三人の気持ち
宿屋に向かう途中、ルナリスとララに遭遇した。
路面店で買ったらしい焼き菓子を胸に抱えていたが、ルナリスは俺と目が合うと慌てたように目を逸らす。
やっぱり俺の一方的な気まずさではなく、彼女も何か思うところがあるのか……。
でも、心当たりがないな……。
「何だ、具合が悪かったんじゃないのか?」
意地悪そうに顔を覗き込むギルフォードから逃げるように、ルナリスは俺の背中に隠れた。
喧嘩をしている訳じゃないけど、その行動の矛盾に戸惑ってしまう。
ケタケタ笑うギルフォードに冷たい視線を送るララが溜息をつく。
「宿屋に行ったら断られたんだよ……。有紋族はお断りだ!ってね。しょうがないからネモ達を探しながらソリシアの美味しいものを探してたんだ」
「酷いな……。俺達も挨拶を済ませてきたところなんだけど……、どうもこの街は見た目ほど綺麗じゃないらしい」
汚れた街路、異種族への対応、直接的な差別。
あまり騒ぎを起こしたくないし、本当は長居したくないが……。
「おい、それぐらいで泣き言言ってどうすんだ。悔しいだろ? だから見返してやるんだ!」
さっきの口振りからすると、ギルフォードこそこの街の闇を見てきたんだろう。
気持ちは理解してあげたいが、別行動をしていた彼女達には響かない。
元々の信頼関係もあり、二人は余計に不満そうな態度を全身から滲み出していた。
俺もあまり気持ちの余裕はないんだけどな……。
とはいえ、この空気を見過ごせるほど無神経でなければ図太くもなかった。
苦し紛れに、それらしいことを口にしてみるしかない。
「あ、あのさぁ……、ララが戻ってから三人でゆっくり話す時間も無かったからさ。今日は俺達は野営でもしようと思うんだけど……。ギルフォードもそれでいいか?」
「いいんじゃねぇか? 俺はおままごとに興味はねぇ。しっかり子供達のご機嫌と取っておいてくれよ、ボス」
舌を覗かせ挑発するように笑うと、慣れた足取りで暗い路地裏に消えていった。
ララは思わず右腕を外し、左手で投げつけそうになっていたので落ち着かせる。
大事な身体なんだから乱暴に扱わないでくれ……。
「ネモさん……。あ、ありがとうございます……」
ララに比べると落ち着いているものの、ルナリスも眉根に力が入っていた。
このままではダメだ……。冒険者の時も、こういった空気の時こそパーティが崩壊していく。
俺はあれから何も変わっていないのか?
ララが戻ってきた今、俺はまたボスになれるんじゃないか?
「……二人とも、一回街を出よう。ちゃんと話し合う時間が必要だ。……このままじゃいかない気がする」
それはギルフォードへの不満を聞く為じゃない。
仲間への理解と、俺自身がどうしていきたいかを考えなきゃいけないんだ。
「そうだね。僕も二人に話したいことがあったんだ。あいつがいたからタイミングが無かったけど」
外した腕を直しながらララが鼻息を荒くしている。
ララにも何か思うところがあるのか……。
それでも、ほつれてしまった関係を少しずつでも戻していく為に。
俺は自分の弱さに向き合わないといけないんだ。
ソリシアを出てから平原をしばらく歩くと、ララは周りに人がいないのを確認してから胸を開く。
レンゾーの自信作であり、ララの身体の動力となる星環機関が回っていた。
「ジークに砕かれた時のこと覚えてる? あの時、ネモとルナリスを襲うのに金色の炎をガンガン使われたからさ。魔石に凄い魔力が溜まってたんだよね」
ルナリスが復元された魔石に触れると、思わず目が眩むほど輝きだした。
古井戸の底でダンジョンを作成していた時とは比べものにならない光量に、ララは得意げな笑みを浮かべる。
「僕はもうCランク相当のダンジョンだよ。だから、こんなことも出来る──」
地面に手を合わせると、淡く魔法陣が現れた。
海から吹く風が草を撫でていく。
足元が揺れ、まるで地下に蛇でも這い回っているみたいだ。
魔法陣が筒状に伸びて俺達を包み込むと、スルスルと下に沈んでいった。
「こんな風にその場にダンジョンを作ってみせたりね。レンゾーのおかげで自由に動き回れるから野営なんて危ない真似しなくていいよ」
ギルフォードは信用できないから教えたくなかったんだ、と口を尖らせるが、ララは片目を瞑ってみせた。
暗く、涼しい地下通路。
レイアウトこそ簡素だが、これはまるで──。
「まるで前のダンジョンみたいです! しかも、今度はララの顔を見ながら話せるなんて!」
ルナリスが小躍りをすると、靴底の金属がダンジョンの床を嬉しそうに叩く。
この軽やかでカンカンと響く音が、どれだけ聞きたかったか。
仲間を失い、宿命を背負い、張り詰めていた糸が撓んで、笑ってしまう。
「あ、ようやく笑ったね。最近のネモはずっと怖い顔をしてたから」
「え……、そうなのか? 自覚なかったな……」
「ルナリスがずーっと言ってんだ。『ネモさんが怒ってる』『きっと私が何かしたんだ』ってさ。そんな筈ないのに──」
ルナリスが慌ててララの口を塞ごうとすると、思わず首を逆方向に捻ってしまった。
それを見て、また可笑しくなる。
こうしてると、本当に一人の少女にしか見えない。
ルナリスが変わったんじゃない。
俺の心が、彼女を大きくし過ぎてしまったんだ。
精霊に守られ、ファルジアの人々に愛され、魅力の欠片なんてものが目に見えて溢れるようになって。
何も持たない自分を責めて、羨望と嫉妬を膨らませていたのは、俺自身だ。
ダンジョンに反響した笑い声がゆっくりと暗がりに溶けていくと、さっきまでの劣等感はどこかに消えていた。
ローブの裾をギュッと掴んだルナリスが真っ直ぐに俺を見つめていた。
「あ、あの! ネモさん、少し……話せませんか?」
薄暗いダンジョンでも不思議と見えていた。
彼女の頬がうっすらと赤く染まっていることに、俺は気づいてしまった。




