにジーク、ギルフォード、そして海賊船から逃げ出せたのは奇跡のようだ。
二人の力がなければ、全員無事では済まなかったな……。
「助かったよ、ララ。相談する暇もなかったから一か八かだったけど伝わってよかった」
「海底にダンジョンが作れるかは賭けだったけどね。……とはいえ、まだ安心は出来なそうだよ」
ララはダンジョンの通路の奥をスッと指し示す。
微かに温い風が吹いている気がした。
「前に報告した横穴に繋がってる……。この前に作ったダンジョンの位置から考えると、異常な長さだよ……」
濡れた服を絞り、前髪を掻き上げる。
ルナリスの呼吸も整ってきたのか、海水で絡んだ髪をゆっくりと解す余裕が出てきていた。
海賊から逃げられたとは言え、いつまでもここにいる訳にもいかない。
「行くしかないな。俺が先頭になるが、後ろから魔力探知をしててくれ」
ルナリスは鼻で、ララは壁伝いにそれぞれ怪しい気配を感じとってもらう。
しかし、これが失敗だったのか……。
終わりが見えない闇の中を、ずっと警戒していたことで三人とも疲労を無視できなくなってしまう。
「ごめん、ネモ……。海水のせいかな……? 何だか……調子が……」
「ララッ、大丈夫か!?」
糸が切れたように膝から崩れ落ちたララは、瞳を明滅させていた。
胸の魔石は無事なようだが、心なしか星環機関の回転が不安定にも思える。
しょうがなかったとはいえ、無茶をさせすぎてしまったか……。
「ネモさん、前から何か来ます! これは……」
鼻をスンスンと鳴らすと、ルナリスは首を傾げた。
警戒は解いたように見えるが、何が近づいているんだ。
変わらず不調のララを肩で担ぎ上げると、その足音が通路に響く。
闇の中から生まれるように、有殻族が現れる。
一見するとボルネと見間違うほどに、有殻族の違いを見つけることは出来なかった。
「────」
うっすらと何か聞こえるような……。
ボルネに出会っていたから、これが有殻族の声なんだと理解はできるが。
何にせよ敵意がないことを伝える為に槍を手放し、項垂れたララを見せる。
「仲間が弱ってるんだ! あなたと争う気はない!」
「───」
グラスの縁を撫でるような、波紋を思わせる音が響いた。
意味は分からない。けれど、なぜか心が落ち着い
背中を向けて闇に還ろうとした有殻族が、こちらを気にするように振り向いている。
「ついてこい、って言ってるのかな……、へ、へぶしゅ!」
くしゃみをして身震いをするルナリスに、ぐったりとしたララ。
俺もソリシアでの緊張や疲労で体力の限界が来ていた。
今はただ、優しく音を出す有殻族を信じるしかない。
どれぐらい歩いたんだろう。
髪が乾き、目が暗闇に慣れた頃、有殻族が立ち止まった。
「───」
優しい音が、反響していた。
くりぬいたように広がる空間は、淡く翠色に発光し、湿度を感じる暖かい空気が溜まっている。
そこは、有殻族の集落のようだった。
案内をしてくれた人とは別に、一際硬そうな有殻族が近づいてくる。
「コノコカラ、ハナシはキイテイマス。カンゲイします。ハハなるイシよ」
コノコ……、この子……。ここまで連れてきてくれた人は子供だったのか。
不思議と警戒心が解けたのは、そのせいだったのかもしれないな。
それと、もう一つ聞き慣れない言葉があった。
ハハなるイシ……?
グラグラと、肩にかけたララの腕が揺れ出した。
突然重さを得たように、力強く自分の足で立ち上がる。
目を開いたララの瞳は、淡く翠色に輝きだした。
同じ姿。けれど、声も、気配も、魂すらも──まるで別の何かだった。
「愛しい子らよ。ようやく話せることを嬉しく思います」
頭を下げる有殻族。
しかし、ララの言葉は彼らだけではなく、俺達にも向けられているようだった。
直感が告げている。
これはララじゃない、と。




