光と影の境界線
港から見える街並みは、まるで楽園のようだった。
青空と海に映えるような白い建物が多く、山の斜面には虹を思わせる七つの門が段々と連なっている。
だけど、一番目を引くのは──。
「おや、ギルフォードじゃないか。今度は何の商売を始めたんだ?」
七魔族の中でも唯一無二の存在。
有翼族が優雅に空を舞っていた。
「見てろよ! 今度こそ”赤の門”まで昇ってやるからな!」
肩で風を切りながら歩く彼を見て、嫌な予感が頭をよぎる。
俺達を自分の目的の為に利用しようとしていないか?
こちらを見下ろす有翼族の影が、石畳みを行き来していた。
なんだか狩りの獲物になったようで気分が悪い。
「さて、まずはサリエン卿へのご挨拶か。お嬢ちゃんと魔導人形を見れば、”虹の門”を昇っていけるのは約束されたようなもんだ」
「……あ〜、悪いんだけどルナリスが船酔いしちゃったみたい。僕とルナリスは宿屋にいるから。挨拶はネモだけで行ってきてよ」
ルナリスにフードを被せながら、ララは取ってつけたように心配そうな声を出した。
俺の目を見て無言で訴えかける。
ギルフォードにはついていかない、と。
「……サリエン卿とやらには俺が挨拶に行く。二人は休ませてやってくれ」
文句を言うギルフォードを宥めながら、足が重くなっていくのを感じた。
俺は何をしているんだろう……。
流されて、この街に来て、仲間と離れて。
「これから会うサリエン卿はこの街一番の権力者だ。彼に気に入られれば、ここでの商売が楽になる。頼むぜ、相棒!」
「……何を企んでるのか知らないが、ルナリスとララを危険な目には──」
「何をビビってるんだ? あの夜、あのショーの熱を忘れたのか? いいか、金を払うやつがいるってのは、それだけ価値があるってことだ。みんな、あの二人を見たいんだぜ」
独り占めはダメだ、と笑いながら背中を叩かれる。
あの日、ルナリスを拝むおばあさんを見かけた。
手を合わせられるルナリスと、その光景を見つめるだけだった俺。
彼女への嫉妬が、この嫌悪感の正体なんだとしたら。
俺がギルフォードを止める権利はない。
「ついたぜ。粗相のないようにな」
一際豪奢な館に案内され、空気が変わった。
だけど、魔王城のそれには到底及ばない。
ギルフォードに走る緊張を見て、俺は図太くなっていることを自覚した。
「よく来たな、ギルフォード。先日の会は悪くなかったぞ」
通された応接室では、サリエン卿が紅茶を片手にギルフォードの話に耳を貸す。
外で見かけた有翼族とは佇まいから違い、服についた勲章の数が、知らない功績を自慢していた。
大きく広げられた翼は、自らの権威を主張しているように見える。
「お忙しい中、ありがとうございます。サリエン卿に是非見ていただきたいものを見つけまして……」
「ほぅ。私の娘が今度の”黄の門”で聖歌を披露するんだ。その練習の時間を割いているんだから聞く価値がないと困るよ」
腕を組み、眉間に皺を寄せていたが、ファルジアでの成果を説明していくうちに、口元が歪んでいった。
目元だけは変わらず、心を開いていないのがわかる。
偽りの笑顔で交わされる言葉の奥に、べとついた思惑を感じる。
お互い相手を信頼などしていないようだった。
窓の外には青空が広がっている。
なのに、この部屋に充満する欲が、汗のように皮膚に張り付く。
「では、また改めて。君もこの街を楽しんでくれたまえ」
頭を下げるが、その間にサリエン卿は応接室を出ていってしまった。
ヒラヒラと舞う羽根だけが残る。
同じ権力者でも、魔王との格の違いを感じてしまう。
「面通しは終わったな。あとは虹の門を昇っていくだけだ」
「さっきも言っていたが、その”虹の門”って何なんだ?」
館を出て、ルナリス達が向かった宿屋までの道を歩く。
街路樹や街灯は整備されて優雅だが、道にはゴミが散らばっていた。
建物の外観や窓にまで装飾が行き届いた美意識からすると、余計に汚さが目立つ。
「簡単に言うと権力者向けの見せ物だな。ほら、あそこに見えるのがそれだ」
ギルフォードが高台に上がる階段を昇っていく。
日の当たらず、隅に捨てられた食べかけには虫が集っていた。
「紫の門は一般人が見て、評価されれば次に昇れる。銀行から借りられる金が増えたり、居住区が変わったり、出来る仕事も違ってくるな」
「へぇ……。文字通り住む世界が変わるんだな」
「あぁ、昇ればそれだけ箔がつく。サリエン卿をはじめ、貴族達とのコネも作れるし税金が免除になったり──」
小気味良く階段を駆け上り、頂上まで行ったギルフォードは街を見下ろす。
その野心に満ちた視線の先に、ソリシアの影を見た。
街路樹の上に有翼族が腰をかけている。
そして、食べ物の包み紙を下の街路に向けて放り投げた。
「……有鱗族でも、この街で生きていける」
階段を有翼族は使わない。
だから、特に汚れていたんだ。
ギルフォードの鼻が、不快そうに鳴った。
「絵描きや音楽家として芽が出てない人間も大勢いる。そいつらに人権なんてねぇ」
肩を力強く掴まれ、真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「ネモ! あいつらに一泡吹かせてやろう!」
蔑まれていた冒険者時代の自分を思い出してしまう。
期待で肩を掴まれたことなんて無かった。
ギルフォードの危うさ、ララの忠告が胸の中で混ざる。
それでも俺は、役目を与えられたと喜んでしまう。
建物の影となってしまい、階段は暗い。
俺とギルフォードの影は溶け合う。
希望と目的が曖昧になっていたのに、抗わずに使命感に身を委ねてしまった。




