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推しが救う世界

 ダンジョンに戻ると、ララは昼間に買った焼き菓子と紅茶を用意して待っていた。

 満面の笑みで抱きつくルナリスの頭を撫でながら、俺にはニンマリと口角を上げて見せる。


「これからも頼むよ、ボス」


「ルナリスと一緒に、な。俺達はまだ半人前だから」


 そのことなんだけど、とララは瞬きを繰り返し、瞳から光を照射してみせた。

 壁に照らされた光が、図と文字を映し出す。

 それは魔王軍からのメッセージだった。


「僕を復元した功績を踏まえて、晴れてネモ個人をダンジョンのボスに任命するってさ。ルナリスは精霊のこともあるからカタリナの部下として派遣されたことにするみたい」


 俺が……ボス……。

 今までもそのつもりではいたが、改めて任命されると……。地に足がついていない感覚がして何だかこそばゆい。


「やったね、ネモさん! やっぱりネモさんは凄いんだよ!」


「Cランクダンジョンのボスとなれば、色々と権限も増えるからね。立派なもんだよ」


 自分のことのように喜びステップを踏むルナリスに付き合い、ララも訳知り顔をしながら足を合わせていた。

 賑やかな靴音がダンジョン内に響き、俺を祝福してくれている。

 そうか……、これが自信なんだ。

 俺はようやく自分自身を信じられるようになれたんだ。


「さて。ルナリスの告白も成功し、ネモも晴れてボスに就任。僕は身体を手に入れてCランクに昇格した。これ以上ないけど、これからの目標は?」


 ルナリスは耳まで赤く染めながら白々しく紅茶のカップに口をつける。

 熱かったのか舌を出して喘いでいた。

 何だか締まらないが、それも俺達らしいのかもしれないな。


「今後のことなんだけど、ギルフォードの言ってた虹の門に挑もうと思う」


「ネモさん……、あの人怪しいよ。何というか、ネモさんを上手いことやり込めてる感じがしてた……」


「僕もルナリスと同意見だね。ソリシアに来たいって言ったのは僕でもあるけど……。あの古井戸に戻るのもアリじゃない?」


 二人は予想通りの反応を示す。

 言葉を選んでいるものの、顔や態度からはギルフォードを信用できない、有翼族の差別的な面が我慢できない、といった振る舞いが隠せていない。

 しかし、だからこそ俺の考えにも価値が生まれる。


「二人がギルフォードのことを信用出来ないって言うのもわかる。思い返すと弱ってる俺につけ込んで来ていたところもあったと思う」


 それを理解した上で。

 俺達の目的の為に、利用出来ると思うんだ。


「ララ、俺達が精霊の加護を受けたことは話したよな?」


「ルナリスが精霊に飽きられると、その反動で何かが起こるかもってやつでしょ? おまけにネモが魔王に啖呵を切ったとか」


 冗談めかして天を仰ぐララを見ると、レンゾーの精巧な技術に感心する。

 身体を手に入れたいことに喜んでいるのかもしれないが、少し憎たらしいほど反応が大きい。


「そうだ。俺は魔王にかましてやった。だからこそ、このままおめおめと引き下がる訳にはいかないんだ」


 我ながら大それたことをした。

 でも二人の視線は真っ直ぐに俺を見据えている。

 仲間に信じられている俺を、俺自身が信じて胸を張って続けた。


「俺が魔王になる為に、ある作戦を考えた。それは……、ルナリスを神格化させることだ」


「わ、私を!? 神格化って何するの?」


「ファルジアの舞台があっただろ? あれを遠目で見ていたんだけど、甦ってから出ている魅力の欠片のおかげも相まって、ルナリスに手を合わせる人が何人もいたんだ」


 それは、漁に出る前に海に祈るように。

 イグナシア神の加護を受ける教徒のように。

 その感情は、ずっと彼女を横で見てきた俺には理解できる。

 あれは、信仰だ。


「ララ、悪いんだけどルナリスの魔力を調べてみてくれないか?」


「別にいいけど……。魔力そのものって精霊から借りるものだから余程のことがないと変わらないよ……。うそでしょ? 前の倍以上ある……」


 ララがルナリスの額に手を添えて魔力を読み取るが、その増加の振れ方が信じられなかったのか何度も繰り返し測ってみる。

 結果に変わりないことがわかり、頭を抱え込んでしまった。


「甦った直後はここまで多くなかったはずなんだ。それと魔王の言ってた″推す″ということを踏まえて考えると、ルナリスはファンが増えていく程に魔力が高まっていくと思う」


「……百歩譲ってルナリスが強くなったとしようか。それで? ルナリスが魔王を倒せるとで言う気?」


 腕を組み、ララは俺に厳しい視線を送る。

 宥めようとするルナリスには悪いが、ボスとして仲間の機嫌をとっているだけじゃダメなんだ。

 ララには納得をした上で、力を貸して欲しいから。


「ルナリスが魔王を倒すんじゃない。さすがにそれは難しいし無事じゃ済まないだろう」


 俺は分けられた焼き菓子を三つに割り、等間隔に並べてみせた。

 魔王や神より強くなるのは難しい。

 じゃあ、魔王と神を弱くすればいい。

 相手のファンを奪うことができれば、力の差は小さくなっていく。


「魔王、イグナシア神、そしてルナリス。俺達はルナリスを救いの巫女とした第三勢力を作り出す!」


「……いやいや、相手が悪いよ。魔王も神もどれだけの魔力を持っていると思ってるのさ。人間は神を、魔族は魔王を信じてる……のに……」


 ララの言葉が止まる。

 俺の考えがわかったのか、口元に手をやり考え込んでいた。


「人間も魔族も、話してみれば人それぞれだ。会ったことのない神や魔王への信仰は、古くからの慣習だったりもする」


 チラッと当事者のルナリスに視線を送ると、冷めてきた紅茶に恐る恐る口をつけていた。

 ホッと暖かい息を吐くと、何も言わずに微笑んでいる。


「信仰を覆えすことは難しいが、新しく誰かを推すことは出来る。それも実際に見れる、話せるんだ。しかも──」


「しかも、こっちは人間と魔族の両方から推されるってことか……。まさに偶像だね」


 凄いこと考えるね、とララが呆れていた。

 しかし、その目に嵌るレンズはギラギラと輝いている。

 ルナリスに意見を求めると、一言だけ──。


「私はネモさんを信じるよ」


 髪をかけて顕になる耳が、彼女が有紋族であることを教えてくれる。

 俺とは違う魔族の少女。

 だからこそ、その信頼が胸を熱くし力をくれた。

 全ての種族から推される──そんな偶像にしてみせる。

 

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